昔の記憶
春の訪れ
札幌はすっかり雪がなくなりました。
一ヵ月前の大雪がうそのようです。
昔は、春になると、道路の雪を割る、
『雪割り』という作業がありました。
道路に小さな川ができて、池のようになります。
その池のようになった水溜りから、
低いところへ流れるように、‘道’をつくります。
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暖かな日差しで溶けた雪は、
ちょろちょろと流れて、低いところへ広がります。
いつの間にか、小さな流れが少しずつ大きくなり、
水溜りが消えた頃には、水の‘道’の跡形もなくなります。
そこには、雪の下で眠っていた道路が出てきます。
道路が出ると、大好きな自転車を持ち出します。
半年ぶりに乗る自転車は爽快で、
いくつになっても気分がよいものです。
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私は、小さい頃に足を悪くしたためか…
スポーツは苦手でした。
唯一得意科目だったのが、スキーでした。
走るのもダメ、
球技もダメ、
一番嫌いだったのが、体育のマット運動などでした。
4月に学校が始まると、
マット運動から始まるのでイヤでした。
自転車だけは、運動神経と関係なく好きでした。
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はじめて自転車に乗ったのは、
小学校入学前だったと思います。
補助車という、支えをつけてもらって、
親に後ろを支えてもらって練習しました。
あまり苦労せず、
痛い思いもせずに乗れたと思います。
だから自転車が好きになったのでしょう。
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最初の自転車は16インチ。
次に買ってもらったのが、丸石自転車の24インチ。
お小遣いをためて、貯金して、
親にもお金を足してもらって買ったのが、
ミヤタ自転車の26インチ。
外装5段変速のついた、カッコいい自転車でした。
嬉しくて、毎日ピカピカに磨いていました。
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私が茶志内にいた頃、
小学校6年生くらいで買ってもらった記憶があります。
生協から買ったので、
私が買う前に展示してありました。
他の子供たちも、その自転車が欲しかったと思います。
今のようにホームセンターに
何十台も山積みになっているのではありません。
そのカッコいい自転車は一台限りでした。
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どこへ行くのも自転車でした。
茶志内から美唄までは、
路線バスがありましたが、
休日には一家で自転車に乗り、
美唄の公園まで行きました。
自家用車なんてありませんから、自転車でも最高でした。
茶志内周辺には、
石狩川の河川改修でできた三日月湖がたくさんありました。
そこへ、父親と釣りに行きました。
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この50年で、自転車の価格は驚くほど安くなりました。
札幌駅周辺では、指定場所でしか自転車をとめられません。
しかも駐輪場は有料です。
自転車はいたるところに放置されています。
誰もが、自転車を大切にしなくなりました。
自転車好きの私にはとても残念なことです。
もう少し、自転車を大切にする世の中になって欲しと思います。
CO2を排出するのは、乗る人だけです。