昔の記憶
人生で一番勉強した時期
今日は2016年9月23日です。
札幌は半袖だと寒くて無理です。
長袖でも寒くなりました。
今日は長袖の上から上着を着てきました。
今日の予想最高気温は18℃です。
10月に入ると、
そろそろ暖房の準備です。
一年はあっという間です。
■ ■
札幌美容形成外科には、
たくさんの方から相談メールをいただきます。
私が一番応援したくなるのは、
受験生です。
現役ではなく浪人生です。
私が人生で一番勉強したのは、
ごめんなさい、
札幌医大ではありません。
札幌予備学院(今の河合塾札幌校)です。
■ ■
札幌西高校を卒業した年に受けたのは、
旧一期校→札幌医大→不合格
旧二期校→弘前大学医学部→不合格
開学が遅れた→旭川医大→不合格
受験した医学部はすべて落ちました。
浪人して予備校に通って、
毎日勉強だけしていました。
■ ■
毎年秋になると、
予備校時代に矢野雋輔先生が言われた、
受験生は人生で一番ロマンチックな時期
という言葉を想い出します。
私が札幌医大に合格できたのは、
矢野先生のおかげです。
形成外科医になれたのは、
恩師の大浦武彦先生のおかげです。
ご恩は一生忘れません。
■ ■
必死で勉強していて、
彼女もいない不遇な青春時代でした。
こんなに辛いのに、
どうしてロマンチックなのだろう…?
と不思議に思っていました。
どんなに勉強しても、
成績はそれほどUPしないし。
来年、合格できるという保証もない。
自分の周囲を見回すと…
偏差値75で落ちた人がいる。
■ ■
勉強をして、
自分の実力を知れば知るほど…
不安になっていたものでした。
自分の実力がわからない時は、
偏差値60ちょっとでも合格した人もいるから、
自分もひょっとしたら…?
合格できるかも…?
なんて考えたこともありました。
■ ■
62歳という年齢になり、
自分が生きてきた年月より、
残された年月が少なくなりました。
矢野先生も…
もうこの世にいらっしゃいません。
この年齢になって想うことは、
やはり…
矢野先生のお言葉は正解で、
自分が努力して目標に向かっている時が、
人生で一番ロマンチックな時期だということです。
■ ■
受験生から相談メールをいただくと、
私は自分が受験生だった頃を思い出します。
若者には無限の可能性があるという言葉も好きです。
新成人へ贈る言葉2013-②
という2013年1月14日の院長日記や、
数学と医学
という2007年12月25日の院長日記に書いてあります。
■ ■
私は、
決して頭の良い子どもではありませんでした。
学校で一番になったことはありません。
地域で一番優秀な高校でもありませんでした。
クラスでもトップになったことはありません、
どちらかというと…
青白い顔をした
神経質そうな少年でした。
■ ■
私の好きな言葉が無限の可能性です。
若者には…
無限の可能性がある。
決して…
あきらめてはいけない。
昔、旺文社の大学受験ラジオ講座で、
勝浦捨造先生が、
くりかえし述べられたお言葉です。
■ ■
勝浦先生の担当は数Ⅰ(すういち)。
数学の基礎です。
先生の関西なまりのあるお言葉、
今でも覚えています。
一度や二度の失敗で、
くよくよするんでない!
と北海道弁で言います。
■ ■
受験は自分との闘いです。
人生も自分との闘いがよくあります。
センター試験前の時期は…
誰でも弱気になります。
『もうだめだ…』
『また、来年もかぁ…』
…と考える時期です。
私自身がそうでした。
■ ■
私は、毎年、必ず矢野先生のことを想い出します。
矢野雋輔(やのしゅんすけ)先生は、
藤女子大学の教授でした。
私が通った、
桑園予備校(現在はありません)
札幌予備学院(現、河合塾札幌校)で、
生物の講義を担当してくださいました。
苦手だった…
生物の分類を
『お経(きょう)のように覚える』記憶法
…を教えてくださいました。
■ ■
単調になりがちな…
生物の講義を、
楽しく、興味深く教えてくださいました。
矢野先生がいらっしゃらなかったら…
私は医学部へ合格できなかったと思います。
もちろん医師にはなれませんでした。
■ ■
高校~予備校の
受験生の頃…
見たいTVもがまんして…
彼女がいた友人を…
横目で羨ましく思いながら…
毎日、必死で勉強していました。
■ ■
あぁ~~!
今日もまた寝ちゃった!
ここまでやろうと思ったのに…
あぁ~~!
また同じ問題を間違った!
これで3回目だ。
あぁ~~!
また同じ単語の意味を忘れた!
前回、辞書を引いたのは、
つい一週間前だ。
(私は辞書の単語に日付をつけて、
何回、同じ単語を引いたか記録していました)
■ ■
こうして苦労して勉強していました。
合格発表の日まで、
自分が合格する自信はありませんでした。
私の生き方は…
この受験生時代に築かれたようにも思います。
後輩の先生が、
私のことを…
ストイックだと言ったことがありました。
良い意味なのか…?
悪い意味なのか…?
わかりません。
■ ■
決して諦めるな!
若者には無限の可能性がある!
この言葉を…
私と同じように…
努力している若者に贈ります。
がんばれ!
いつかきっといいことがあるょ。
来年は合格できるょ。
“人生で一番勉強した時期”へのコメント
コメントをどうぞ
先生は常に努力家だと思います。
浪人時代も頑張り
今もひたすら頑張っていらっしゃいます。
私が一番勉強した時期
国家試験でした。
模試では本番で少し上がったとしても
絶対合格するでしょう。
とありましたが
2点足りなく不合格でした。
3年間勉強し続けました。
3回落ちたんです。
一週間にテレビは25分程度しか見ず
寝る間も惜しんで勉強しました。
でもダメでした。
試験はかなりの応用問題で
テキストのどの問題を問われてるのかさえ
わからないのもありました。
3回目で合格した人には
受け続けたらよかったのにとのちに言われました。
47歳と歳もいってたので、そこで諦めてしまいましたが
皆さん、諦めないで頑張ってください。
3個の資格を一気に取得した事もあります。
その時も勉強してフラフラでしたが
39歳で私もまだ若かったです。
だから頑張れました。
その時の気持ちを忘れないでいたらと
後悔してます。
書き込んだテキストと過去問も
ヤフオクで売ってしまい
後の祭りです。
【札幌美容形成外科@本間賢一です】
コメントをいただきありがとうございます。私は50歳を過ぎても試験の悪夢をみていました。自分で試験問題を作る側になったのに『明日試験なのに何も勉強していない!』という悪夢でした。
皆さん10代で落ちても くよくよしないでください。うちの息子は30才過ぎて二人とも猛勉強することになりました。 次男は就職しましたが 長男は来春卒業ですが 実習があり 息子は遠方ばかりで 宿泊代と食費だけで一回50万円かかり 実習病院の評価が良くても 学校の発表で 6人の先生から色々突っ込まれ 答えられなくなると落とされます。今まで何人も落第させられましたが、明らかに不真面目ならわかりますが、真面目で一生懸命やっていて落とされまするのはおかしいとおもいます。教師は悪い所は指摘したら現場に出たときに直してあげるべきでただ国家試験100パーセントにこだわり過ぎているとおもいます。 30過ぎて 二人とも本当に勉強して頑張ったと思います。 来週で実習が終わり 国家試験の勉強です。次男は高校の時37人中 成績が36番でした。 何校も学校を受け 国家試験に合格したのが夢のようです。
【札幌美容形成外科@本間賢一です】
コメントをいただきありがとうございます。さくらんぼさんのご子息はとても立派です。人生いろいろです。勉強したことは必ず将来役に立ちます。無駄なことはないというのが私の考えです。札幌から応援しています。