昔の記憶
命日2026
今日は2026年4月6日(月)です。
家内の父親片寄茂八かたよせもはちの命日です。
1993年平成5年に、
兵庫県三田市(さんだし)のゴルフ場で、
急性心筋梗塞で亡くなりました。
64歳でした。
65歳になる23日で前でした。
■ ■
昨年が33回忌でした。
今年も特に行事はありません。
33年前は、
私の子供たちが小学校5年生と小学校3年生になったばかりでした。
亡くなる2日前までジュニアパイロットでおじいちゃんのところに行ってました。
子供たちが飛行機に乗ったという電話をくれたのが、
家内が父親と話した最後でした。
家内が37歳でした。
■ ■
私は今年72歳になります。
本間家の順番では次は私です。
あと何年生きられるかわかりません。
北海道新幹線で山形へ行きたいと思っています。
2038年、
私は84歳になっています。
それまで元気でいたいと願っています。
あと12年は長いなぁ~です。
“命日2026”へのコメント
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奥さまのお父さま、鉄道線路の
プロフェッショナルなお仕事を
なさって、お孫さん達を愛し
愛された、素敵な方でいらした
のだと思います。
ご冥福をお祈りいたします。
「新幹線に乗って山形県へ
行ってきました!」
お母さまの遺伝子を受け継がれた
本間先生は実現なさると
思っていました。
お元気で、
ご活躍を応援しています。
【札幌美容形成外科@本間賢一です】
コメントをいただきありがとうございます。1993年4月6日(火)のことを覚えています。市立札幌病院皮膚科で午後から週2回の形成外来をしていました。4月に赴任したばかりの竹野巨一たけのなおかず先生とご一緒でした。当時は携帯電話はなく家電だけでした。外来をはじめてまもなく看護師さんが『先生、奥さんから電話です』と家内からの電話を取り次いでくれました。『おじいちゃんが…、死んだって…』でした。私は自分の父親が亡くなったのだと思いました。まさか家内の父親が亡くなるとは考えてもみませんでした。今だったらステントといういい治療法があります。人間の寿命はわからないものです。立派なじいちゃんでした。
12年待ち遠しいですね。
ですが人生100年時代です。
先生は健康面にも
気を使われてるので
大丈夫です。
お元気で山形に
行かれて下さい。
お義父様のご冥福をお祈り致します。
【札幌美容形成外科@本間賢一です】
コメントをいただきありがとうございます。北海道新幹線で山形に行くのが夢です。それまで元気でいられかなぁ~? 私の家の近くでは新幹線工事が着々と進んでいます。橋げたもかなりできてきました。義父は国鉄を退職後に大鉄工業というJR西日本の保線の会社で営業所長をしていました。楽しそうに仕事をしていたのをよく覚えています。線路の横に生えている雑草の処理も保線区の仕事だと教えてくれました。4月6日になると毎年義父を思い出しています。
お若いのに突然旅立たれた奥様のお父様のご冥福を心よりお祈り致しております。
今日は暖かくて汗が出ました。
命日の話が多くなる=亡くなる人が多いという事です。
【札幌美容形成外科@本間賢一です】
コメントをいただきありがとうございます。70歳を過ぎて亡くなる人が増えました。時々、次は自分の番かなぁ~?と思っています。1992年のお正月に結婚してはじめて家内の実家に行きました。義父はとてもよろこんでくれました。いっしょに初詣に行ったり、関西サイクルスポーツセンターというところに遊びに行きました。まさかその翌年に亡くなるなんて考えてもみませんでした。お正月に行った時に義父は脚の血管がつまって痛がっていました。その次に目の血管がつまりました。脚の血管がつまったり、目の血管がつまる人は心臓の血管もつまるとは、、、今だったら考えますが当時は考えませんでした。私が義父の職場近くにあった国立循環器病センターに紹介状を書いて診てもらっていたら死ななくてもよかったのにと、ずっと後悔しています。