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失業した時
私は2002年7月に札幌医科大学を退職しました。退職というと聞こえはいいですが、事実上は医学部長に追い出されました。
私を札幌医科大学へ招いてくれたのも、追い出してくれたのも同じ人でした。
48歳の時でした。子供はようやく大学に入ったばかりと、高校生の2人でした。2人とも私立で、お金がかかる時期なのに困りました。
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その前から、嫌な予感がしていたので退職しようと考えていましたが、突然、解雇通告を受けたようなものでした。
開業を考えましたが、資金も準備期間もありませんでした。
その4年前に、美容外科医になろうと思っていました。
解雇通告を受けてから、紹介していただいたり、自分で応募して、ほとんどの大手美容外科に面接に行きました。
たくさん募集広告が出ていたので、簡単に就職できるだろうと安易に考えていました。結果は、不合格やら条件が合わないなどで、惨憺(サンタン)たるものでした。
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技術的に問題があるとか、大学をクビになったからとかの理由ではありませんでした。
私のように、大学の形成外科講師になってしまった人間は、チェーン店ではとても使いづらいのです。
経営者の言う通りに、なんでもハイハイと手術を引き受ける‘先生’でなければ、チェーン店の美容外科医としては失格なのです。
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チェーン店の美容外科は医師が経営しているところと、医師以外が経営しているところがあります。
医師が経営しているチェーン店は、全て私よりも若い先生が経営者でした。
自分より年長の、うるさそうな形成外科医を採用しても、うまく仕事をしてくれそうもない。今なら、よく理解できます。
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大学は追い出されるは、次の就職先は見つからないは、開業するにも資金はないは、で本当に困りました。
その時に助けていただいたのが、親しくしていた医療機器メーカーの社長さんでした。
私の前任である、中央クリニックの社長さんを紹介してくださり、ようやく、私の就職先が見つかりました。
今でも、紹介してくださった社長さんと、採用してくださった中央クリニックの社長さんに心から感謝しています。
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形成外科医として十分な経験と知識があり、札幌の老舗美容外科で副院長も経験していました。
ところが、チェーン店の美容外科は、手術件数の桁が違いました。
普通、市立札幌病院などの総合病院では、手術日が決まっています。
形成外科の手術日は多くて、週に3日、少ないところでは2日です。
年間の手術件数も、数人の形成外科医がいて、多くても1,000件程度でした。
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中央クリニック札幌院に私が在籍していた時は、一人でそれまでの数倍の手術をしました。
毎日、朝から夜まで手術をしていました。
医師になってはじめて、手術のしすぎで手に豆ができました。
形成外科医の時は、手術する相手は‘患者様’でしたが、美容外科では‘お客様’でした。
スタッフも美人の若い女性ばかりでした。私の生活はそれまでと一変しました。
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今になって思うと、大学を辞めてよかったと、私を追い出してくれた医学部長にも‘感謝’しているくらいです。
人生には、予期できないことがたくさんあります。自分が正しいと思ってしていたことでも、他人からは悪く思われ、職を失うこともありました。
医師免許は、簡単に手に入れられるものではありませんが、医師免許があるからといって安泰ではありません。
自分を助けてくれる人、自分を陥れる(オトシイレル)人。さまざまな人がいます。
どんなことがあっても、しっかりと自分の考えを持ち、信念を貫くことが大切だと私は考えています。