わきが
令和時代のわきが治療
今日は令和元年5月1日です。
日本の新しい時代のはじまりです。
令和時代のわきが治療を考えてみました。
平成時代に進歩したのが、
レーザー脱毛です。
■ ■
脱毛を夢のように変えたのが、
平成9年(1997年)に、
輸入された医療用脱毛レーザーです。
株式会社ジェイメックの創業者で、
初代社長の故森下純一さんと、
現社長の西村浩之さんが、
三井物産と米国から輸入されました。
■ ■
(平成9年)1997年2月2日に、
東京都渋谷区千駄ヶ谷の津田ホールで
札幌スキンケアクリニックの松本敏明先生が
日本医学脱毛学会を開催されました。
この時に、
米国製のレーザー脱毛機をはじめて見ました。
『先生、これすごい機械』
…という森下社長のお言葉通りでした。
最初の機器は大人気で、
納期半年待ちでした。
私の左腕と、
左すねに照射しました。
今でも毛が生えていません。
■ ■
当時のレーザー脱毛器はとても高価でした。
一ドル130円以上だったと記憶しています。
日本に輸入すると、
一台3,000万円以上しました。
札幌で一番早く導入されたのが、
皮膚科の山家英子先生でした。
武藤靖夫先生(札幌中央形成外科)が、
札幌で2番目でした。
■ ■
今では、
レーザー脱毛があたりまえですが、
当時は、形成外科の偉い先生から…
レーザーで毛が抜けるわけがない!
絶対にまた生えると言われました。
その後、
レーザー脱毛機も進歩しました。
札幌美容形成外科で使っているのは、
冷却ガスが出るタイプのGentle Lase(キャンデラ社製)
という機種です。
■ ■
私が開業を考えたのが、
JA帯広厚生病院の時です。
きっかけは帯広の美容外科で、
わきが手術を受けた患者さんでした。
高いお金を払ったのに、
においも、
ローンも残っていました。
私がJA帯広厚生病院形成外科で再手術をしました。
そのことを帯広市医師会の広報誌に書きました。
■ ■
10年後のわきが治療は、
手術をしなくても治るようになるといいなぁ~
…というのが私の夢です。
昨年から試みた、
新しいわきが治療法2018の結果を、
2019年5月16日に行われる、
日本形成外科学会で発表します。
私の夢の実現へ向けての第一歩です。