医療問題
受刑者の入院
刑務所でケガをした受刑者を入院させることになりました。
刑務官は、管理面から個室を希望しています。
受刑者が入院中に脱獄しては、大変なことになります。
刑務所は、入院中24時間、
刑務官2名を監視のために貼り付けます。
無線で刑務所に定時連絡をします。
刑務官は、医療に関しては素人です。
ただ、しっかり管理していてくれるので、
脱獄する恐れも、暴力を振るわれる恐れもありません。
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受刑者のように問題がある方を入院させる時、
真っ先に相談しなければいけないのは、病棟婦長(現在は師長)です。
どの研修医マニュアルにも書いていませんが、
相談する順番を間違えると、大変なことになります。
私は病棟婦長を外来へ呼び、受刑者を見てもらいました。
その病棟で、受刑者を入院させるのははじめてでした。
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私:婦長さんどうだろう、個室は空いてないよね。
婦長:○○号室は◎◎さんの容体が悪いので移せませんし…。
先生、放射線科の患者さんが、退院になっていますので
○○号室はいかがでしょうか?
私:はぁ、悪いね。放射線科の○○先生には、ボクからお願いします。
婦長:でも先生、もし放射線科の患者さんの容体が悪くなったら、大部屋でもいいですか?
私:仕方ないよね。
私:刑務所の方も、もし病室がなくなった時は、大部屋でお願いします。
刑務官:わかりました。
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入院が決まったら、次は手術室へ連絡です。
手術室も婦長に連絡をします。
私:あぁ~。婦長さん。形成の本間です。
臨時をお願いします。
[緊急で手術室で手術することを、臨時手術(通称臨時)と呼びます。]
手の外傷で、取れた皮膚を移植します。
麻酔は、ロカール(局所麻酔のこと)でもできるのですが、
患者さんが受刑者なんです。
手術室婦長:先生、○○時に手術室が一つ空きます。
器械の準備は、手の外科セットでよろしいですか?
私:はい、それでお願いします。
電メス(電気メスのこと)はバイポーラーもお願いします。
手術室婦長:承知しました。先生、申し込み(手術申込書)を出してください。
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入院・手術はこのようにして決まります。
医師といえど、総合病院で働くには、
他の部署(特に看護師さん)の協力がないとできません。
私が入院を決めても、病棟婦長からNO(ノー)と言われては、
入院できないでのです。
こうして上半身に立派な刺青が入った患者さんは、
入院できることになりました。
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受刑者の手術は順調に終わりました。
手術は成功しました。
ただ、皮膚が安定するまでに指を少しでも動かすと、
移植した皮膚がくっつきません。
前腕から手にかけてギプスで固定し、指が動かないようにします。
受刑者は、治療に協力的でした。
挨拶もしっかりしてくれました。
回診の度に、お礼を言ってくれました。
看護婦さんの評判も極めて良好で、
婦長も私も内心ホッっとしていました。
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可哀想なのは刑務官でした。
受刑者は病院のベッドで寝ることができます。
病院食も3食出ます。
検温も、清拭も、若くて美人の看護婦さんが
他の患者さんと何の差別もなく、丁寧にしてくれました。
それに比べて、刑務官は床に簡易ベッドか、マットを敷くだけです。
24時間監視が原則です。
患者さんは、夜グーグー寝ていても
刑務官は起きて監視です。
食事もコンビニの弁当を食べていました。
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一週間を過ぎた頃から、刑務官に疲労の色が濃くなってきました。
刑務官:先生、キズの具合はいかがでしょうか?
私:とても良好ですよ。
刑務官:入院は、あとどの位必要ですか?
私:最初に、診断書に書いた通りではダメですか?
刑務官:実は……
われわれ、入院に付き添ってから、休みも取れず、全員参っています。
受刑者は、術後経過も良好で、回診の時も楽しそうにしています。
それに比べて、刑務官は、可哀想なくらい疲れていました。
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私は、術後経過が良好であったことから、
予定より早く退院していただきました。
皮膚は無事に生着し、指の機能障害も残りませんでした。
最後に診察に来た時に、受刑者は丁寧にお礼を言ってくれました。
その後、出所して真人間になったかどうかはわかりません。
ただ、その手で悪いことはしていないような気がしてます。
受刑者にも人権があることは理解できます。
私は受刑者だからといって、治療で差別はしません。
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悪いことをした人は、罪を償う(つぐなう)べきです。
罪を償う場所は、刑務所です。
病院は医療を提供する場所です。
医療が必要な人に医療を提供するのが、われわれ医療者の役目です。
精神に異常があるから、無罪にするのは納得できません。
刑務所に入れて、必要に応じて、精神も治すことはできないのでしょうか?
病院と刑務所では、
対応や待遇が違うということをお伝えしたかったので、
昨日と今日の日記を書きました。