昔の記憶
あと千円しかない…
私は1954年生まれ。
今年9月で還暦になるじじいです。
安倍首相と同い年です。
私が育ったのは日本の高度成長期。
高校生の時に、
田中角栄さんが日本列島改造論という本を出しました。
■ ■
私の両親は…
子どもの教育にはお金をかけてくれたと感謝しています。
でも…
その分、家は貧乏でした。
貧乏とは言えなくても…
裕福ではありませんでした。
■ ■
私は酒もタバコもやりませんし、
すすきのにもめったに行きません。
父親がヘビースモーカーだったおかげで、
賢一少年はタバコ嫌いになりました。
非喫煙者を守る会にも入会しました。
札幌医大の学生だった頃です。
■ ■
酒を飲まないのは…
アルコールに弱いせいもあります。
ちょっと飲んだだけで真っ赤になります。
もう一つの理由は…
お酒代がもったいなかったからです。
学生時代の同級生が…
『昨夜は3時まで飲んでいた』とか、
『今朝帰って来た』とか言っているのを聞いて…
よくお金が続くものだなぁ~
…と思っていました。
■ ■
私はケチな男なので…
昔から無駄遣いはしませんでした。
…というより…
無駄に遣うお金がありませんでした。
財布にあと千円しかないのに…
一週間どうやったら…
お腹いっぱいになるだろう…
こんな思いをしたことがありますか?
■ ■
私が『良いものを安く』にこだわるのは、
自分が貧乏だった経験からです。
同じことを…
あの㈱ニトリの似鳥昭雄社長さんからお聞きしました。
お金がなくて…
インスタントラーメンしか食べられなくて…
『似鳥がとり目になった』と友人に言われたそうです。
札幌美容形成外科もおねだん以上を目指しています。
“あと千円しかない…”へのコメント
コメントをどうぞ
貧乏の話なら、、自慢になりませんが、ランプ生活でした。 たんぱく源が不足するので木虫を焼いて食べたりたまに自転車で売りに来るアイスキャンデーが楽しみでパフェなんて大人になるまで食べた事なかったし、知り合いのお医者さんがチーズというものをたくさん持ってきてくださったのですが、石鹸みたいで捨てた事もありますし、中学一年の時そけいヘルニアで入院した時、隣の方からすじこをいただいたのですが、初めて口にしたのでぐちゃっとして食べれませんでした。私の子供の頃のおやつは残りご飯やそうめんを洗って干し油でカラッと揚げて砂糖をまぶしたものが一番でした。今でも小学6年生の時の朝食調べで 医師の娘さんが 笹かまぼこと言ったのにどんなものか想像もできなかったことを思い出します。 私ができなかったので息子たちには自分がやりたい事をやらせたいと思います。 なんて(^。^;)私の話ではなく先生はだから保険適用できるものはする、貧乏人の気持ちがわかるからですよね。
幼稚園に行ってる頃、我が家は貧乏で母もパートに出てました。その頃流行っていたパンタロンをねだっても買って貰えない程でした。父は喫煙しませんがススキノにいくら貢いだのでしょう?酒豪でした。自分でも今や苦笑いしてます。主人はこれまた浪費家。先生は堅実家でいいですね。お値段以上の仕上がり、これはもう行くしかないでしょう♪