医学講座
ビルに貼り紙「頑張って」
今日は2021年6月20日(日)です。
札幌に開設された北海道の集団接種会場で、
ワクチン接種が始まった記事が北海道新聞に載っていました。
その一方で、
宿泊療養ホテルで過ごした人の体験談も道新に載っていました。
とても参考になったのでご紹介させていただきます。
私たちにもいつPCR陽性の通知が来るかわかりません。
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2021年6月20日、北海道新聞朝刊の記事です。
ビルに貼り紙「頑張って」
隔離生活8日間上川の女性
【旭川】旭川市内中心部のホテルを道が借り上げて開設された、新型コロナウイルスの宿泊療養施設では、道北一帯の軽症者と無症状者が一定期間、隔離生活を送る。上川管内のある女性はここで8日間の療養生活を送った。孤独と不安が募る中、女性は「周囲の優しさに支えられた」と振り返った。
それは、同僚の感染判明から始まった。同僚とは職場の同じ空問で働いていたため、PCR検査を受診。その日の夕、「陽性」との連絡が市保健所から来た。同僚とは会話や会食はしておらず、検査結果はすぐには受け入れられなかった。
せきは少し出ていた。でも熱はない。「検査を受けなければ、感染には気付かないほど軽い症状。誰かにうつしたかも、と思うと恐ろしくなった」
翌日、専用のタクシーが迎えに来た。運転手から渡された防護服と手袋を玄関前で身につけ、後部座席に乗る。運転席との間はビニールシートで遮断され、空気清浄機が大きな音を立てて稼働していた。
ホテルには、外から見えないようシートで囲われた玄関から入った。大きなガラスの向こうにいる保健所職員から説明を受ける。「刑務所に入った人のような気分だった」。職員の指示で机の上の封筒を開くとルームキーが入っており、ダブルベッドの部屋で隔離生活が始まった。
一日は「検温をお願いします」という朝の館内放送で始まる。館内に24時間常駐する看護師に電話で体調を伝える。放送は夕方も流れ、同じように報告した。
部屋では、同僚や家族が感染していないか、気が気ではなかった。ふさぎ込んだまま、数日が過ぎた。その後は少しずつ、持ち込んだパソコンで仕事をしたり、テレビを見たりできるようになった。
部屋を出られるのは1日3回の食事の前だけ。別の階に弁当を取りに行くのが唯一の気分転換だった。弁当は飽きないよう業者を毎回変えてくれていた。即席のみそ汁やカップスープも自由に部屋に持ち帰れた。洗濯物は風呂場で手洗いしたが、シーツやタオルは頼めぱ交換してもらえた。
何日か過ぎたある朝のことだった。カーテンを開けると、向かいのピルの窓に紙が貼られているのに気付いた。
「頑張って下さい 一日も早く 回復されるよう祈っています」
4枚の窓ガラスいっぱいに内側から貼られた紙に、大きく手書きされていた。ビルに入るテナントのオーナーからのメッセージだった。「見ず知らずの私たちを応援してくれている」。心が温かくなった。
看護師の言葉にも救われた。朝夕の体調確認の電話のたびに「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と謝ると、「誰も悪くないですよ」 「仕方のないことだから気にしないで」と、いつも励ましてくれた。
療養6日目の夕、看護師から、2日後に退所できると電話で告げられた。「まだウィルスがあるかも」と不安もよぎったが、既に症状は消えていた。退所の日、外に出ると太陽がまぷしく、空気がおいレかった。
「周りの人からの心配や優しい言葉に救われた。感染した人に全ての責任があるわけではないことを、多くの人に分かってほしい」
退所から3日後、職場に復帰できた。後遺症もなく、今は感染前と変わりない日々を過ごせてせている。
(旭川報道部 若林彩)
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刑務所に入った人のような気分だった
お気持ちがとてもよくわかります。
私たちも、
いつ濃厚接触者になって、
保健所からPCR陽性の電話が来るかわかりません。
ほんとうに大変なことです。
一日も早くワクチンが普及して、
コロナがない社会になってほしいです。
私は6月23日(水)に二回目のワクチンを接種していただきます。
私だけ早く打ってもらって申し訳ございません。