昔の記憶

2014年3月11日

 2011年3月11日、午後2時46分頃、
 私は50代男性の眼瞼下垂症の手術中でした。
 身体が揺れている感じがしました。
 患者さんが、
 めまいのように…
 身体が…
 ゆれている感じがします。
 …と言われました。
      ■         ■
 東日本大震災から3年です。
 記憶が薄れないうちに…
 もう一度震災のことを考えたいと思います。
 震災では、
 電気も…
 水道も…
 ガスも止まりました。
 マンションのエレベーターは使えません。
      ■         ■
 震災後の仙台では…
 マンションの高層階は嫌われ…
 低層階から埋まると聞きました。
 今も深刻な住宅不足で、
 今年、仙台の大学へ進学する学生さんは、
 高いアパートの家賃に困っているそうです。
 防災や、
 避難、
 災害時の情報収集も、
 もう一度考え直す時です。
      ■         ■
 震災直後、
 米国は日本への渡航を危険だと報道しました
 震災後に徳島で開催された、
 第54回日本形成外科学会には、
 外国人招待者が来日されませんでした。
 今から考えると、
 米国の報道が正しかったことがわかります。
 毎日TVで会見していた人の家族は、
 海外へ避難していたと後から知りました。 
      ■         ■
 福島の原発はまだ混乱のままです。
 災害はいつかまた起こります。
 将来に備えて、
 安全な国を作るのが、
 政治家の使命だと思います。
 東京直下型地震が起きても…
 生き残れるまちづくりが大切だと、
 私は思います。

“2014年3月11日”へのコメント

  1. なっちゅん より:

    今日ニュースで報道されてました。津波による避難、備えについて。
    海外メディアも取り扱ってたんですね。
    当然のことながら今更ながらに教えていただきました。
    原発、どうなるんでしょうか?
    とまりんは・・・

  2. さくらんぼ より:

    あれから三年、、我が家が壊れると叫んだほどの今までに経験したことのない揺れでした。何日も電気、水道は止まり山水は濁りガソリンも食料もなくなりました。これから70%の確率で起こるとされている首都直下型地震、被害を最小限に食い止めるためにも一人一人の防災意識を高め学校や会社などでも非難訓練をしておくべきだと思います。 震災で命を落とされた皆様にご冥福をお祈りするとともにまだ見つかっていない方々が1日でも早く家族の元に帰り、また震災や原発で今なお自宅に戻れない方々に本当の復興がくる日を願っています。

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