昔の記憶

アンパンマン2017

平成29年5月5日、北海道新聞朝刊、卓上四季です。
 アンパンマン
 先日、NHK 連続テレビ小説「ひよっこ」を見ていたら、懐かしい歌声が流れた。「ぼくらはみんな生きている…」で始まる「手のひらを太陽に」である。子どものころは口ずさむと歌詞に照れたが、今聞けば不思議と元気が湧く。
▼作詞したのは「アンパンマン」の作者、やなせたかしさんである。1950年代、仕事はラジオの台本書きや舞台装置のデザインばかり。「漫画家の才能がない」と悩んでいた。
▼ある夜、ふと手元にあった懐中電灯を手のひらにあてたら、赤く見えた。心は沈んでも赤い血が流れている。これが生きていることだ。とっさに歌詞が浮かんだそうだ。
▼漫画家になったのは、戦争体験が原点だという。弟が「もうすぐ死ぬが、兄貴は生きて絵を描いてくれ」と言い残し、戦死した。<正しい戦争はあり得ない。本当の正義は食べ物を分け与え、命を支えること>。困っている人に、自分の顔を食べさせる勇気あるアンパンマンを思いついた(梯久美子著「勇気の花がひらくとき」)。
▼きょうはこどもの日。苦しい思いで日々を送る子どもがいるかもしれない。そんな姿にひやひやする仲間もいるだろう。
▼やなせさんはこんな言葉を残している。<いじめられている人をかばうと自分がいじめられるかもしれない。それでもどうしても誰かを助けたいと思うときに本当の勇気がわく>。そう、ぼくらはみんな「で」生きている。2017・5・5
 (以上、北海道新聞より引用)

      ■         ■
 私はやなせたかしさんのファンです。
 正直に話すと、
 2015年に富良野のアンパンマンショップに行って、
 やなせたかしさんの本
 …を買うまでよく知りませんでした。
 私はやなせたかしさんの考えに共感します。
      ■         ■
 戦争体験が原点だという考えには、
 心を強く打つものがあります。
 今日は子供の日です。
 私は医学部長とも
 大同生命とも
 よく争ってきた人生です
 でも戦争には大反対です
 形成外科は戦争で発展した医学です。
 戦争で傷ついた人を治して技術が進歩しました。
 だから他の人より戦争が嫌いなのです。
20150823_1

“アンパンマン2017”へのコメント

  1. えりー より:

    アンパンマンには大変お世話に、
    なりました。TVの主題歌も
    歌えます。富良野の
    アンパンマンショップも行きました。

    息子のかかりつけの小児科では
    点滴中にアンパンマンのビデオを
    見せてくれました。
    注射に大泣きしていた幼い息子も、
    「我慢すればアンパンマン見れるよ」の
    言葉で泣きやみました。

    形成外科は戦争で発展した医学なのですね。
    私も正当化のできる戦争はないと思って
    います。
    信念をまげない本間先生にも頭が下がります。

    発熱で寝込んでいた息子もおかげさまで、
    元気になりました。
    お気遣いのお言葉ありがとうございました。

    【札幌美容形成外科@本間賢一です】
    コメントをいただきありがとうございます。ご子息様の熱が下がってよかったですね。うちの息子もよく熱を出して小児科のお世話になりました。アンパンマンのビデオは知りませんでした。きっといい先生です。戦争で発展した形成外科の技術は平和利用したいものです。戦争は嫌です。

  2. すみれ より:

    懐かしい歌。NHKの連ドラは毎日見ています。アンパンマンは5歳の孫も大好き。いろいろな物についています。この歌詞の由来はしりませんでしたが、三越の包装紙のデザインをしたのは知っていました。いずれにせよ、40年前に流行った、(戦争を知らないこどもたち)、の歌詞のように戦争の怖さを知る事がなくなりました。確か、母とやなせ先生は同じ歳で、母は北海道、やなせさんは高知県の出身です。育ったところは違っても戦争の悲惨な思いは、変わらないと思います。地震の心配がありますが、なんとか平和な日本に感謝です。

    【札幌美容形成外科@本間賢一です】
    コメントをいただきありがとうございます。すみれさんのお母様はすごいですね。私はいつかやなせたかしさんの記念館がある高知に行ってみたいと思っています。

  3. なっちゅん より:

    三越の前の包装紙のデザインは
    猪熊弦一郎さんです。
    丸亀市に記念館があります。

    それに文字を書いたのが
    その頃、三越の広報に所属していた
    やなせたかしさんです。

    どちらも四国にあるんですね。

    戦争の悲劇は繰り返しては
    ならないと思います。

    【札幌美容形成外科@本間賢一です】
    コメントをいただきありがとうございます。三越の包装紙のことは全く知りませんでした。三越のホームページにやなせたかしさんのことが記載されていました
    包装紙のデザインを手がけたのは、猪熊弦一郎画伯。「華ひらく」と名づけられたデザインは、画伯が千葉の犬吠埼を散策中、海岸で波に洗われる石を見て、「波にも負けずに頑固で強く」をテーマにしようと考えたことから生まれました。包装紙のデザインを画伯に依頼し、出来上がった作品を受け取りにいったのは、当時三越宣伝部の社員だった漫画家、やなせたかしさん。抽象的なデザインの赤い切り抜きが白い紙にテープで仮止めされただけのデザイン画には、やなせさんも驚いたものの、商品を包んでみるとそれこそ花が開いたようにぱっと明るくなるのを見て「さすが猪熊画伯」と感心したそうです。
    その後、やなせさんの手で「mitsukoshi」のロゴが書き入れられ、現在に至るまで半世紀以上もの間、三越のシンボルとして愛されてきた。

    猪熊弦一郎画伯による原画


  4. さくらんぼ より:

    息子たちが小さい頃なんでもアンパンマングッズでした。 急に夏になり果樹園の花がいっせいに咲き始め花摘みにおわれています。 アンパンマンに手伝ってもらいたいです!!

    【札幌美容形成外科@本間賢一です】
    お忙しいのにコメントをいただきありがとうございます。お天気にならないと困りますし、一斉に開花されても大変ですね。お手伝いできず申し訳ありません。

  5. くくるん より:

    私が子供のころから放送しているアンパンマンのエピソード、このような体験や想いから生まれたものなのですね。
    今度見るときはちょっと意識してみます。

    数年前に広島の原爆ドーム、資料館に行ったことがあり、多くの遺品や写真があります。
    戦争によって及ぼされる甚大な被害が、いかにはかりしれないものかということが実感出来ました。人と人の争いはあっても、命を奪ってしまう行為はあってはならないですよね。形成外科が戦争で発展したものだとは、知りませんでした。

    【札幌美容形成外科@本間賢一です】
    コメントをいただきありがとうございます。形成外科は再建外科として発達しました。日本は敗戦国だったので戦争で傷ついた人を治す病院は限られていました。戦勝国では戦争で傷ついた兵士は英雄でした。英雄を手術する形成外科の技術が進歩しました。戦争はダメです。どんなに医学が進歩しても亡くなった命は助けられません。

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