医学講座

解剖学実習

 私が医学生だった30年前は、
 入学して3年目から医学部の専門科目の勉強が始まりました。
 解剖学、生理学、生化学です。
 医学部へ入学できたものの、
 解剖学実習は恐怖でした。
 札幌医大は単科の医科大学だったので、
 先輩たちがロッカー室で、黄色く変色した白衣を着て、
 解剖実習室へ入って行くのを大変そうだなぁと見ていました。
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 勇敢な同級生は、先輩が実習している部屋を覗いたりしていました。
 私にはとてもそんな勇気はなく、どうしよう?と思っていました。
 とうとう3年生の春がやってきました。
 北 杜夫(きた もりお)さんのドクトルマンボウシリーズか何かを読んで、
 解剖学実習の日はご飯を食べられないとか?
 手に臭いがしみついてとれないとかを心配していました。
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 解剖実習の日がやってきました。
 広い解剖実習室に、真新しい白衣を着て入りました。
 白衣の下は、汚れてもいいようにジャージを着ていました。
 実際にご遺体の脂肪がついたり、体液がついたりして汚れます。
 たしか、白い帽子もかぶっていたような気がします。
 解剖実習室では、ステンレスの解剖台の上にご遺体が載せられ、
 ビニールシートがかけられていました。
 遺体の乾燥を防ぐためです。
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 全員がそろったとこで、黙祷をささげて実習がはじまりました。
 シートをはがすと、木綿の薄い布が全身にかけられています。
 生きている人間とは違い、薄茶色に変色しています。
 体格のいい方、痩せた方、などさまざまです。
 私たちは、12人で一体を解剖させていただきました。
 2人一組がペアーになって、左右に分かれて
 頭部、体幹、下肢に分かれて解剖しました。
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 合計で3体のご遺体を解剖させていただきました。
 私は下肢→頭部→体幹の順番でした。
 男性→女性→男性でした。
 ですから、トータルで4人で一体を解剖したことになります。
 解剖は、実際に人体を切り刻んで、構造を覚える学問です。
 どんな正確な教科書よりも、実物が確かです。
 これ以上の教材はありません。
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 学生がどのような手順で解剖するかは、各大学に任されています。
 札幌医大では、当時は頭部、体幹、下肢に分けていましたが、
 現在では違うと思います。
 教える、教授の方針で解剖実習の仕方も異なってきます。
 ただ、覚える知識量は、どこの医科大学や医学部でも同じです。
 とにかく、頭のてっぺんからつま先まですべてです。
 人体という世界地図を覚えて、どこに何があるかを覚えるのです。
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 日本語以外に、ラテン語の学名、
 英語でも覚えます。
 今なら、絶対に覚えられない自信があります。
 若いから覚えられたのです。
 自分の専門領域以外の部位は、忘れてしまいますが、
 今でも教科書を見ると思い出せます。
 私たち外科医は、実際に生きている人を切っています。
 どこにどんな血管や神経があるか知らないと、
 間違って切ってしまい医療事故になります。
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 内科の先生や放射線診断学の先生は、
 解剖を知らないと、診断もできません。
 内視鏡で体の内部を見る時も、
 解剖学を知らなければ、組織をキズつけてしまいます。
 現在の医学教育では、解剖学の講義時間数や、
 解剖学実習の時間が少なくなっていると聞きます。
 おじさん先生の考えは、解剖こそ医学の真髄。
 解剖を軽視しないで欲しいと願っています。

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