私は、ペルテスの診断と治療のために、股関節のレントゲン写真を何枚も撮りました。前にも書きましたが、レントゲン写真はじっとしているだけでした。注射と違って、何枚撮っても痛くないので子供にとっては安心でした。... 続きを読む コメントはまだありません
私の左股関節は、整形外科の専門家が診てもわからない位、しっかり治っていました。これは、私の歩き方が変で、異常があると早期に発見され、診... 続きを読む コメントはまだありません
左下肢に装具をつけていた私は、歩き方がロボットのようでした。幼稚園で誰かが、鉄人28号みたいだと言いました。鉄人28号は当時流行していた、ウルトラマンの原型のようなロボットでした。■... 続きを読む コメントはまだありません
ペルテスになって愛育病院へ入院した私は、無事に退院できました。入院中はギプスをつけたり、下肢を牽引したりの治療でした。退院後は大腿骨にかかる負荷を減らし、下肢の安静を保つ目的で装具を作りました。■... 続きを読む コメントはまだありません
平成19年11月29日(木)朝日新聞朝刊ひとときへの投稿です。「お母さんの銀行」地元で開かれた「家事家計講習会」に出た。その席上で、一瞬、子どものおこづかいに話が及んだ。「おこづかい帳はつけさせていますか」... 続きを読む コメントはまだありません
平成19年11月29日(木)朝日新聞朝刊の記事です。障害年金受けるにはうつ病や糖尿病でもポイントは初診日と認定日■■人生に病気やけがはつきものです。障害が残ったとき、生活の... 続きを読む コメントはまだありません
床上安静、ショウジョウアンセイと読みます。ベッドの上でずっと寝ていることです。勉強も仕事もしないで一日中寝ているのです。楽でよいなんてものではありません。一日中ベッドの上に拘束されるのです。ストレ... 続きを読む コメントはまだありません
私の腰から下はギプスで固められました。石膏でできたギプスはセメントのように硬く、びくともしませんでした。白いギプスはそのうち汚れてきます。石膏のギプスが直接肌に当たらないように、綿のようなものを巻いてからギ... 続きを読む コメントはまだありません
床上排泄(ショウジョウハイセツ)と読みます。ベッドの上でオシッコもウンコもすることです。ペルテス病になった5歳の私は、札幌の愛育... 続きを読む コメントはまだありません
私が子供だったのは、昭和30年代です。日本は戦後の混乱から、高度経済成長の時代に入っていました。‘三丁目の夕日’は、昭和33年(1... 続きを読む コメントはまだありません