医学講座
無痛分娩で妊婦及び胎児が死亡した事例
私が弁護士の高橋智先生から紹介されて、
毎月購読している、
医療事故情報センターニュース、
2015.1.1.№322号です。
この医療事故センターニュースは、
医療者側にとても有益な情報があります。
毎回、身が引き締まる思いで読みます。
今回の322号は、
読んでいて涙が出ました。
医療従事者として、
一人の人間として、
ほんとうに悲しい事故です。
二度と同じような事故が起きてほしくないです。
■ ■
症例報告 その2
無痛分娩による硬膜外麻酔で全脊椎麻酔を生じ、妊婦及び胎児が死亡した事例
堀 康司・間宮 静香(愛知県弁護士会)
【患者】33歳・女性
【医療機関】産科診療所
■事案の概要
1 平成20年12月、無痛分娩を希望し、38週1日で予定分娩開始。硬膜外穿刺後にカテーテルからマーカイン10mlを注入。その2分後に「苦しい…声がでない…」と訴えあり、血圧が72/40まで低下。医師はラクテック500mlの点滴と4L酸素を開始し帝王切開の準備を開始した以外、22分間特別な対応をしなかった(診療録にも記載なし)。その後、大学病院に救急搬送依頼をし、電話で指示を受けボスミン等の投与や挿管がなされたが、搬送後に母子の死亡が確認された(死産)。
2 大学病院からの通報により、警察が司法解剖を行い、診療録を押収した。相手方医師は遺族に対し、アナフィラキシーショックだと説明。
■争点
○医学的争点
・死因はアナフィラキシーショックか、全脊麻か
・全脊麻の場合、硬膜穿刺自体は不可抗力か否か
・テストドーズの重要性とその適否
・全脊麻後の救急処置の適否
○その他の争点
・時効(刑事告訴と医療法人の解散)
■経過
平成20年12月事故発生
平成21年2月初回相談
平成22年2月警察側から告訴意志の確認を求められ告訴状提出
平成22年12月不起訴(嫌疑不十分)
平成25年2月調停申立て
平成26年10月調停成立
1死因
警察と交渉し、診療録と鑑定書の閲覧したところ、司法解剖医はアナフィラキシーショックの可能性を示唆し、肉眼で硬膜に孔が確認できず全脊麻とはいえないとの見解であった。
後医、病理医、産婦人科医、麻酔医等に意見を仰ぎ、臨床経過は全脊麻に矛盾しないとの意見も得たが、硬膜に孔を確認できないとの司法解剖結果が壁となり死因確定には至らず。
調停申立て後、搬送先大学病院の診療録を再度開示申請し、死後CTを入手できた。司法解剖医に確認したところ、死後CT画像が資料提供されていないことが判明。脳に不自然な空気様の所見があり、Ai情報センターに鑑定を依頼したところ、くも膜下腔のガス所見から、穿刺針がくも膜下まで到達して全脊麻となったと推論されるとの鑑定意見を得た。
2時効
相手方は、医師1名の医療法人であった。遺族より閉院となっているとの連絡があり、相手方代理人に問い合わせるも、休止であって閉鎖していないとのことであった。その後、アナフィラキシーであれ全脊麻であれ、いずれにしても急変時の蘇生処置遅延は明らかとして、あっせん仲裁申請の準備を進めたところ、相手方が既に解散し、清算結了登記済みであることが発覚。医師個人の不法行為責任を追及せざるをえなくなったが、あと数日で告訴から3年を経過するため、急速、調停を提起した(あっせん仲裁の時効中断効は相手方への書類到達時と説明されたため)。
3調停
Ai情報センターの意見書提出後は、全脊麻を前提とした協議となった。相手方は、「全脊麻=過失」ではないと主張し、当方は穿刺後のテストドーズによる観察の欠落を指摘。病院側はこれを争い鑑定を申請するも、蘇生処置遅延の過失は否定できないと認識したようであった。
更なる長期化を望まないとする遺族の希望を踏まえ、鑑定を行わないまま協議を継続し、医師からの謝罪の手紙の交付とともに、4,000万円の和解金の支払いを受けるとの内容で調停を成立させた。
■コメント
警察の介入で診療録入手に時間を要し、死後CTの確認作業も遅れたことが、長期化の一因となった。また、司法解剖による鑑定書をどのように乗り越えるかが課題となってしまった。 CTではガス所見は鋭敏に描出されるが、これを解剖で確認することは困難である。解剖とAiの特性を認識しておくことが重要と感じた。
(文責:間宮静香)
(以上、医療事故情報センターニュース2015.1.1.№322号より引用)
■ ■
全脊椎麻酔は、
トータルスパイナルと呼ばれます。
硬膜外麻酔を行う時に、
誤って硬膜を穿刺してしまうことを、
ドラパンとか
ドゥラパンと呼びます。
dural puncture=硬膜穿刺の略です。
たとえ全脊椎麻酔になったとしても、
マスクで換気していれば、
お母さんは助かったのでは?と思います。
■ ■
一番残念に思うのは、
どうして22分間も、
誰も気付かなかったのか?
…という点です。
事故が起きたのが、
平成20年でした。
元気に生まれていれば、
来年は小学生です。
二度と起こしてはいけない事故です。
悲しすぎます。
心からご冥福をお祈りいたします。
“無痛分娩で妊婦及び胎児が死亡した事例”へのコメント
コメントをどうぞ
麻酔は何回も受けましたが子宮の摘出の時の脊椎にする麻酔が一番痛かったです。手術台の上で丸くなり背骨に麻酔注射されます。私には長年知り合いだった仙台の病院に勤務されてる婦人科の先生がいて 私の手術に立ち会いたいと申し出たためプライドの高い執刀医が嫌がり女医さんから執刀してもらいました。知り合いの先生にも丁寧にお断りしました。 無痛分娩ですか、残念ですね、なんでもない限り出産は痛いものだと思っていました。亡くなられた赤ちゃんとお母さんのご冥福を心からお祈りいたしております。
本間先生
麻酔科医です。以前大学で先生の手術の麻酔担当させていただいた事があります。
本当に悲しい事件です。ご遺族はやり切れない思いでいらっしゃる事と思います。
この産婦人科医の経歴はわかりませんが、救命処置の能力がなかった事は確かです。もちろん、この文面だけではわからない深い事情があるのかも知れませんが。
おそらく麻酔科医以外の医師が麻酔をするケースは減ってきてるとは思いますが、このような事件が後を絶たない事、残念に思います。急変時の対処、救命処置をする自信のない医師には麻酔に手を出さないでほしいと願うばかりです。
【札幌美容形成外科@本間賢一です】
コメントをいただきありがとうございます。何度読んでも悲しい事故です。司法解剖を担当した法医学の先生も悩んで鑑定書を作成されたと思います。残念なのは死後CT画像があることすら、法医学の先生に知らされていなかった点。救急医や麻酔科医が鑑定や事故調査に参加していないと思われる点です。現在の司法解剖制度では医療事故調査や事故の再発防止には役立ちません。結局、検察庁は嫌疑不十分で不起訴です。もし第三者委員会による事故調査が行われていれば、もっと別の結果が出ていたように思います。とにかく医療事故を防ぐためには、このような事故があったことを後世の医療者に広く伝え、同じような事故の再発を防ぐことです。事故の再発防止、硬膜外麻酔によるトラブル発生時の対処について、広く啓蒙や教育を行うことが、私たちができる追悼だと考えます。私は札幌医大麻酔科で研修できたことを医師としての生涯の財産だと感謝しています。
心よりお悔やみ申し上げます。
母がデイで誤嚥し、放置された時間が長かったため、意識不明になりました。
残された家族にとっては、まさに青天の霹靂です。
最愛の母です。
亡くなった患者さんのご家族は2人を一気になくし、憔悴しきったとおもいます。
私は中度の適応障害になってしまいました。
今も薬を服用してます。