昔の記憶
平成の思い出②
平成の思い出①
…の続きです。
私は市立札幌病院に勤務しながら、
北大に通って研究をしました。
大浦武彦教授から言われたのは、
エクスパンダーを使った動物実験でした。
なかなかうまくできませんでした。
■ ■
大浦武彦先生が、
Tissue Expander Symposium
国際ティッシューエクスパンダーシンポジウムという学会を、
札幌で開催されました。
その時に間に合うように、
私に研究を命じられたのだと思います。
失敗の連続でしたが、
いい結果が出せました。
■ ■
学生時代に写真部の先輩から教わった、
暗室技術が役立ちました。
写真部の幽霊部員だった私が、
日本形成外科学会学術講習会で、
形成外科医に必要な写真の知識
…という講演までしました。
きっと写真部の先輩は、
あの幽霊部員だった、
本間が学術講習会の講師かょ!
…と驚かれたことと思います。
■ ■
私の研究が実って、
北海道大学から、
博士(医学)の学位をいただきました。
北大卒ではないというコンプレックスを持った私には、
人生で最高の称号でした。
小学生だった子供たちが、
お父さんおめでとう
…とお祝いをしてくれたのを覚えています。
“平成の思い出②”へのコメント
コメントをどうぞ
お医者様になるだけでも凄いのに
北大から博士の学位を頂いたのですか。
ご苦労されたと思いますが
努力が実を結びましたね。
【札幌美容形成外科@本間賢一です】
コメントをいただきありがとうございます。私はもともと開業しようとは思っていませんでした。(平凡な)勤務医を考えていました。研究はしてみたかったので北大で研究をして博士の学位をいただきました。充実した30代後半でした。
本間先生は昔からお変わり
なく勉強熱心なのですね。
医師という大変なお仕事を
しながら研究もされて、
誰でも真似できることでは
ないと思います。
先生のような方が素晴らしい
称号をお受け取りになれて
本当に良かったと思いました。
【札幌美容形成外科@本間賢一です】
コメントをいただきありがとうございます。市立札幌病院に勤務する医師には私のように北大で研究をして博士(医学)の学位を取得した先生が他にもいました。勉強熱心な先生が多かったです。私はとてもいい環境で仕事ができたことを今でも感謝しています。
乳癌の切除後に癒着であるとか後でバッグを入れるために組織拡張器としてエキスパンダーを入れたりしていたと記憶しています。この病気はなると辛いです。
外科と形成外科のコラボによって形成外科は健側乳房に近い形状回復により女性としての自尊心が保たれたりしますので役割は大きいと考えられます。
【札幌美容形成外科@本間賢一です】
コメントをいただきありがとうございます。エクスパンダーは組織拡張器という名称で乳房再建に用いられています。保険適応にもなりました。簡単な手術ではありませんが技術は進歩しました。
北大卒でない本間先生を受け入れて下さった大浦先生は、なんて心の広い方なんでしょう!子供からのおめでとう!はうれしいですね。
【札幌美容形成外科@本間賢一です】
コメントをいただきありがとうございます。そうなんです。大浦武彦先生は北大卒も札幌医大卒も海外からの留学生もみんな平等に弟子として育ててくださいました。子供たちも親が喜んでいるのがわかったのでしょうね。