二重・眼瞼下垂
埋没法の歴史
埋没法は歴史のある手術です。
札幌美容形成外科HPに記載したように…
古く1920年代に日本で考えられました。
もともと眼科の睫毛内反症(さかさまつげ)手術の応用です。
1920年というと…
今から100年近く前になります。
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埋没法の歴史に詳しいのは、
サフォクリニックの白壁征夫先生です。
英文論文を書かれています。
埋没法が普及したのは…
ナイロン糸の発明が大きいです。
終戦後に女性のストッキングが普及したのと同じです。
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戦後、景気回復とともに…
東京の十仁美容整形で、
二重手術が行われたそうです。
当時は厳重な企業秘密。
手術に入れるのは限られた先生だけ、
若い先生は手術室ナースから秘中の技を聞いて覚えたそうです。
問題だったのが固定に使う糸。
今のように異物反応が少ない糸がありませんでした。
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埋没法を世界に広めたのが、
札幌中央形成外科の武藤靖夫先生です。
現在はご子息の英生先生が継いでいらっしゃいます。
武藤先生の功績は、
英文論文です。
BJPSという英国形成外科学会誌に掲載されました。
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日本だけではなく、
広くアジア圏に広まりました。
武藤先生は昭和大学のご出身です。
昭和大学形成外科の先生が、
多数、札幌にいらして勉強されました。
昔は札幌に一軒しか美容外科がありませんでした。
大繁盛していたそうです。
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現在のように埋没法が普及したのは、
高須クリニックの高須克弥先生が、
プチ整形というネーミングで、
広く普及させたためです。
二重手術や埋没法は、
美容外科で進歩しました。
日本は埋没法発祥の地です。
日本が誇る世界の技術です。
“埋没法の歴史”へのコメント
コメントをどうぞ
埋没法が100年も前からあったとは本当に驚きました。
そういえば、以前の同僚の友人が逆睫毛で二重にして、いいなぁと一重のその友人は言ってました。
札幌中央形成外科は母の友人が昔、交通事故でお世話になり、凄く上手いと聞いていました。
私も何かあったら、ここでと思ってましたが…(笑)バスの保険適応のアナウンスで本間先生に。
アナウンスに先生にとても感謝しています。
あっアナウンスも先生の一部ですね。
プチ整形っていい響きですよね。
とっつきやすい。
皆、コンプレックスを解消する時代に入ってきたのかなって思います。
本間先生がおっしゃるように、なんちゃって美容外科には気をつけて下さいね。
さかさまつげで痛くてと時々眼科でまつげを切ってもらっている知人がおりますが、解決策にはならないみたいです。ご年配の方なんでそれでいいのでしょうかね、、歴史が古くびっくりいたしました。