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	<title>札幌美容形成外科院長の日記</title>
	<link>http://s-bi.com/wp_diary</link>
	<description>美容形成のことなら札幌美容形成外科。二重まぶた、豊胸手術、プチ整形。ワキガ、傷痕をきれいに。保険診療も出来ます。</description>
	<lastBuildDate>Fri, 10 Oct 2008 14:45:49 +0000</lastBuildDate>
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	<language>ja</language>
	
	<item>
		<title>白井幸吉さん</title>
		<description>　私が尊敬する親しい方が、
　お亡くなりになりました。
　享年65歳でした。
　身内や親しい人の死は、
　言葉では表現できないほど辛いものです。
　その方は、
　私の人生の先輩であり、よき相談相手でした。
　医師ではありませんが、
　会社を経営されていました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　今日は、帯広で、お通夜に参列しました。
　美容外科学会へは、
　明日、朝の飛行機で行くことに変更しました。
　親しい人の死はとても辛いものです。
　私の親しい方は、
　白井幸吉（しらいこうきち）さんです。
　帯広市の方です。
　私が帯広厚生病院形成外科に勤務していた時に
　知り合いました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　白井さんご自身も、
　ご家族も、
　懸命に病魔と闘いました。
　残念なことに、
　お亡くなりになってしまいました。
　私は白井さんに、
　経営のこと、
　自分自身のことなどを相談していました。
　白井さんからは、
　医療について、
　ご自身の病気について相談を受けました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　白井さんの病気は肺ガンでした。
　昨年、見つかり、
　相談を受けた私は、
　私が信頼する先生にお願いし、
　その先生から、
　主治医となられた、
　黒沼幸治先生をご紹介いただきました。
　考えられる最高の治療をしていただきました。
　そのおかげで、
　昨年の発症から、
　奇跡的とも言える回復をなさいました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　白井さんは、先生に、
　『私は事業をしています』
　『他人に迷惑をかけることは、できません』
　『私は自分があとどれだけ生きられるか、
　できるだけ正確に知りたいのです』
　こう言われると、
　医師としても、
　できるだけ正確に話さないわけにはいきません。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　白井さんは、
　担当の先生と治療法について話し、
　自分でも医師以上に勉強をして、
　情報を集めて、治療を受けられました。
　医療者として、
　ほんとうにすごいことだと思いました。
　治療の効果が出て、
　肺ガンの陰が消える程度まで回復され、
　その間に、
　ご自分の事業の後継者を見つけられました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　これから残された時間を、
　奥様と過ごそうと考えられていた時に、
　ガンが再発しました。
　9月には私と食事をするほどお元気だったのに、
　わずか２週間余りで容態が急変し、
　一昨日、旅立たれてしまいました。
　私は平成20年2月6日に書いた、
　北大第一内科准教授でいらした、
　山崎浩一先生のことを思い出しました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　山崎先生と同じように、
　白井さんも最後の１％まで望みを捨てずに、
　担当の先生を信じて治療を続けられました。
　入院先のNTT東日本札幌病院呼吸器内科の
　黒沼幸治先生と看護師の皆様には、
　大変お世話になりました。
　最期までよくしていただきました。
　白井さんもお幸せだったと思います。
　心からご冥福をお祈りいたします。 </description>
		<link>http://s-bi.com/wp_diary/2008/10/10/%e7%99%bd%e4%ba%95%e5%b9%b8%e5%90%89%e3%81%95%e3%82%93/</link>
			</item>
	<item>
		<title>風のガーデン</title>
		<description>　今日からフジテレビ系で、
　『風のガーデン』がはじまりました。
　私は倉本聰さんのファンです。
　富良野へ毎年行くのも、
　北の国から以来です。
　私が結婚した、1981年（昭和56年）に、
　北の国からがはじまりました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　新婚で、釧路労災病院形成外科へ赴任しました。
　毎日夜遅くまで仕事をしていた病棟婦長が
　金曜日は楽しみにしているＴＶがあるから、
　22:00に間に合うように帰りたいと言われたのを
　記憶しています。
　それだけ、忙しい病院でした。
　北の国からがはじまったのが、
　1981年10月でした。
　今から27年前です。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　今日からはじまった、
　風のガーデンは麻酔科医が主人公です。
　番組ＨＰの記載です。
　東京の有名医大病院の麻酔科准教授・白鳥貞美（中井貴一）。
　死期の迫った患者を楽にする
　緩和医療（かんわいりょう）のエキスパートでもある貞美は、
　麻酔学界の権威である。
　麻酔科は手術中の痛みをとるために、
　さまざまな薬剤を使って麻酔をかけるのが仕事です。
　麻酔薬にはもちろん麻薬も含まれます。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　ガンの痛みから、
　患者を救ってくれるのが、
　緩和医療（かんわいりょう）です。
　麻薬であるモルヒネが使われます。
　このモルヒネの使い方が、
　この20年近くで大きく変わりました。
　古くからあるモルヒネが、
　使い方によってとてもよいことがわかりました。
　その他にフェンタニルという麻薬もあります。
　このフェンタニルにはテープになった貼り薬もあります。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　麻酔科では、手術中の痛みの他に、
　手術後の痛みの管理もします。
　手術で使用した硬膜外麻酔という麻酔の、
　細い管から、麻薬を入れることで、
　手術後の痛みが劇的に緩和されます。
　麻酔科は、
　痛みをとるエキスパートです。
　麻薬を含めた薬を上手に使えるのが麻酔科医です。
　病院の中で一番多く麻薬を使い、
　麻薬の使い方が上手なのが麻酔科医です。
　私も麻酔科研修を受けた時に、
　麻薬免許証をいただきました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　第一回目の放送を見た感想です。
　富良野のガーデンがキレイでした。
　緒形拳さんの演技も最高でした。
　まさか亡くなってしまうとは、
　拳さん、ご自身も考えてもみなかったことと思います。
　心からご冥福をお祈りいたします。
　今日のドラマの麻酔科医は、
　ほんものの麻酔科医でした。
　ただ、手術や仕事を終わった後で、
　糊のきいたYシャツを着て、
　ネクタイをしていたのは現実離れしていました。
　手術の時に着ている、
　青い術衣も、実際にはもっとヨレヨレです。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　医療指導をなさったのが、
　旭川医大麻酔科の岩崎寛教授だと、
　ドラマの最後にちょっとだけ出ました。
　岩崎先生は、
　札幌医大麻酔科のご出身で、
　私が麻酔学を実際に習った先生です。
　上富良野のご出身だったと記憶しています。
　岩崎先生のご指導があったので、
　医師が見てもリアルな手術室だったのだと思います。
　来週からの番組も楽しみです。 </description>
		<link>http://s-bi.com/wp_diary/2008/10/09/%e9%a2%a8%e3%81%ae%e3%82%ac%e3%83%bc%e3%83%87%e3%83%b3/</link>
			</item>
	<item>
		<title>裁判の傍聴</title>
		<description>　昨日、診療の合間に、
　高橋智先生が担当されている、
　医療裁判を札幌地裁で傍聴してきました。
　先生の日記に書かれていたので、
　勉強のために行きました。
　私も知らなかったのですが、
　裁判は公開が原則。
　裁判所一階に大学の学生掲示板のようなボードがあり、
　その日に行われる裁判のプリントが貼ってあります。
　何階の○法廷で何時から○○の裁判があると記載してあり、
　それを見て傍聴に行けます。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　はっきり言って衝撃的でした。
　被告席は訴えられた側の弁護士さんと、
　手術を担当した先生でした。
　カルテより分厚い、
　膨大な資料ファイルを弁護士さんが準備されて、
　それを先生が説明していました。
　手術記録の大切さと、
　カルテ（診療録）の大切さがわかりました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　医療に関する裁判だったので、
　医学生が解剖学を勉強する、
　解剖の教科書のカラーコピーがありました。
　そのコピーと手術記録から、
　どこにどうやって麻酔をして、
　手術を進めたかを説明していました。
　私が傍聴できたのは、
　被告側の証人尋問だったので、
　被告側の先生が説明をしていました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　あってはならないことですが、
　私が今までに勤務した総合病院で、
　医療訴訟を抱えていない病院はありませんでした。
　明らかに医療側のミスと言えるものから、
　誰が手術をしても、
　今の医学レベルでは避けようがない、
　不可抗力のような事故までありました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　厚生労働省は、最近になってようやく、
　医療安全などに力を入れるようになってきました。
　ところが、国がやることと言えば、
　マニュアル作りなどの政策ばかり。
　これで本当に事故が減るのだろうか？
　と疑ってしまいます。
　事故は、
　ほんの一瞬の判断ミスから起こります。
　事故を防ぐためには、
　経験や教育が大切です。
　同じようなミスは誰でも起こす可能性があります。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　過去に起きた事故は、
　これからも起こる可能性があるのです。
　経験を積んだ医師や看護師は知っています。
　残念なことですが、
　そのような事故を公表する施設や先生は少ないのです。
　裁判記録とか判例を
　大学の授業や学会で教えることもありません。
　昨日、裁判を傍聴させていただいて…
　医学生や医療関係者は、
　一度は医療裁判を傍聴すべきだと思いました。
　また過去の裁判記録を勉強して、
　同じような過ちを繰り返さないようにすることが、
　医療側に必要だと感じました。 </description>
		<link>http://s-bi.com/wp_diary/2008/10/08/%e8%a3%81%e5%88%a4%e3%81%ae%e5%82%8d%e8%81%b4/</link>
			</item>
	<item>
		<title>性器の手術について</title>
		<description>　見えないところで、
　見せることもない部位。
　なんでそんなところ…
　手術なんかするの？
　という人は幸せな方です。
　人に相談もできず、
　悩んでいる人は、
　男女を問わずいらっしゃいます。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　男性でしたら包茎の手術です。
　仮性包茎なんて手術する必要ない！
　と堂々と生きていらっしゃる方は、
　生涯そのままで、構いません。
　ただ、
　どんなに社会的地位が高くても、
　どんなにお金持ちでも、
　気になる人は気になります。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　スポーツクラブや
　ゴルフ場の浴室。
　温泉でもそうです。
　タオルで隠す人は、
　だいたい包茎の人です。
　日本人だけではなく、
　外国人にも包茎の人がいます。
　海外でも性器の悩みはあるようです。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　女性で多いのが小陰唇の肥大です。
　その程度も人によってさまざまです。
　他人がどうであろうと…　
　自分が気になってイヤでしたら、
　手術で改善できます。
　必要なのは、
　勇気とお金だけです。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　他院の手術メニューに、
　クリトリス包茎という言葉が出てきます。
　正式な医学用語ではないと思います。
　もともと‘正常’な女性の陰核は、
　包皮に包まれているものです。
　ですから、無理に手術をすることはありません。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　ところが…
　小陰唇が肥大して大きな方の中には、
　小陰唇だけを切除しても、
　クリトリスから上の部分が、
　大きくはみ出してしまう方がいらっしゃいます。
　そうすると、
　小陰唇を切除したことにより、
　かえって目立つようになります。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　そういう場合には、
　クリトリス周囲とその上部の皮膚を切除します。
　これが‘クリトリス包茎’の手術です。
　この部分を手術すると、
　手術時間が余計にかかります。
　手間もかかります。
　一番難しいのが、
　性感を損ねないように…
　神経を傷つけないように…
　丁寧に手術操作をすることです。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　ある意味…
　男性の包茎手術より難しい手術です。
　人によって皮膚の余り具合が異なります。
　見られない場所ですが、
　見られた時に…
　わからないように、
　キレイに作るのが難しい部位です。
　私はよく、
　『芸術祭参加作品』と言います。
　そのくらいキレイに作ります。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　この手術で…
　幸せになってほしいなぁ…
　と考えながら手術をします。
　キレイに完成した時は嬉しいものです。
　札幌美容形成外科では、
　小陰唇の手術に追加料金なしで、
　クリトリス包茎の手術を行っています。
　他院で、追加○○万円と言われた方は、
　ちょっと考えてご相談にいらしてください。 </description>
		<link>http://s-bi.com/wp_diary/2008/10/07/%e6%80%a7%e5%99%a8%e3%81%ae%e6%89%8b%e8%a1%93%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6/</link>
			</item>
	<item>
		<title>はじめての子ども</title>
		<description>　さくらんぼさんから、
　平成20年10月3日の日記、
　赤ちゃんが生まれたら…
　にコメントをいただきました。
　初めての子は 神経質になりがちです。
　哺乳瓶はミルトンで消毒したり
　紙おしめを嫌がる息子だったので
　私は布おしめで 育てました。
　さすがに
　私も主人も初めて自宅でお風呂に入れる時は
　コワくて 父や母に入れてもらいました。
　一人で頑張ってるお母さんもいますが、
　お父さん お母さんがいらっしゃるなら
　少し甘えて 手伝ってもらってください。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　小児科の先生は別として、
　医学部で習った知識も、
　自分の子どもには役立ちませんでした。
　（というより忘れていました…）
　私は形成外科医だったので、
　唇顎口蓋裂の子どもさんの術後管理や、
　アザのレーザー治療をした子どもさんの管理、
　ヤケドの処置なんかは得意でしたが、
　おしめやミルクは不得意分野でした。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　わが家でも、
　哺乳瓶はミルトンで消毒してたように思います。
　ネットで検索すると、
　今はレンジでチンでしょうか？
　よく考えてみると…
　自然界にいる哺乳動物では、
　消毒しなくても
　ちゃんと病気にならずに育ってますね。
　過度に神経質になる必要はないように思いますが…
　レンジなどの熱で消毒するのが、
　いいのでしょうか？
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　わが家は、9月生まれだったので、
　子どもが寒くないようにと…
　とにかく着せすぎ！
　部屋をあたたかくしすぎました。
　その結果、赤ちゃんの顔や頭に…
　たくさんの‘あせも’ができました。
　皮膚科も勉強したはずなのに…
　こんな状態が、はじめての子どもでした。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　これからお母さん、お父さんになる人は、
　さくらんぼさんのご指導のように、
　ご両親にお手伝いしていただくとよいと思います。
　近くにご両親がいない方は、
　私のように孫が欲しくてもいない、
　じいちゃんや
　ばあちゃんを見つけて、
　相談なさるとよいと思います。
　海外では、
　このような子育て支援ボランティアがいることを、
　何かで見た記憶があります。
　日本にも
　子どもが育てやすい社会が来ると、
　ほんとうの少子高齢化対策になりますね。 </description>
		<link>http://s-bi.com/wp_diary/2008/10/06/%e3%81%af%e3%81%98%e3%82%81%e3%81%a6%e3%81%ae%e5%ad%90%e3%81%a9%e3%82%82/</link>
			</item>
	<item>
		<title>忘れられない患者さん</title>
		<description>　私が医師になったのが、28年前でした。
　昭和55年、1980年です。
　私は札幌医大を卒業して、
　北大形成外科へ入局しました。
　実は…
　北大形成外科をよく知らずに…
　北大へ来てしまいました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　私は、形成外科というのは、
　事故のキズをキレイに治したり、
　顔や体の表面を治す外科だと思っていました。
　それは、間違ってはいませんでした。
　私の予想外だったのは、
　皮膚ガンの診断と治療でした。
　北大形成外科は、
　もともと皮膚科から独立したので、
　皮膚ガンの診断、治療（手術や抗癌剤治療）も
　形成外科でしていました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　悪性黒色腫（あくせいこくしょくしゅ）
　通称：メラノーマ
　というホクロのガンがあります。
　今でも難しいガンの一つです。
　皮膚ガンの中では、
　もっとも怖いガンの一つです。
　足の裏のホクロが
　突然黒く大きくなってきたら要注意です。
　リンパ節や肺に転移して、
　亡くなってしまう方もいらっしゃいます。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　私が、免許取立ての新米医師の時に、
　このホクロのガンができて、
　北大形成外科にいらした患者さんが
　いらっしゃいました。
　残念なことに、
　その方は外来にいらした時に、
　ガンがかなり大きくなっていました。
　その上、リンパ節にまで転移していました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　本人はガンだと知っていましたが、
　まさかそんなに重体とは思っていませんでした。
　混んでいた北大病院でも、
　大至急手術が必要なので、
　最優先で入院待ちとなりました。
　入院前に、全身の検査をします。
　もちろん会社も休まなくてはなりません。
　本人には、
　『○○さん、大至急入院して手術が必要です。』
　『会社も３ヵ月以上休まなくてはなりません。』
　外来チーフの先生が説明しています。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　『冗談じゃない、こんなおできで３ヵ月も入院できません。』
　『私は８月に大事な国家試験がある、そのためにずっと勉強してきました。』
　本人は黒いおできができたので、
　それを切ってもらえば治ると思っています。
　本人への説明の後で、
　奥さんへの説明がありました。
　『悪性のガンです。』
　『手術をしても、リンパ節に転移があるので、
　進行が早い方もいらっしゃいます。』
　『早い方は、６ヵ月程度で…』
　と上の先生が説明しています。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　新米医者の私は…
　まだお若いのに、ガンになって死んでしまう…？？？
　とてもやり切れない気持ちになりました。
　その方は、北大形成外科へ入院して手術を受けました。
　リンパ節郭清（かくせい）の手術もしたので、
　手術の後はパンパンに腫れていました。
　その上、抗癌剤治療も受けていました。
　ふつうの人でしたら、手術だけで音をあげます。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　驚いたことに、
　その患者さんは、
　手術後にパンパンに腫れて、
　しかも吐き気がすごい抗癌剤治療まで受けながら、
　病室で毎日消灯まで、
　国家試験の受験勉強をしていました。
　私は、
　こんなに勉強しても…
　余命６ヵ月とか言われていたのに…
　と思いながら、
　上の先生に指示された抗癌剤の点滴をしていました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　病理検査の結果も悪性黒色腫で、
　リンパ節にも複数の転移が見つかりました。
　今でも救命が難しいケースだと思います。
　ところが、
　その患者さんは見事に国家試験に合格。
　そのパワーに驚かされたのか？
　ガンも再発せず、
　私が知っているだけで、
　その後１５年はお元気でした。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　私は30年近くたった今でも、
　その患者さんのことが忘れられません。
　人の命は、はかないものですが、
　医学でも説明できない奇跡も起こります。
　１％でも可能性があるのなら、
　最後まで望みを捨てないというのは、
　とても大切なことのように思います。
　私が同じ立場だったら、
　病室で勉強ができるかどうか？は
　わかりませんが、
　主治医を信じて治療を受けると思います。 </description>
		<link>http://s-bi.com/wp_diary/2008/10/05/%e5%bf%98%e3%82%8c%e3%82%89%e3%82%8c%e3%81%aa%e3%81%84%e6%82%a3%e8%80%85%e3%81%95%e3%82%93/</link>
			</item>
	<item>
		<title>お医者さんの奥さん</title>
		<description>　旦那が医者だと、安心できると思うのは間違いです。
　医師が、一番最初に診なければならないのは、自分の患者さんです。
　家族は後になります。
　どこの先生の奥さんも、‘母子家庭’を経験していると思います。
　私も、‘いい旦那さん’ではありません。
　家内には、
　‘院長日記の中だけ愛妻家ぶっている’と非難されています。
　家内はこの院長日記を…
　‘腹が立つから見ない！’と言っています。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　私が高校生の時に、
　同級生にお医者さんの娘さんがいました。
　その人のお父さんは、
　たまたま私の父と小学校の同級生だったそうです。
　○○さんの家はすごいねぇ。
　お父さんがお医者さんだから…
　というような話しをした記憶があります。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　『あら、そんなことないわょ』
　『小さい時から、たくさんさびしい思いをしたわょ』
　『例えば、今度の日曜日は動物園に行こう！』
　『楽しみにしていたのに、患者さんの容態が悪くなって…』
　『動物園に何回行けなかったことか…』
　本間家では、動物園に行けなかったことはありませんが、
　札幌で勤務した時も、
　地方病院に勤務した時も、
　スーパーへ買い物へ行っても、
　必ずポケットベルを持っていました。
　今の先生は携帯ですね。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　子どもが生まれると…
　夜もミルクを飲ませなければなりません。
　家内には、申し訳ないですが、
　私は一度も子どもにミルクを飲ませていません。
　ミルクの後の、
　『げっぷ』の出し方は、教えたことがありましたが、
　哺乳瓶でミルクを飲ませたことはありません。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　釧路労災病院形成外科に勤務していた時です。
　子どもは２人になっていました。
　上の子が２歳、
　下の子が０歳でした。
　家内の母もいませんし、
　私の両親も札幌でした。
　ある日、家内が、
　美容室へ行きたいから、ちょっと子どもを見ていて
　と言いました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　『だめだよ、急患が来て、病院から電話がかかってきたらどうするの？』
　それじゃ、私は美容室へも行けないの？
　『託児所付きの美容室へ行けばいいじゃないか』
　これで大喧嘩になりました。
　その後、家内がどうやって美容室へ行ったか？
　まったく記憶にありませんが、
　お医者さんの奥さんなんてこんなものです。
　経済的に困ることは、
　他業種の人よりも少ないとは思いますが、
　孤独に強くて、忍耐強い人でないと、
　なかなか大変かもしれません… </description>
		<link>http://s-bi.com/wp_diary/2008/10/04/%e3%81%8a%e5%8c%bb%e8%80%85%e3%81%95%e3%82%93%e3%81%ae%e5%a5%a5%e3%81%95%e3%82%93/</link>
			</item>
	<item>
		<title>赤ちゃんが生まれたら…</title>
		<description>　私は26歳の時、
　1981年（昭和56年）に結婚しました。
　形成外科の同期３人の中では、
　一番早く結婚しました。
　家内は24歳でした。
　結婚したのは、研修医２年目の時でした。
　まだ、何もできない若者でした。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　『本間君、結婚してもね…』
　『２年間くらいは、奥さんと二人だけがいいょ』
　『二人で、いろいろなところへいったり…』
　『二人だけの時間を楽しんだらいいょ…』
　『子どもができると、大変だからね…』
　北大形成外科の先輩のあたたかいお言葉です。
　私はとても恵まれていました。
　２ＤＫの家賃4万2千円の公団住宅で、
　幸せな新婚生活を送っていました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　子どもが生まれたのは、
　先輩のご指導通り、
　結婚して２年後の、
　1983年（昭和58年）でした。
　当時、私は函館中央病院形成外科に勤務していました。
　とても素晴らしい病院でした。
　函館中央病院に勤務して、
　そこで積んだ経験は私の財産となっています。
　子どもも函館中央病院で生まれました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　函館中央病院形成外科はとても忙しい病院でした。
　当時は土曜日も診療があり、
　日曜日も交替で回診をしていました。
　私の両親は札幌。
　家内の両親は兵庫県西宮市に住んでいました。
　私は、子どもが生まれてから、
　家内の両親に頼んで、
　家内の母親に函館まで来てもらいました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　函館で住んでいたのが、
　病院が借りてくれた、
　キャッスル富岡という賃貸マンションでした。
　エレベーターなしの３階だったと思います。
　赤ちゃんが生まれて、
　生活は一変しました。
　すべてが赤ちゃん中心の生活です。
　楽しい反面、
　いろいろと大変だったことも事実です。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　私の担当は主として、
　風呂入れでした。
　早く帰ってきた日は、
　私がお風呂に入れていました。
　私の方が手が大きいので、
　片手で楽に子どもを持って、
　身体を洗ったり、頭を洗ったりできました。
　でも、それ以外は何もせず…
　家内は一人で子育てをしていました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　函館では、
　家内の母親は産後約１ヵ月いてくれました。
　10月の紅葉がキレイなころに、
　家内の父親が迎えに来てくれて、
　そのまま関西に帰りました。
　その後も、
　引越しや２人目の子どもの誕生など、
　何かある度に、
　家内の母親に来てもらいました。
　ほんとうにお世話になりました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　医師という職業は、
　急患や当直もあり…
　私自身が、
　育児休業とか育児休暇なんて…
　考えたこともありませんでした。
　家内の母親は、
　今は札幌に住んでいます。
　本間家の子育ては、
　家内の母親のサポートではじまりました。 </description>
		<link>http://s-bi.com/wp_diary/2008/10/03/%e8%b5%a4%e3%81%a1%e3%82%83%e3%82%93%e3%81%8c%e7%94%9f%e3%81%be%e3%82%8c%e3%81%9f%e3%82%89%e2%80%a6/</link>
			</item>
	<item>
		<title>新しい生命（いのち）の誕生</title>
		<description>　札幌美容形成外科を開業して４年になります。
　勤続４年の職員は、
　その間に結婚をして、
　家庭を持った人もいます。
　職員２人に新しい生命（いのち）が誕生しました。
　本人の了解を得て、日記で公開します。
　私は、おじいちゃんになった心境です。
　最近、あまりいいことがなかったのですが、
　とても楽しみにしています。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　毎日一緒に仕事をしていると、
　家族以上に長い時間を過ごすのが職場の仲間です。
　少子高齢化で日本が困っている時代に、
　新しい生命（いのち）が誕生するのは、
　ほんとうに嬉しいものです。
　職員のおなかが少しずつ大きくなってきました。
　先日、マタニティーの制服も届きました。
　おなかが大きくなっても、
　調節できるようになっています。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　来年になると、
　産前６週間、
　産後８週間の産休がはじまります。
　その後、子どもさんが満１歳になるまでは、
　育児休業が取得できます。
　札幌美容形成外科としては、
　はじめてのケースです。
　職員と一緒にいろいろと勉強をしました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　国も少子化対策のために、
　子どもを生みやすくするように力をいれています。
　私は、初孫の誕生を控えて、
　じいちゃんとして、
　できるだけの支援をしようと考えています。
　子どもを生んで育てるのは、
　大変なことです。
　家族や周囲のサポートが必要です。
　小さなクリニックですが、
　私自身は初孫の誕生を楽しみにして取り組んでいます。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　産休に入る職員がいるため、
　契約社員を募集します。
　まず、看護助手が一名。
　その後で受付が一名です。
　看護助手には資格は要りません。
　しいて言えば、
　血を見ても大丈夫な人です。
　受付には医療事務の資格が要ります。
　医療事務は未経験でも可能です。
　ＰＣの操作ができることが、
　受付の条件の一つです。
　年齢は２４歳程度までの若い方を希望します。
　みなさんのご応募をお待ちしています。 </description>
		<link>http://s-bi.com/wp_diary/2008/10/02/%e6%96%b0%e3%81%97%e3%81%84%e7%94%9f%e5%91%bd%ef%bc%88%e3%81%84%e3%81%ae%e3%81%a1%ef%bc%89%e3%81%ae%e8%aa%95%e7%94%9f/</link>
			</item>
	<item>
		<title>講義の持つ意義</title>
		<description>　私が尊敬する、
　弁護士の高橋智（さとる）先生の日記に、
　北海道大学ロースクール医療訴訟法の授業が開始した。
　と書いてありました。
　来年１月まで全１５回もの講義はすごいと思います。
　受講生の中には、
　医師や歯科医師までいらっしゃると書かれていました。
　受講資格があれば、私も是非受講したいと思いました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　私は、不遇な形で札幌医大を追い出されましたが、
　４年間の教員生活で得たものもありました。
　それは、私の講義を通じて、
　形成外科とはどんなものか？
　ということを医学部の学生さんに伝えられたことでした。
　こうして日記を書いているのも、
　何らかの形で形成外科や美容外科を伝えたいという、
　私からの情報発信です。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　他人（ひと）にものを教えるというのは、
　想像以上に難しいものです。
　有名大学の教授の講義が100％おもしろくて、
　ためになるか？
　ということはないと思います。
　私が学生時代に一番印象に残っているのが
　予備校時代にお世話になった、
　生物の矢野雋輔（やのしゅんすけ）先生でした。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　形成外科医になった大きなきっかけの一つが、
　札幌医大６年生の時に、
　北大から特別講義にいらしていただいた、
　形成外科の大浦武彦教授の講義でした。
　北大の教官が、
　札幌医大に来て講義をするというのは、
　当時では珍しいことでした。
　６年間で数回しか覚えていません。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　その特別講義では、
　口腔外科の小浜教授、
　眼科の中川教授、
　北大形成外科の大浦教授、
　北大形成外科の濱本助教授、
　の講義がありました。
　私が学生時代に形成外科を教わったのは、
　この一回だけでした。
　わずか２時間程度の特別講義でしたが、
　これで私の人生が決まりました。
　　　　　　■　　　　　　　　　■
　高橋智先生の北大での講義でも、
　きっと将来、先生の後継者になるような、
　立派な弁護士さんが育つと思います。
　ひとを育てるのは難しいものですが、
　自分の講義を通じて、
　感動とか生きがいを伝えられるのは、
　すごいことだと思います。
　私も３回の講義を担当しますが、
　今年もしっかりと準備をして臨みます。 </description>
		<link>http://s-bi.com/wp_diary/2008/10/01/%e8%ac%9b%e7%be%a9%e3%81%ae%e6%8c%81%e3%81%a4%e6%84%8f%e7%be%a9/</link>
			</item>
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