医学講座

朝日新聞_天声新語から①

 私は朝日新聞が好きです。
 高校生の時から毎日読んでいます。
 現代国語の先生からすすめられました。
 天声人語は、
 私が受けて落ちた…
 旭川医大一期生の入学試験問題にも出た記憶があります。
      ■         ■
 平成24年3月21日(水)に、
 読者が書いた【天声語】が掲載されました。
 読んでいて…
 とても心に残ったので引用して掲載します。
 天声新語_優秀作
 福島申二論説委員選
 長野県飯田市_無職_藤本秀夫さん(61)
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 暮れに脳梗塞を患った。幸い言葉が少しもつれる程度で、目立った後遺症はない。リハビリに精を出せば、程なく回復できそうだった。ところが退院し、パソコンを起動して、がくぜんとした。キーボードの配列が、まったく分からない。
▼三十余年前覚えた頃は、珍しくて変人扱いされた。今では仕事もプライベートも、なしでは暮れないほど、生活の一部だった。それが一変した。一文字入力するのに、盤面中を探さねばならない。やっとみつけても、気がつけば隣のキーを押している。修正しようとすると、今度は「削除」キーがみつからない。もどかしい。
▼天声人語の入力を、日課にした。「修善寺の大患」の時の、夏目漱石の日記が載っていた。一命を取りとめてから、「夜は朝食を思い、朝は昼飯を思い、昼は夕飯を思う」と。涙がこぼれた。食事制限中の、身にしみた。
▼文豪は胃弱のくせに、食いしん坊だったと聞く。当方はといえば、胃袋はすこぶる
頑健で、食いしん坊だ。どっちがつらいか。同じだろう。だからこそ、あらゆる食物が、しみじみと、旨い。

▼以前は、ごちそうを並べて、味わいもせず食べ散らかしていた。食物に失礼だったと思う。思うがやはり、その頃に戻りたい。だから今は、空腹に耐えながらパソコンに向かう。一日分の入力に4時間かかったのが、2時間になり、1時間になった。
▼ならば、文章も書けるだろうか。挑戦してみよう。遅々とした歩みでも、一語一語。回生へ、一歩一歩。被災地のよみがえりのように。
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 ――受賞者から
 脳梗塞から回復中に自信
 自分の文章が客観的に評価されてうれしい。昨年末、脳梗塞で倒れてから、的確な言葉が出てこなくなってしまいました。営業の仕事で話は得意、キーボードを打つのも人より速かったのに……。
 朝日新聞を読むのは朝食後の日課です。好きなのは天声人語。文章が心地よいからです。1月7日付にあった病床の漱石の話を思い出して、自分のいまを書こうと思い立ちました。
 途中で、自分の病のことだけでは広がりがないぞと気づき、おこがましいですが、震災復興を重ねてみました。文章を書くことで視野が広がりましたね。これもリハビリです。書きたいことはあるのに、ふさわしい言葉が浮かばず、時間がかかりました。意味が伝わる文章なのか、以前のように自分で判断できていないのかもしれないとも思いました。だから、人に認められ、自信を取り戻せたことが一番の喜びです。
 講評
 味わい深いエッセー風ですね。死の大鉈(おおなた)をかわして「生」を取り戻した漱石には「生きて仰ぐ空の高さよ赤蜻蛉(とんぼ)」の一句もあります。そんな文豪の話から、一歩一歩の回復を東日本大震災の復旧に重ね合わせていく筆運びは、読ませます。(論説委員・「天声人語」筆者 福島申二)
 (以上、朝日新聞より引用)
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 脳梗塞からのリハビリは大変です。
 医者でも…
 脳梗塞から回復に…
 懸命のリハビリを続けた先生を知っています。
 長野県の藤本様が、
 PCで入力の練習をされた日々が、
 他の方の励みになると思います。
      ■         ■
 脳梗塞は、
 脳のどの部位が…
 どの程度障害を受けたか?
 …で症状が異なります。
 怖い病気です。
 一命を取りとめても…
 後遺障害が残ることがあります。
      ■         ■
 懸命にリハビリを重ねられて…
 みごとに優秀作に選ばれた…
 とてもすごいことです。
 もし、私が病気になっても…
 藤本様のように諦めず!
 がんばりたいと思います。
 良い文章をありがとうございました。

受賞者、藤本秀夫さん(61)
(朝日新聞より引用)

“朝日新聞_天声新語から①”へのコメント

  1. さくらんぼ より:

    とても励みになります。私の隣のベッドの方は脳梗塞で右半分が不自由ですが、大変明るく みんなを笑わせてくれ、パーキンソンの若い方に千羽鶴を左手だけで その方が退院するまで 折り続けてプレゼントし、今も折ってます。看護師さんや患者さんも手伝い、とうに千羽は越えました。 私は8羽でギブアップ。 病気は笑う事や前向きに考える気持ちを持つ事だけでも治りが違うと思いました。

  2. 成美ママ より:

    お疲れさまです。 辛く悔しい思いを数えきれないほどしてきたと思います。当たり前に出来たことが突然ストップしてしまい気持ちはあるのに、行動にうつせない、娘は、以前15年たちましたが頭の血管がつまる難病にかかりました。吸ったり吐いたり、ラーメンを食べるとかならずでしたが意識がもうろうとなり顔つきがかわり気絶寸前でした。この病気は、血管が煙草の煙りの様になっているため起こってしまい、その後は

    バイパス手術を受け、現在は 、お陰さまで元気です普通にできることがどれだけすばらしくてありがくて、日々起こっている事故事件決して他人事ではありませんし、今思いかえすと救って頂いた感謝頑張った娘に感謝です
    パパ!ママ!育ててくれて有難う…なんて面と向かっていえる娘に感謝です。先生は、常に患者さんに向き合ってくれます。理想のお医者さんです!

    小学生のときに、難病にかかりました。頭の血管が細く煙草の煙りの様になり、突然手足のしびれ意識がもうろうとしてか

  3. 函館の元看護師 より:

    脳梗塞になった姑のことと重なりました。

    その日まで仕事をしていたのに、晩酌もしていたのにその数時間後には私たち家族の顔もわからなくなっていました。
    徐々に私たちの記憶が戻り始めましたが、毎日私が時間に行くと、ちょうどリハビリの時間で、天気が良い日は屋上でリハビリ代わりのお散歩をしていました。その時、リハビリの先生と店と自宅の方向を見ながら涙をポロリと流していた顔を思い出しました。

    言葉を失い、戸惑う母が初めて話した言葉が私の名前だったのが一番うれしかったです。

    今は、認知症も強くなり私がママで、ママ(姑)が娘になってしまいましたが、リハビリとはいえ戸惑う姑の姿が今でも忘れられません。

    家族にとっても、本人にとっても涙なしではいられませんでした。

    でも、一つ驚いたのは・・・
    病院の請求書を見て、全く文字を理解できなかった母ですが、数字が並んでいる数を見て、びっくりして「これっ」ってすごい金額らしいということが理解できていたことでした。
    さすが経理のプロと思いました。

    藤本さんの記事を拝見して、なんだかその頃を思い出して涙が出ました。

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