昔の記憶
50年前の自分と札幌の風景
今日は2021年9月12日(日)です。
昨日の院長日記、
北大構内の跨道橋撤去
…で50年前のことを思い出しました。
けんいち少年は札幌西高校の1年生でした。
私が高校2年生の冬に、
札幌オリンピックが開催されました。
■ ■
私は優秀な生徒ではありませんでした。
お医者さんになれるなんて、
考えてもみませんでした。
私が医師になれたのは、
予備校で教えてくださった、
矢野雋輔やのしゅんすけ先生のおかげです。
■ ■
50年前の札幌で今と同じなのは、
大通公園
狸小路
このくらいでしょうか?
一番大きく変わったのは、
札幌駅前です。
大丸がある場所は、
国鉄の札幌鉄道管理局でした。
函館本線は高架ではなく、
北大方面に行くために陸橋がありました。
■ ■
今はイオンやホーマック、
市立札幌病院がある桑園そうえんは、
倉庫と予備校がある街でした。
桑園予備校そうえんよびこうと、
札幌予備学院さつよびの2つの予備校がありました。
私は高3の夜間ゼミを桑園予備校で、
一浪の医進クラスを札幌予備学院で受講しました。
人生で一番勉強した時期で、
人生で一番ロマンチックな時期でした。
■ ■
浪人していた時には、
予備校が人生で一番ロマンチックとは、
考えてもみませんでした。
50年たって、
67歳になってみると、
よくわかります。
人間は夢に向かってがんばっている時が、
一番ロマンチックな時期なのです。
コロナで大変な2021年ですが、
必ずコロナが収束してまたいい時代になります。
それを信じてがんばっていきます。