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三橋公平教授

 平成19年11月6日の北海道新聞朝刊と朝日新聞朝刊におくやみ広告が出ていました。
 ご挨拶
 札幌医科大学名誉教授 夫 三橋公平 儀
11月4日午前5時34分86歳をもって永眠いたしました。
故人の固い遺志により白菊会に献体いたしました。
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 三橋公平先生は、札幌医科大学解剖学第二講座の教授でした。
 私は昭和51年4月から、当時札幌医大3年生(学部1年)の授業で三橋先生に解剖学を習いました。
 解剖の教授というと、怖そうなイメージがありますが、実に優しい気さくな先生でした。
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 一番記憶に残っているのが、腓腹筋(ヒフクキン)とヒラメ筋という下腿(ふくらはぎ)の筋肉の説明でした。
 ふくらはぎの膨らんでいるところが、下腿三頭筋といわれる部分です。
 浅層(浅いところ、皮膚に近いところ)にあるのが腓腹筋。深層(深いところ、腓腹筋の裏)にあるのがヒラメ筋です。
 ここの筋肉が発達している方は、脚が太く見えます。
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 教科書的な説明は、腓腹筋は内側頭・外側頭という筋頭を2つもち、膝関節と足関節をまたぐ二関節筋である。となります。
 医学生といっても学部に入ったばかりの、若い兄ちゃんと姉ちゃんの集まりです。
 こんな難しい説明を聞いていては、次第に眠くなります。医学部の講義は暗記することが多く退屈します。
 三橋教授は、学生が理解していないと思われたのでしょう、突然、教卓の上に上がられました。
 先生は、後ろ向きになって、ズボンの裾を上げられ、ご自身の下腿を出されました。
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 『いいですか、こうしてつま先立ちになると、膨らむでしょう。ここが腓腹筋(ヒフクキン)とヒラメ筋です。』
 医学部の講義で覚えていることは数少ないのですが、この三橋教授の実演だけは今でもはっきり覚えています。
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 医学部に入って、一番衝撃的な実習が解剖学実習です。
 三橋教授の解剖学第二講座が解剖学実習の担当でした。
 解剖学実習は月水金の週三回。午後1時30分から午後5時まででした。
 その日に解剖する部位が決まっていて、そのノルマが達成できないと、午後7時頃まで解剖を続けていました。
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 三橋教授は他の解剖学教室の教員とともに、学生の間を回って指導してくださいました。
 今でこそ、神経や血管の剖出(ボウシュツ)は得意ですが、学生にはどれが神経だか筋線維だかわかりません。
 体格のよい、太って脂肪が多いご遺体に当たったグループは、時間内に終わることができず、夜まで解剖を続けていました。
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 今日の死亡広告で、私の目を引いたのは、白菊会に献体したという一行でした。
 白菊会とは、死後に自分の遺体を解剖学の実習用教材と提供する篤志家の組織です。
 私たちが医師になるためには、必ず解剖学実習をしなくてはなりません。
 解剖用のご遺体は、‘購入’するのではなく、篤志家の方が‘献体’してくださいます。
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 献体は、昭和58年に公布された「医学及び歯学の教育のための献体に関する法律」によって定められています。
 献体とは「自己の身体を死後、医学または歯学の教育として行われる身体の正常な 構造を明らかにするための解剖の解剖体として提供すること。」
 無条件・無報酬で提供するのが決まりです。
 よい医師や歯科医師を教育するために、自身の遺体を提供するのです。
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 三橋教授は、札幌医科大学白菊会に、ご遺体を提供されたと思います。
 現在の一年生が、来年から解剖実習を行う際か、来年の入学者が再来年に実習を行う時に、教授のご遺体と対面します。
 解剖学教室の教官にとっても、名誉教授のご遺体が実習室に並んでいるのは、めったにないことだと思います。
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 私は、自分の死後に、臓器提供をすることにしています。
 残念なことに、私のように『組織すべてを提供』してしまった遺体は、解剖学実習には提供できません。
 腎臓や心臓、肝臓、肺、膵臓など重要臓器が摘出されてしまっていては、実習にならないからです。
 解剖学教室で研究させていただいたので、申し訳ない気持ちがあります。
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 私は医学教育に生涯をささげられ、死してもなお学生にご自身の遺体を提供された、故三橋公平教授に心から哀悼の意を表します。
 謹んで、三橋教授のご冥福をお祈りいたします。合掌。

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