医学講座
挿管困難症例(ソウカンコンナンショウレイ)
医師を四半世紀以上もしていると、いろいろな患者様と出会います。
ベテランの麻酔科医が、この人は‘絶対’に麻酔をかけたくないという人がいました。
総合病院で全身麻酔をかける時は、一般的に筋弛緩剤という薬を使い、気管内挿管という手技で麻酔をかけます。
簡単に言うと、薬で呼吸を止めて、その間に口から気管まで管(クダ)を入れます。
その管から、酸素・笑気・麻酔ガスを送って、呼吸させて麻酔をかけます。
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この管を入れる時に事故が起こります。
挿管困難症例とは、アゴが小さい、首が短い、舌が大きいなどの原因で、簡単に管が入らない人のことを指します。
私が市立札幌病院に勤務していた時に、麻酔科の先生が、この人は‘絶対’に気をつけて麻酔をかけないと危険だと言われた人がいました。
その時の麻酔担当は、現在、北海道大学救急医学講座の丸藤哲(ガンドウサトシ)教授です。
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丸藤先生が、挿管困難と言われたのは、私が記憶する限りその方だけでした。
手術は足の手術でしたので、結局、気管内挿管はせずに手術を終了しました。
私は手術の後で、その患者さんと奥様に、ベテランの麻酔科医でも麻酔が難しかったので、麻酔をかけたら危険ですとお話ししました。
外国では、首からDifficult Airway(気道確保が難しい)と書かれたペンダントをかけておくと聞いたことがあります。
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数年後に、その患者さんの奥さんが訪ねて来ました。
『先生、お父さんが死んじゃったの』
『○○病院で手術室に入っていって、バタバタとして、手術をする前に亡くなりましたと…』
『エ~っ、まさか、どうしたのですか?』
『先生から、麻酔をかけたら危険だと聞いていたので、病院の先生には伝えたんですが…』
『その病院の先生は、大丈夫だと言って手術室に入ったら、それっきり…』
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形成外科や耳鼻科では、アゴや首に異常がある方を手術することが多く、麻酔科医泣かせの患者様がいらっしゃいます。
普通の方でしたら、どうってことはない麻酔でも、一つ間違うと死につながる事故になります。
その患者様は、麻酔事故でお亡くなりになってしまいました。
私が忘れられない患者様のお一人です。
麻酔が難しいかどうか、麻酔をかける前に判断することが重要です。
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どれだけ多くの挿管困難症例を経験したかどうかで、判断が分かれます。
車を運転する時でも、危ない道だとわかっていれば、そこを避けたり迂回できます。
一番危ないのは、その道が危険かどうかを判断する経験がない場合です。
事故は思わぬところで起きるものです。
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札幌美容形成外科でも全身麻酔で手術をしています。
日帰り手術ですので、気管内挿管はいたしません。
筋弛緩剤という薬剤も使用しません。
全身麻酔が難しそうな方には、理由をご説明して総合病院をご紹介しています。
手術後は、十分に回復して、歩いて帰れるまでは、院内でお待ちいただきます。
用心しすぎて、しすぎということはありません。
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麻酔は、素晴らしい技術です。
だれでも、痛いのはイヤです。
ただ、注意して行わないと危険なのも麻酔です。
手術前日の、指定時刻以後は、一切食べたり飲んだりなさらないでください。
タバコもできれば一週間前から禁煙してください。タバコで気道が荒れていると、分泌物が多くなります。
安全に手術を行うためには、医師も患者も注意すべきことがたくさんあります。