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「ひととき」から
平成19年11月21日朝日新聞-ひととき-への投稿です。
「しゅくだい」
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娘の幼稚園では週に一度、絵本の貸し出しがあります。
先日、5歳の娘が借りてきた本は「しゅくだい」という絵本。いつものように夜寝る前にお布団で読み始めました
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あらすじは、主人公のもぐらのもぐくんが、学校の先生から[おうちの人にだっこしてもらうこと」という宿題を出されます。
けれど、もぐくんのお母さんは、生まれたばかりの赤ちゃんのお世話で大忙し。
ちゅうちょして、なかなか「しゅくだい」を言い出せません。でも、最後は、家族みんなから抱きしめてもらうというお話です。
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ふと、我が家の風景がだぶり、ドキリとしました。
幼稚園にも慣れ、ほとんどのことが自分でできるしっかりものの娘だから、下の1歳の弟にばかり手をかけていたことに気づかされたのです。
そういえぱ、最近ギューしてあげてないな。
さびしかったかな。
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読んだあと、隣の布団で聞いていた娘に「おいで」と声をかけました。そして、お布団の中で思い切り抱きしめました。
気恥ずかしそうにしていた娘ですが、ギューした後すぐに、幸せそうに寝息をたてて眠ってしまいました。
偶然借りてきた本なのでしょうが、心に残る一冊との出会いになりました。
それ以来、心をこめて、2人の子どもたちに「しゅくだい」をする毎日です。
川崎市 主婦 34歳
(以上、朝日新聞より引用)
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子供が小さい頃、よく『お父さん、早く帰ってきて遊んでね』と言われました。
地方の病院にいた頃は、臨時手術でもない限りは、午後8時頃までには帰宅するようにしていました。
下の子が生まれると、どうしても下の子にてがかかるので、上の子は淋しがります。
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私は日曜日や休日は、なるべく子供と遊ぶようにしていたつもりです。
釧路にいた頃は、子供と屈斜路湖までハクチョウに餌をやりに行ったりもしました。
小さな子供さんがいるご家庭では、できるだけ子供さんと接してあげてください。
一生に一度しかない楽しい時期です。
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セルフスタンド
平成19年11月18日北海道朝刊の記事です。
軽油 ガソリン車に
軽だから…安いから…
セルフ式利用者 トラブル多発
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道内のセルフ式ガソリンスタンドで、ガソリンエンジンの車に誤ってディーゼルエンジン用の軽油を入れてしまうトラブルが今夏以降、急増している。
日本自動車連盟(JAF)北海道本部によると、誤給油による出動は今年6月から10月末までで96件に達した。
ガソリン価格高騰で割安なセルフ式の利用者が増え、「軽自動車だから軽油」という勘違いや軽油の低価格に目を奪われて間違う例が多いという。
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「エンジンが止まってしまいそうだ」。今年6月ごろ、札幌市南区のスタンドに軽乗用車に乗った30代の男性が助けを求めてきた。男性は一キロほど離れたセルフ式スタンドで給油。
従業員が確認すると伝票に「軽油」の文字。男性は「『軽』だから軽油と思いこんでいた。友人から借りた車なのに…」と肩を落とした。
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タンクから軽油を抜きガソリンを入れ直すと、ガソリン代のほかにタンク洗浄費など約三千円がかかった。
対応した男性従業員(38)は「安く済ませようとセルフに行ったのに、高くついて気の毒だった」と振り返る。
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石油情報センター(東京)によると、今年の道内のガソリン平均小売価格は3月まで下落を続けたが、その後上昇。8月には一リットル143.7円と1987年の調査開始以来の最高値を記録した。
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一方、道内のセルフ式スタンドは今年3月末で5年前の7倍以上の297店に増えた。セルフ式を併置する札幌市内のスタンドは「ガソリンが高くなるにつれて一円でも安くとセルフ給油する人が増え、現在は8割がセルフ給油」と話す。
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JAF道本部は「誤給油はセルフの少ない時代はほとんどなかったが、価格上昇とともに増えてきた」と言い、8月には、走行中にエンジンが不調になったドライバーからの出動要請が25件に達した。
中には「一番安い燃料を」と軽油を入れてしまった例もあった。
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ガソリン車に軽油を入れると最初は走行できるが、やがてエンジンが停止。軽油を抜き取り内部を洗浄した上、部品交換が必要なケースもある。
札幌市内のディーラーは「燃料の入れ替えと整備で一万円から三万円かかる場合もある」と話す。
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セルフ式に限らず、給油ノズルは軽油が緑、レギュラーが赤、ハイオクは黄と色分けして区別できるようになっており、JAF道本部は「大切な車のため、自分の車の燃料の種類をしっかりと確認して」と訴えている。
(以上、北海道新聞より引用)
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私はセルフスタンドを利用しています。家内がガソリンを入れる時もセルフです。
自分でガソリンと軽油を間違えたことはありませんが、昔、アルバイトの店員さんに間違えて軽油を入れられたことが一度だけありました。
店長さんが、平謝りに謝っていました。
色さえ間違わなければ、セルフスタンドは安全だと思います。
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ガソリンや灯油が値上がりすると、美容外科は不景気になります。厳しい冬を迎えるのに‘整形’どころではありません。
形成外科の保険診療は、生活保護の方も、ひとり親家庭の方も受けられます。
ワキガ手術などは保険診療で受けると、セルフスタンド以上に‘お得’です。
せっかく高い税金や保険料を払っているのですから、有効にご利用なさってください。
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軽油の誤給油が急増しているセルフ式スタンド
給油ノズルは軽油、レギュラー、ハイオクで色分けされている
札幌市手稲区 (北海道新聞より引用)
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医療問題
飛び込み出産
平成19年11月18日朝日朝刊の記事です。
「飛び込み出産」急増
たらい回しの一因、背景に経済苦
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妊婦健診を一度も受けず、生まれそうになってから病院に駆け込む「飛び込み出産」が増えている。
今夏、奈良など各地で妊婦の搬送受け入れ拒否が発覚したが、病院側が断った理由の一つは「未受診」だった。
医師からは「妊婦としての自覚をもって」と悲鳴が上がる。
一方で、未受診には分娩(ぶんべん)できる施設の集約化や格差拡大による経済苦なども背景にある。
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「出血が止まらない。たぶん妊娠している」
仙台市立病院(若林区)に9月上旬の日曜日、30代女性が飛び込んできた。
健診を受けたことがなく、妊娠何週目かも分からない。診察したところ切迫早産で、胎児の体重は2千グラムをわずかに上回る程度と思われた。
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「緊急帝王切開が必要。出産後にすぐに新生児集中治療室(NICU)もいる」と判断されたが、医師がほかの処置中だったため、別の病院に搬送した。赤ちゃんは無事に生まれたが、「もし受け入れ先がなかったらどうなっていたか」と同病院の産婦人科部長は振り返る。
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神奈川県産科婦人科医会が、周産期救急搬送システムの8つの基幹病院を調べたところ、2003年に20件だった飛び込み出産は、2007年1~4月に35件。通年では100件を超える見込みだ。
妊婦の救急搬送の受け入れ拒否の原因として、医師やNICU不足のほかに、「未受診」があるといわれる。未受診に特徴的なのは、リスクの高さと出産費用の未払い問題だ。
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日本医科大多摩永山病院の中井章人教授が、1997年1月~今年5月に同病院で飛び込み出産をした妊婦41人を分析したところ、子が死亡したのは4例。周産期(妊娠22週~生後1週間)の死亡率は、通常の約15倍だった。
未受診だった理由で最も多かったのは、「経済的な理由」で12人。41人のうち11人は出産費用を病院に支払わなかった。
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搬送受け入れ拒否問題を受け、奈良県立医大が緊急調査をしたところ、同大学病院への飛び込み出産は1998~2006年に50件。妊婦・新生児ともに異常は多く、妊婦の胎盤早期剥離(はくり)は2人で通常の10倍、呼吸障害など治療が必要な新生児は19人と通常の約20倍だった。
小林浩教授(産婦人科)は「未受診だとリスクが非常に高い。妊婦さんも家族もそのことをよく知って、必ず健診を受けてほしい」と話す。
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ただ、未受診の背景にあるのは経済苦だ。生活保護の出産扶助を利用した人は、1997年は全国で839人だったが、2006年は1396人に増えた。
健診費用は1回5千円~1万円程度。厚生労働省によると、健診は14回程度が望ましく、最低5回は必要とする。だが自治体の公費助成は平均2.8回にとどまる。
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茨城県立医療大学の加納尚美教授(助産学)は「国は妊娠・出産に関し最低必要な医療内容と費用を算出し、その部分は公費で手当てしてほしい」と話す。
(以上、朝日新聞より引用)
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結婚して、妊娠し出産する過程は、家族から祝福され、家庭に幸せを運びます。
ただ、中には望まれない妊娠もあり、親や親戚からも祝福されない妊娠もあります。親が刑務所に入ってしまうケースもあるそうです。
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経済的に厳しい状況で、‘間違って’妊娠してしまうケースもあり得ます。
望まれない妊娠、間違っちゃった妊娠でも、医療機関にかからず出産することは危険です。
病院も出産費用を払ってもらえなければ倒産します。
せめて、生み逃げした費用程度は公費で補填してくれたら、産科を開業している先生も助かると思います。
今は病院が損をするだけで何の補償もありません。
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公費負担の問題もあります。平成19年11月19日の北海道新聞朝刊によると、全国平均が2.8回。北海道は2.3回です。
都道府県別で妊婦健診の公費負担が最多なのは、秋田県で10.0回。以下、福島5.8回、石川・山梨が5.0回です。
お金がないから健診に行きたくとも行けない。健診費用の他に、北海道では交通費もかなりかかります。
少子高齢化を解消するためには、子供を生みやすく育てやすい環境作りが大切だと思います。
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朝日新聞から引用
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ラベンダー畑14㌶
平成19年11月16日北海道新聞朝刊の記事です。
ラベンダー どーんと14㌶
ファーム富田 上富良野に来年6月
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【上富良野」上川管内中富良野町の人気観光農園「ファーム富田」(富田均社長)が、国内最大規模となる広さ約14㌶のラベンダー畑を隣町の上富良野町東中地区に造成し、来年6月から観光客らに無料で公開する。
同地区は富良野地方のラベンダー畑の発祥の地で、公開後は新たな観光スポットになりそうだ。
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ファーーム富田は6㌶のラベンダー畑を含めた約12㌶の花畑を無料で公開している。栽培したラベンダーのオイルを使って香料なども自家製造しており、年間に百万人を超す観光客が訪れる。
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今回は、オイルの増産用に5年前からラベンダーを植えていた隣町の畑を新たに観光農園として整備し、一般に公開することにした。
新しい畑は現在の花畑から6㌔ほど東側の田園地帯にあり、畑から雄大な十勝岳連峰がのぞめる。今秋から見晴らし台や売店の建設に着工。
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オープン後は専用の機械によるラベンダーの刈り取り作業も一般に公開する予定だ。
東中地区は富良野地方で最初にラベンダーを栽培した畑があった地区。富田社長は「訪れた人がラベンダーの歴史を振り返るきっかけになってほしい」と話している。
(以上、北海道新聞より引用)
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ファーム富田は、中富良野にある有名な観光農園です。
オーナーの富田忠雄さんが、合成香料の普及で‘絶滅寸前’だったラベンダーを育て、北海道でも有数の観光地になさいました。
私は、もともと花好きだったので、これだけ有名になる前、駐車場が砂利だった頃から行っていました。
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今回、北海道新聞に掲載されていた場所は、ファーム富田の‘ほ場’として使われていた場所です。
2007年6月に発行された、ラベンダークラブの機関紙、‘花人たち’に地図と場所が掲載されていました。
下の写真は、‘花人たち’に載っていた写真です。十勝連峰がすぐ近くに見えます。
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住所は、上富良野町東6線北16号と書いてあります。
ファーム富田から、線路を越えて十勝岳方向へなります。
来年の7月には、キレイなラベンダーが咲くと思います。楽しみです。
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花人たちから引用
オーナーの富田忠雄さんです
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医療問題
中国臓器移植
平成19年11月16日朝日新聞朝刊の記事です。
中国 臓器移植なぜ厳格化?
「不透明な提供過程」批判受け
中国で臓器移植手術の仲介をしていた日本人男性が、臓器売買などの疑いで中国当局に逮捕された。この男性を通じ、多くの日本人患者が、日本よりも容易に手術ができるという中国で移植を受けていた。米国に次ぐ世界第2の「臓器移植大国」と呼ばれている中国だが、なぜ管理強化へと姿勢を転じたのか。(瀋陽=古谷浩一)
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今年9月11曰、上海の浦東国際空港。フィリピンへ向かうため出国審査を受けていた50代の日本人男性が突然、多数の公安関係者に囲まれ、拘束された。
男性は遼寧省瀋陽に本部を置く「中国国際臓器移植支援センターの長瀬博之代表。2日後、瀋陽の公安当局に身柄を移された後、逮捕された。
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中国公安省の10月中旬の発表によると、逮捕容疑は、長瀬容疑者が代表を務める瀋湯の経営コンサルタント会社が同センターの名義で臓器移植に関する業務をしたのは、登録の範囲を超えた活動に当たる、という「不法経営」。さらに「臓器売買を禁じる衛生省の関連規定に違反」というものだった。
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同センターはウェブサイトで腎臓や肝臓の移植手術を紹介していた。これを通じ、2004~2005年に上海や瀋陽で手術をした日本人は100人以上に上る。拠点を中国に構えたのは、日本の臓器移植法が営利目的での海外での臓器あっせんを禁じているためだった。
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中国は「臓器移植大国」である。
90年代以降、留学帰りの医師らが多臓器同時移植や小児肝移植といった難しい手術を次々と成功させた。「2006年の肝移植は計3千件以上」(衛生省幹部)という。
ただ、制度づくりは遅れている。国際人権団体は、臓器提供の過程が不透明だと批判。臓器の多くが死刑囚のものと言われ、死刑執行にかかわる役人の腐敗行為も指摘されている。
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批判を受け、中国政府は今年5月、臓器売買を厳格に禁じる臓器移植法を施行した。衛生省は、臓器移植は「中国公民の需要を優先する」とし、特別許可がなければ外国人への移植手術を禁止すると通知した。
衛生首の黄潔夫次官は「中国の臓器移植の発展は急速で、多くの倫理問題が出ている。臓器売買を行い、ネツト上で患者を募るといった問題も生じている」と中国メディアに語る。こうした取り締まり強化の流れの中で、長瀬容疑者の逮捕は起きた。
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捜査関係者は事件の詳細を明かそうとしない。
医療関係者に現金を渡した疑いが持たれているのは確かだが、長瀬容疑者は「日本人患者に早く手術の機会を回してもらうためで、臓器売買行為とは違う」と主張している模様だ。
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日本では臓器提供を何年も待つ患者がいるが、同センターを利用すれば、申し込みから数週間で手術を受けることもできた。費用は腎臓移植で600万~750万円。米国などで手術を受けるのに比べ格安だった。
紹介を受け、腎臓移植をした日本人男性(63)は日本で移植を受けるのがあまりにも難しいことが問題だ」。別の60代の男性は「今でも長瀬さんには心から感謝している」と語る。
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勾留中の長瀬容疑者はこう漏らしているという。「信念を持ってやったこと。やりがいのある仕事だった」
長瀬容疑者一問一答
長瀬容疑者は昨年初め、瀋陽市内の事務所で朝日新聞記者の取材に応じていた。
悩んでいる人助ける
中国水準極めて高い
-なぜ中国で?
「中国に来れば、悩んでいる人を助ける機会があると思った。中国へ手術をしに行くのは死にに行くようなものだと言う人がいるが、まったく違う」
-いつ始めたのか。
「2003年11月。友人の肝臓移植を巡って状況を知りたいと思い、こちらの病院を調べた」
-死刑囚の臓器を使っているのか。
「関知していないので分からない。別の問題だ。全部がそういうものではないだろう」
-ひどい仲介業者もいるようだが。
「高額の仲介料で質の悪い医療機関を紹介する者もいるのは事実だが、中国でも医師と病院を選べば水準は極めて高い。あまり待たずに手術ができるのは患者にとって大きなチャンスだ」
(以上、朝日新聞より引用)
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中国で腎臓移植を受けて、元気に働いている日本人がかなりいます。
病院さえ選べば、中国でも‘安全’に手術を受けられました。海外で修行を積んだ中国人医師の医療技術レベルはかなり高いです。形成外科でも同じです。
問題なのは、死刑囚の臓器を不法に入手している?という疑惑でしょうか?
日本人が、もっと多くドナー登録をして、臓器移植が進まなくては移植医療は進歩しません。
私のように死んで灰になるより、誰かの体の中で生き延びよう考えるのは、生命倫理に反しているのでしょうか?
昔の記憶
弟のキズ
私には弟が一人います。昭和33年1月に、弟も市立札幌病院で生まれました。
年齢差は3歳4ヵ月です。
現在は、本州に住んでいます。サラリーマンです。
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小さい頃は、弟とよく喧嘩をしました。私が大きくて強かったので、いじめていました。
弟の左眉にキズがあります。キズのところだけ毛が生えていません。
小さい頃に、私がケガをさせてできました。
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今だったら、毛が生えていない部分も、キレイになおしてやれますが、当時は形成外科がありませんでした。
悪いことをしたと子供心にずっと気にしていました。
ふざけて遊んでいたつもりでしたが、血が出ていたのを見てびっくりしました。
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元、看護婦さんだったマーちゃんのおばさん(お母さん)に助けていただきました。
母が、「あんた何やったの!マーちゃんのおばさんを呼んできて!」と叫びました。
マーちゃんのおばさんは落ち着いていました。さすがです。
その後、外科の先生に診ていただきました。
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結局、弟のケガは縫合せずに治しました。
今でしたら、全身麻酔で丁寧に縫合するか?当時と同じように、縫合せずに薬で治して、気になれば修正するか?といったところです。
ケガをして、泣き叫んでいる子供を丁寧に縫合することは不可能です。
手術台の上に横にさせるだけでも、手をバタバタ、足をバタバタで大変です。
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全身麻酔を安全にかけるためには、胃の中が空っぽでなくてはできません。
麻酔をかけている時に、吐いてゲボが肺に入ると危険だからです。
一刻を争うような緊急手術でしたら、リスクを承知で全身麻酔をかけることがあります。
食事をしたばかりで、お腹いっぱいの状態を麻酔科ではFull Stomach(フルストマック)と呼びます。
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顔のケガでしたら、後日修正手術も可能ですので、よほどでなければ、Full Stomachで全身麻酔をしません。
50年前でも、今でも弟が受けた治療は同じだったと思います。
その結果、弟の左眉には5㎜程度のキズが残りました。
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何歳ころまでかは忘れましたが、弟に『兄貴がつけたキズだ』と言われたことを覚えています。
形成外科医になってから、弟に『お前のその眉のキズ治そうか?』と言ったことがありました。
弟は『…?…?』といった感じでした。
兄貴、今頃何言ってんの?って感じに受けとめました。
私はそのキズのことをずっと覚えていましたが、弟は私より気にしていなかったと、その時に思いました。
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たった5㎜程度の小さなキズでも、人によっては‘忘れられない’‘気になる’キズのことがあります。
キズは、皮膚の表面にもつきますが、人の心の中にも残ります。
私たち、形成外科医は、皮膚の表面についた小さなキズを治すことで、心に残ったキズも治るように努力しています。
もし、気になるキズがあれば一度形成外科専門医に相談なさるとよいと思います。
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私3歳、弟3ヵ月
ケガをする前です
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医療問題
60代も妊娠
平成19年11月14日、朝日新聞朝刊の記事です。
卵子提供で60代も妊娠
高リスク、出産現場に戸惑い
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海外で卵子を購人し、体外受精で妊娠した高齢者の出産が、日本のお産現場に戸惑いを広げている。
最近も、米国で受精卵の提供を受けて妊娠した独身の60歳代女性が帰国後、診察してくれる医療機関を探しまわったものの、断られ、長野県のクリニックに行き着いたケースが明らかになった。
産科医の間では「受け入れ拒否もやむを得ない」との声も出ている。なぜなのか。(岡崎明子、武田耕太)
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「本来こうしたやり方は勧められない。米国に渡る前だったら、やめるよう説得していた」
60歳代の女性の出産受け入れを決めた諏訪マタニティークリニック(長野県下諏訪町)の根津八紘院長は先月初め、東京都内であった記者会見で強調した。
医学の進歩で、閉経後も女性が妊娠できるようになった。しかし、自然妊娠はできず、高齢の女性は、他人から卵子提供を受け、出産するのが「最後の手段」だ。
ただ、日本産科婦人科学会は指針で認めておらず、国内の医療機関では基本的に、卵子の提供は受けられない。
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このため、卵子を求めて海外に渡る高齢女性もいる。今回の場合、女性は独身で、使われた精子も他人という異例さだ。
総合周産期母子医療センターに指定されている日赤医療センター(東京都渋谷区)で昨春、米国で卵子提供を受けた57歳の女性が帝王切開で出産した。その際、8㍑を超える出血があり、集中治療室で1週間の治療を受け退院した。
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センターーでは2002~2006年に、海外で卵子提供を受けた14人の出産を受け入れた。このうち、45歳以上が9人で、50歳代も2人いた。双子や、妊婦に塞栓症があるなどリスクが高いものも多く、11例で帝王切開をしている。
杉本充弘産科部長は「閉経後の妊娠ができるようになったことで、完全に生殖のルールが壊れた」と話す。
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また、多くの産科医が、生殖年齢を超えた出産のリスクに大きな懸念を抱いている。
ハイリスク出産を多く扱う愛育病院(同港区)の中林正雄院長は「20代に比べ、50代の母胎死亡のリスクは100倍近い」と指摘する。
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年を取ると血管がもろくなり、脳出血や心筋梗塞などの合併症を起こす確率が高くなる。子宮の弾力性も悪くなり、子宮破裂を起こすこともある。妊娠の確率を高めようと、複数の受精卵を体内に戻し多胎妊娠になる例もあるため、さらにリスクが高まる。
それでも「子どもがほしい」との思いに応えたいとの理由で、独自に動いているのが、国内の一部の不妊治療クリニックだ。大阪府のクリニックはロサンゼルスに拠点を置く卵子バンクと提携し、患者を紹介している。「リスクを冒しても産みたいという気持ちは止められない」という。
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都内のクリニックは海外の卵子バンクを利用する女性に、受精卵を戻す前の検査を実施してきた。出産は扱っていないため、近くの病院に紹介状を書いてきたという。 だが、このクリニックは、最近、海外の卵子バンクとの関係を解消したという。
理事長は「妊婦の受け入れを断られるケースが出てきた。このため、安全な出産を確保できない」と理由を打ち明けた。
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周産期医療の現場からは厳しい声が上がる。
医師不足の厳しい労働環境の中、都内のある病院の産科部長は「出産リスクの高い妊婦を、不妊治療クリニックがつくっておきながら、リスクを引き受けず、病院に回す構造はおかしい」と話した。
今は受け入れている病院も「断れるものなら断りたい。受け皿がなくなれば、海外で卵子提供を受けようとする高齢女性がいなくなるかもしれない」と本音を漏らす。
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今夏ヽ都内であった日本学術会議の生殖補助医療のあり方を検討する委員会。この場でも海外で卵子提供を受けて妊娠したハイリスク出産の妊婦を、国内で引き受ける現状が議論になった。
委員会は年明けに報告書をまとめる予定で、産科医から「しわ寄せが来ている現場の声を十分に反映してほしい」との声があがる。卵子提供の是非が盛り込まれることを期待する声が出る一方、 「海外のケースまで縛れないのではないか」と懐疑的な意見もある。
(以上、朝日新聞から引用)
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命がけでも、‘自分が生んだ自分の子供’が欲しいという気迫が伝わってくる話しです。
日本の‘実子’と‘養子’に対する、目に見えない‘差別’のような気がします。
卵も他人のもの、精子もだれのかわからない他人のもの。自分が生んだということだけが‘事実’です。
国民性の違いもあると思いますが、もっと養子縁組が一般的になれば、このような問題が解決するのでは?と考えるのは私が‘男’だからでしょうか?
未分類
愛妻弁当
平成19年11月14日朝日新聞-ひととき-への投稿です。
弁当に詰めた「愛情」
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夫の弁当を作り続けて44年になります。「衣」「住」は不得手な私ですが、料理だけは若いころから大好き。弁当作りも私の生きがいのひとつでした。
2人の息子の学生時代には、夫の分とあわせて3個の弁当を作るのが、朝の日課でした。中学から高校、長男は大学に入ってからも弁当を持参し続けました。
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44年間にはさまざまな弁当の歴史がありました。息子が区立小学校から、弁当の必要な私立中学に入った時、私は幼稚園時代のイメージでさまざまな食品を少しずつ彩りよく入れました。が、これが不評。
息子からは「おかずは1品でいいからたっぷり入れて」と言われてしまいました。当時は夫も働き盛りでしたので、息子たちと同じようなボリューム弁当でした。
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やがて夫1人の弁当に戻り、弁当の中身にも、健康を気遣う年齢となりました。79歳の夫は今も現役の開業医です。
ただ、最近は夕食を外で済ます機会が多いので、弁当はなるべく野菜中心。自家製のはりはり漬けや切り干し大根、ひじきなどを彩りよく合わせてのヘルシー弁当です。
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専業主婦であることに焦りを抱いた時期もありますが、こうして夫が元気で働けるのも、少しは長年の弁当作りのおかげかな。
今朝も夫の健康を祈りながら、お弁当を持たせて送り出しました。
東京都世田谷区 主婦 75歳
(以上、朝日新聞より引用)
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私は毎日家内が作ってくれた弁当を持参して通勤しています。
病院で昼食を準備してくれていた、地方の病院以外は、26年間、家内の弁当を食べています。
一番、充実していたのは新婚の頃でした。同期の先生が毎日、今日はどんな弁当だ?と見に来たくらいでした。
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子供が中学・高校と弁当を持参していた頃は、子供と同じ内容の弁当になっていました。
今は、たまに子供が弁当を持参する程度ですから、私専用の弁当です。
弁当を作るのは大変だと文句を言いながらも、毎日作ってくれています。
家内が作った弁当を食べていると調子が良いので感謝しています。
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夫婦喧嘩をした日は弁当がないので、職員にすぐに気付かれます。
たまたま、喧嘩していないのに、弁当がない時は、「あのぉ~、今日喧嘩したんじゃないから!」と断っています。
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弁当のおかずは、夕食のおかずの残りも入ります。
たまに、とんかつ弁当もあります。夕食にカツや牡蠣フライが出ると、次の日も弁当に入ります。
私は牡蠣フライが好きなので、夕食の残りでも喜んで食べています。
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家内には、いろいろと口うるさいとか、よく文句を言われますが、ただ一つだけ褒められていることがあります。
私は、よほど忙しくない限り、自分が食べた弁当箱は、自分でキレイに洗っています。
気が利く優しい職員が『先生、私洗います!』と言ってくれますが、時間がある時は自分で洗っています。
帰りには、職員が弁当箱を拭いて、私の鞄に入れてくれています。
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私は小さい時からお腹が弱いので、家内の弁当には感謝しています。
関西出身の家内と結婚して良かったと思うのは味付けです。口うるさい私ですが、食べ物にはあまりうるさく言いません。
私は薄口の関西風が好きです。うどんは絶対関西風です。
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ひとときに投稿なさった奥様のように、79歳まで現役で働ける先生はすごいと思います。
私たち外科医の医師としての寿命は、内科医よりずっと短いといわれています。
何歳まで働けるかわかりませんが、今のところ家内の弁当のおかげで元気に働いています。
医療問題
女性のやせすぎ
平成19年11月11日朝日新聞日曜版の記事です。
女性のやせすぎ 栄養偏れば脳にも悪影響
「太りすぎ」に厳しい目が向けられています。メタボリックシンドロームについても肥満対策が柱の一つです。でもその裏で深刻化している問題があります。「やせすぎ」です。
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厚生労働省の国民健康・栄養調査(2005年)では、20~30代の女性の2割が 低体重(BMI18.5未満)です。
ダイエットを始めて、体重計に乗るたびに数値が下がると、うれしくなる。周りか らも「やせたね」と言われる。
とくに周囲の目が気になる思春期は、その「達成感」にはまりやすい。2002年の国民栄養調査では、15~19歳の女性で、低体重だった人の4割が「さらに体重を減らしたい」と考えていたほどだ。
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その結果―。無月経になったり、不眠になったり、集中力が低下したりして、日常生活に支障が出ることもしばしばだ。拒食症などの病気になってしまうことだって少なくない。
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「肥満のデメリットに対し、やせすぎがなぜいけないか、発信が少なすぎた」こう指摘するのは女子栄養大の武見ゆかり教授(食生態学)。
食生活も「控える」ことに焦点があたり、「適量」という考えが伝わっていないのが気になるという。
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武見さんらは2003年、主食、主菜、副菜を並べ、東京都内の小学生の母親34人に「適量」と思う量を選んでもらった。いずれにおいても、必要と考えられる量より少なかった人が6割以上にのばった。
母親たちは主に30~40歳代とみられるが、「10代に抱いた『食事は控えめに』という感覚を、そのまま引きずっているのではないか」と武見さんはみている。
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ダイエットと摂食障害に詳しい大阪市立大の切池信夫教授(神経精神医学)は「若い女性の多くはやせていることを美しさと成功の象徴ととらえている。」
「でも、その考え方が行きすぎたとき、どれだけ健康を損ねるかを考えてほしい」という。
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切池さんによると、「OOだけ食べる」といった単食ダイエットや炭水化物を抜くなどのダイエットは栄養不良につながる。
脳にも悪影響を及ぼし、うつの傾向が強くなることもあり、結局、長続きせずにリバウンドしやすい、という。
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減量が必要な場合は、3食規則正しく食べたうえで運動を心がける。食事の量を全体的に1割カットし、月1㌔程度の減量を維持していくことを勧めるという。
「やせた女性がいいとみる世間の風潮、男性の価値観を変えなければいけません」
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東京女子医大東医療センターの片井みゆき准教授(性差医療部、女性専門外来担当)は「体重だけではなく、一度は骨密度を測ってみてほしい」と呼びかける。
骨がもろくなる骨粗鬆症は閉経後の女性に多い。女性ホルモンの減少で、骨密度が急速に下がるためだ。腰痛や姿勢の変化をきたし、骨折の危険性が高まる。寝たきりになる割合も高くなる。
だが、やせすぎの若い女性で、骨密度が70代以降の平均と同程度の人も少なくないという。「目先の外見だけでなく、生涯にわたって若々しく健康でいることの重要性も考えてほしい」と話す。(武田耕太)
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どんな物をどれだけ食べるのが適量なのか。
「食事バランスガイド(http://www.j-balanceguide.com/)も参考になる。
妊娠しても太りたくないと思う妊婦から低体重の赤ちゃんが生まれるケースも問題になっている。
厚生労働省の指針は、やせ気味(BMI18.5未満)の人は9~12㌔、普通(同上8.5以上25未満)の人でも7~12㌔太るのが適当としている。
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やせすぎが心身に及ぼす悪影響
・脱毛
・脳萎縮
・聴覚過敏
・不眠
・集中力低下
・ゆううつ気分
・味覚障害
・低血圧
・不整脈
・無月経
・冷え症
・歩行困難
・むくみ
・脱水
・うぶ毛の密生
・皮膚乾燥
・肝・脾機能障害
・腰痛・便秘
・骨粗鬆症
・低身長
(以上、朝日新聞より引用)
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BMIとはボディ・マス・インデックスのことです。
これは体重(kg)/身長(m)2で求められます。
私は体重62kg、身長171㎝なので、62割る、1.71の二乗(1.71×1.71=2.9241)。
62÷2.9241=21.2です。BMI指数の標準値は22.0です。私の体型は普通ということになります。
こちらで計算してくれます。
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BMIが
・18.5未満 やせ
・18.5~25未満 標準
・25~30未満 肥満
・30以上 高度肥満 です。
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私は、5年前から平成19年4月まではスポーツクラブに通っていました。ほぼ毎日、少しですがスイミングをしていました。
その時の体重が、60㎏でした。体調は好調でした。
最近、寒くなって冬物のズボンを出して履いたところ、ウエストがきつくなっていました。ショックでした。
家内は、『それ以上痩せたら、ますますガリガリになって、みすぼらしくなる』といいます。
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ただ、ウエストがきついのはイヤなので、元の60㎏にしようと考えています。
試着した、パンツが入らなかったので、脂肪吸引をしたいという女性の気持ちがわかりました。
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確かに「やせすぎ」はよくありません。が、出てきたお腹は気になります。
①規則正しい食事。
②バランスのとれた内容。
③適度の運動。
この3つが健康な体に必要な条件です。
家内に何といわれようと、私は60㎏に戻して、維持したいと思っています。
またスポーツクラブに通ってスイミングを続けることを考えています。
昔の記憶
マーちゃんの家
平成19年11月1日の幼少時の記憶の続きです。
私が小さいときに一番仲がよかったのが、小山(オヤマ)先生の家のマーちゃんでした。
マーちゃんは私より4~5歳年上で近所のリーダーでした。
マーちゃんのおじさん(お父さん)は内科の先生でした。
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小山昌正(オヤマヨシマサ)先生。もうお亡くなりになりましたが、北大医学部25期(昭和24年卒業)。
砂原(サワラ)町名誉町民でした。優しい立派な先生でした。
小山先生が北大医学部の学生だった頃に、私の母方の祖母の家の近くに親戚があり、よく遊びに来ていたそうです。
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私の祖母が、マーちゃんのおじさんのことを、‘ヨシマサさん’。
マーちゃんのおじさん(先生)が、祖母のことを‘おばさん’と呼んでいたのを、子供ながら不思議に思っていました。
今になって考えると、マーちゃんのおじさんも、卒後10年目程度で、現役バリバリの内科医だったのがわかります。
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手稲療養所は、アットホームな雰囲気で、職員同士の仲がよかったと思います。
私の家は、家族ぐるみでマーちゃんの家と仲良しでした。
マーちゃんのおばさん(お母さん)は、明るく優しい方でした。
『今日は、おじさんが当直でいないから泊まりにいらっしゃい!』と泊まりに行ったことがありました。
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私は記憶にないのですが、母から『あんたは、マーちゃん家(チ)にお泊りに行って、お客さん用のフトンにおねしょをした!』と何度も言われました。
子供だから、おねしょくらいするでしょ!と今なら反論できますが、何度か傷ついた記憶があります。
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マーちゃんは、背が高くて、頭がよくて、母からよく『あんたも、マーちゃんみたいになりなさい』と言われていました。
マーちゃんはリーダーでカッコよかったので、私もいつかはマーちゃんに追いつきたいと思っていました。
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私が子供だった、昭和30年代の初めは、今のようにパン食が普及していなかったように思います。
何歳の頃かわかりませんが、ようやくトースターが出始めました。
焼けたらポンと飛び出るトースターがすごく目新しく思った記憶があります。
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マーちゃんはよくパンを食べていたので、背が高くなったと私は思っていました。
マーちゃんの家で美味しいパンをごちそうになった記憶があるので、そう思い込んでいたのかも知れません。
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マーちゃんの家に行くと、わが家にはなかったテレビがあり、ピアノがありました。
子供心に、お医者さんの家はすごいなぁ~と思っていました。でも、自分がお医者さんになるとは夢にも思っていませんでした。
小さい頃の私は、体が弱くよくお医者さんのお世話になっていました。
私は、注射が大嫌いでした。だから、自分がお医者さんになって注射をするなんて考えもしませんでした。
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私は小さい頃から神経質な性格だったのでしょう。
よく自家中毒という病気になりました。
周期性嘔吐症、アセトン血性嘔吐症ともいわれる病気です。
これになると、最後は必ず注射でした。注射は看護婦さんがしてくれました。
コソノさんという婦長さんが一番上手でした。コソノさんが注射してくれると安心で泣きませんでした。
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よく病気をしていたらしいのですが、自分自身はあまり覚えていません。
覚えているのは、マーちゃんのおばさんに助けてもらったこと。
マーちゃんの家のポチとよく遊んだこと。
手稲の自然が好きだったことなどです。
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昔はこんなソリで遊んでいました
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