昔の記憶

白い巨塔

 白い巨塔という小説がありました。TVドラマにもなりました。教授を狙う外科の財前五郎と対照的な内科の里見脩二の2人の先生が出ていました。
 医師になる前に山崎豊子さんの原作を、友人から借りて読んだことがありました。
 自分とは無縁の世界だと思っていました。医師になった私は、北大形成外科という、実に家庭的な雰囲気の医局で育ちました。
 将来、教授になりたいと思ったこともありませんでした。大学に残り偉くなりたいとも思っていませんでした。
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 私は北大形成外科の医局員として、市立札幌病院で形成外科の診療をし、北大で研究をして平成6年に学位(医学博士)をいただきました。
 私は北大形成外科の人事で、市立札幌病院から帯広厚生病院へ赴任しました。帯広へ行ったのが、平成7年1月のことでした。  
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 帯広厚生病院には平成10年3月まで3年3ヵ月勤めました。学位をいただいた後の、いわゆる‘お礼奉公’という勤務です。
 私も40歳を超えていたので、このまま総合病院の形成外科部長として一生を過ごすことに疑問を感じていました。
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 帯広厚生病院を退職する直前に、札幌医大皮膚科のJ教授から、札幌医大形成外科の非常勤講師になってくれないか?と頼まれました。前任の先生が転出され、形成外科の診療を指導できる人がいなくて困っているという理由でした。
 非常勤講師として週に一度、手術やカンファレンスの指導に札幌医大に行くようになったのが、平成10年4月でした。
 そのうち、再建手術という難しいレベルの手術も他科から依頼されるようになりました。J教授から、平成10年6月頃に常勤の講師になってくれないかと頼まれました。
 大学で働くのは大変そうでしたが、自分の出身大学で、友人もいたため、医育機関で教員として働くことにしました。
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 私は平成10年9月から、札幌医大形成外科で働き始めました。札幌医大は北海道が設立した公立大学です。前身は北海道女子医専という第二次世界大戦中にできた、専門学校です。
 白い巨塔で里見先生が‘飛ばされた’山陰の大学と札幌医大は同レベルです。白い巨塔は大阪の国立大学が舞台ですが、これが東京の旧帝大だったら、里見先生が‘飛ばされたのは’北海道の札幌医大だったかも知れません。
 東大・京大・慶応などの‘ブランド’と札幌医大は知名度も難易度も違います。
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 自分の出身大学ということもあり、私は札幌医大でのんびりしていたと思います。
 外科手術にはチームワークが大切です。一緒に働く仲間を信用しないと手術はできません。私の失敗は仲間だと思って、後輩を信用しすぎたことが原因でした。
 私は少しずつ、直属の上司である皮膚科のJ教授と合わないことを意識し始めました。
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 私がクビになる2年前に、J教授が医学部長に選出されました。医学部長選挙は助手以上の大学教員全員で一次選挙があり、この一次選挙で高得票を得ることが当選の第一歩です。
 最初の選挙の時は、J教授の指示で、私も友人・知人に投票を依頼しました。
 2年間の医学部長でJ教授は権力を持ち、次は学長を狙うと言われるようになりました。
 形成外科の処遇や治療方針でJ教授と合わなくなった私は、自分の職を賭けてJ教授に投票しませんでした。
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 平成14年1月に行われた医学部長選挙で、残念なことにJ教授は再選されました。
 その2ヵ月後に私はJ教授から、夜9時に医学部長室へ呼ばれ、解雇通告を受けました。
 私を陥れる策は、半年も前から周到に準備されていました。
 白い巨塔のことが頭をよぎりました。
 私はすぐに大学を辞めることを決意し、次の就職先を探しはじめました。
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 私のことを慕ってくれる後輩もいました。涙を流してくれた教授もいました。
 たくさんの先生に助けていただきました。北海道以外の先生にも助けていただきました。今でも、その時のありがたみは忘れていません。
 公務員だから、大学の教員だから、悪いことはしていないからといって安泰ではありません。
 身から出た錆(サビ)とはいえ、48歳で職を失った時は困りました。
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 医科大学の学長といえども、民間病院からお金をもらって逮捕されたり、科研費という研究費の不正使用で捕まる人がいます。奈良県立医大で2000年に起きた事件が有名です。
 札幌医大でも、悪いことをしている人がいました。残念なことですが、大学病院だから、教授だからといって信用はできません。
 たった4年間でしたが、私はとても貴重な体験をしました。自分が解雇されて、職を失う大変さも経験しました。白い巨塔もよく理解できるようになりました。
 一番の教訓は、信じてはいけない人がいるということを知ったことでした。

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