医学講座
正中頚嚢胞と異所性甲状腺
医療事故情報センターから出されている、
センターニュース№315
2014年6月1日号の記事です。
札幌の高橋智弁護士からの症例報告です。
形成外科を専門とする先生に、
ぜひ読んでいただきたいです。
医療事故情報センターのセンターニュースを、
もっと医療従事者に読んで欲しいです。
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症例報告
正中頚嚢胞摘出術の結果、異所性甲状腺が摘出され、患児に甲状腺機能低下症が発症してしまった事例
高橋 智(札幌弁護士会)
札幌地裁平成23年(ワ)第1416号
損害賠償請求事件 和解期日:平成26年3月25日
【患者】手術当時5歳の女児
【医療機関】公的病院
■事案の概要
患児の咽頭の肉腫を正中頚嚢胞であると判断して摘出したが、術後に、病理検査及び甲状腺シンチグラム検査をしたところ、摘出した組織に異所性の甲状腺が含まれていたことが判明、その後、正常だった患児の甲状腺機能は低下した。
■主な経緯
患児は、平成21年1月下旬頃、喉の辺りにできものを見つけたため、母とともに、小児科医を受診したところ、正中頚嚢胞の疑いの診断を受けた。同年2月上旬、同小児科医の紹介で相手方病院を受診した。触診及びエコー検査の結果、正中頚嚢胞の疑いがあると診断され、造影剤検査を受けることなく、平成21年2月10日、患児は相手方病院にて腫瘤摘出術を受けた。ところが、術後、摘出された腫瘍には甲状腺の細胞が含まれており、甲状腺は存在するものの異所性甲状腺がなくなったため今後甲状腺機能が低下していく可能性があることが判明した。その後、現実に患児の甲状腺機能は低下し原発性甲状腺機能低下症と診断されたため、チラージンの服用が開始された。
■主な争点
正中頚嚢胞と異所性甲状腺の峻別方法はエコー検査で十分といえるかというのが主な争点の一つであった。
正中頚嚢胞と異所性甲状腺の峻別は重要である。なぜならば、正中頚嚢胞であれば切除しても特段健康状態に影響は生じないが、異所性甲状腺だった場合は,甲状腺機能が失われるあるいは低下する結果をもたらす可能性が高いためである。峻別方法について、相手方は、文献を引用しつつ、甲状腺エコー検査で、正常な位置に甲状腺組織があれば、峻別可能であるとする立場をとっていた。一方、当方は、それだけでは不十分で甲状腺シンチグラムを必須とする文献もあるし、摘出時には外観から異所性甲状腺であると疑えるから、摘出前に術中迅速病理検査を行うこともできたはずであるとして、エコー以外の検査を実施して慎重に峻別すべきであった、あるいは、少なくとも、そのような方法があることを両親に説明すべきであったと主張した。
■解決
相手方側と和解が成立した。解決金は、1800万円であった。
なお、相手方側は、医療ミスはなかったが、患児の負担を真摯に受け止め和解を選択した
とのコメントが、本件事件を報道した新聞に掲載されている。
■若干のコメント
正中頚嚢胞と異所性甲状腺の峻別については、どのような方法を用いて行うべきかについて、医師の見解に相違がみられるが、もっとも大切なのは、患者側に十分な情報が提供され、事前にどのような検査方法をとるかということについて、医師と患者が真摯に協議することである。
甲状腺シンチグラムには放射線被曝のリスクもあるが、エコーには読影を誤るというリスクもある。摘出前には、術中迅速病理検査という方法もある。医療を受ける患児の立場に立って、甲状腺機能低下という結果を招かないように、医療機関には慎重にも慎重を期して欲しいとの思いから、本事件について寄稿することとした。(文責:高橋 智)
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正中頚嚢胞は形成外科で扱う疾患です。
私は35年間形成外科医をしていますが、
異所性甲状腺を疑ったことは、
一度もありませんでした。
術前に甲状腺シンチをしたこともありません。
せいぜいCTを撮ったくらいです。
小さな子どもの画像診断は、
動かないようにするだけでも大変です。
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私が手術をしたとしていても、
見落とした可能性はあります。
でも、
頚嚢胞の手術をしたのに、
何か充実性組織があれば、
変だな
…と感じたと思います。
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変だな
…と手術中に思ったら、
どうしたでしょうか?
迅速病理検査ができる病院は少ないです。
病理医もいないことがあります。
手術前に申し込んでいないと、
準備に時間がかかるのでできないこともあります。
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患者さんには申し訳ありませんが、
私も同じ誤ちをした可能性があります。
学会発表でもあれば気付きますが、
この裁判事例を読むまで知りませんでした。
頚嚢胞は、
耳鼻科や小児外科でも手術をします。
高橋智先生の努力を無駄にしないためにも、
われわれは気をつける必要があります。
形成外科の先生は覚えておいてください。