医学講座

看護婦時代の思い出

 平成28年11月23日、北海道新聞朝刊、いずみへの投稿です。
 とても印象に残ったので引用させていただきます。
 看護婦時代の思い出
 昭和16年(1941年)ごろですから、私が17歳くらいの時のことでした。
 当時、北見の産婦人科病院で見習いの看護婦として働いていました。ある日、農家のご主人が青くなって、「妻がお産で大変です」と馬そりで駆け込んできました。
 院長先生と私が馬そりに乗り、その農家へと急ぎました。苦しむ母親の布団の傍らに5歳と3歳くらいの兄妹が付き添っていて、すがるような目を向けてきました。
 赤ちゃんは逆子で、危険な状態と一目で分かりました。先生は応急措置を施し、苦しむ母親を馬そりに乗せ病院へ引き返しました。子どもたちは泣いて見送っていました。
 病院へ着くなり、先生は母親を開腹し、既に亡くなっていた赤ちゃんと破裂した子宮を取り出しました。化膿(かのう)止めのため、ドイツ製の高価な薬を打ち、必死で治療に当たりました。私たちも一生懸命に看護しましたが、数日後、亡くなりました。
 ご主人は奥さんの体にすがりついて「苦しかったろう」と声を上げて泣きました。奥さんも、さぞ心残りだったでしょう。私たちも涙をこらえることができませんでした。
 後日、聞いたのですが、先生は医療費を請求しなかったとのこと。ご主人は悲しみを乗り越えて強く生きて行かれただろうか、あの幼い兄と妹は立派に成長されたのだろうか。今も、そうあってほしいと祈るような気持ちです。
 涌島タケ(わくしま・たけ 92歳・無職)=オホーツク管内遠軽町
 (以上、北海道新聞より引用)

      ■         ■
 医学が発達した現在でも、
 お産で命を落とす女性がいらっしゃいます。
 産婦人科は、
 一度に2つの命を失うことがあります。
 昭和16年というと、
 北大医学部一期生の先生が、
 卒後16年目です。
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 先日届いた北大医学部同窓会員名簿を見ますと、
 ご存命の先生は一人もいません。
 先生もさぞ残念な思いだったと思います。
 苦しむ母親の布団の傍らに
 5歳と3歳くらいの兄妹が付き添っていて
 すがるような目を向けてきました。

 母ちゃんを助けて
 …という光景が目に浮かびます。
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 日本は医療が発達していますが、
 途上国では、
 お産による死があります。
 私の院長日記の中に、
 産科医冥利さんかいみょうりという、
 2007年10月29日の、
 故寺尾俊彦先生のエッセイがあります。
      ■         ■
 残念なことに、
 寺尾俊彦先生は、
 平成24年10月21日20:28にご逝去されました。
 享年満76歳7ヶ月でした。
 NPO法人ひまわりの会HPに
 前日本産婦人科医会 会長
 寺尾俊彦先生のメッセージがあります。
 日本では、いつの間にか分娩が安全神話の仲間になっているようです。しかし、分娩は母児双方にとって「デンジャラス・ジャーニー(危険な旅路)」といわれてきたように、決して安全なものではありません。事実、世界では妊娠や出産で死亡する女性が、今でも1分半に1人、毎日千人、毎年数十万人以上もいます。
 日本の妊産婦死亡率は、出生10万人当たり3.6人(2008年)、周産期死亡率は、出生千人当たり4.3人(2008年)、いずれも欧米先進国に比べても低く、日本の周産期医療は世界でもトップクラスにあります。しかし、最近の周産期医療現場では、産科医の減少、分娩医療施設の減少によって、”お産難民”も出現しています。
 子どもは、国という家族の大切な一員であり、国の宝です。子孫繁栄は国家百年の大計です。
 産婦人科医の使命は、お母さんと赤ちゃんの命を守ることです。そして、「元気ないのち」を次の世代につなぐお手伝いをすることです。
 また、母、子、さらに孫へと三代にわたる主治医でもあります。母、子、孫へと「家族のこころ」を繋ぐお手伝いをするのも私達の使命です。
 私たち日本産婦人科医会は、昨年、創立60周年を迎えました。これからも社会の皆様と一緒になって、分娩が真の意味で安全神話になるように、そして安心して赤ちゃんを育てることのできる社会の実現を目指しています。

      ■         ■
 オホーツク管内遠軽町の、
 涌島タケわくしまたけさん、
 いい文章をありがとうございました。
 寺尾俊彦先生にもお会いしたことはありませんが、
 きっと素敵な産婦人科医だったと思います。
 北見で亡くなった妊婦さんと、
 寺尾俊彦先生のご冥福と心からお祈りしています。
 産婦人科医の使命は、
 お母さんと赤ちゃんの命を守ることです。
 そして、
 「元気ないのち」を次の世代につなぐお手伝いをすることです。

 素敵な言葉です。

“看護婦時代の思い出”へのコメント

  1. えりー より:

    私もその記事を読んで
    とても心に残りました。
    母子が亡くなってしまったのは
    本当に悲しいですが、
    素晴らしいお医者様がいた事に
    感動しました。

    産婦人科も激務な上に医療訴訟が多く
    目指す医師が少ないと聞いた事が
    あります。
    「元気ないのち」をつないでいくお手伝い。
    素敵な言葉で素晴らしい医師ですね。
    そんなお医者様が増えて欲しいです。

    【札幌美容形成外科@本間賢一です】
    コメントをいただきありがとうございます。92歳の涌島タケ様が投稿された記事は重みがあります。17歳の時に経験したできごとをずっと忘れないでいらしたのです。小さかった子供さんもかなりの年齢です。お医者さんとはこの北見の先生のような方だと思いました。

  2. なっちゅん より:

    涙がこぼれ落ちました。
    お産は危険を伴いますね。

    叔母はお産で赤ちゃんを亡くしました。
    母曰く、叔母に似ていたとの事です。

    叔母は助かり、次の子をもうけました。
    一人っ子で東京にいます。
    叔母は北海道居住ですので離れていて 
    寂しいだろうなと思います。
    叔父は亡くなっていますので。

    お亡くなりなった妊婦さん、赤ちゃん
    そして寺尾先生のご冥福を心よりお祈りいたします。

    先生のブログがGoogleと相性が悪いのか、
    コメントが送信できないことが多いです。

    このスマホが悪いのでしょうか?

    【札幌美容形成外科@本間賢一です】
    コメントをいただきありがとうございます。寺尾俊彦先生の文章には心を打たれるものがたくさんあります。お会いしたことはありませんが、産婦人科学という学問をとても愛した先生だと思います。Gmailからのコメントはたくさんいただきます。スマホのせいではないと思います。

  3. さくらんぼ より:

    悲しいけれどいいお話ですね。 次男も看護師一年生ですが 学生時代は 産婦人科の実習は女子より男子は少なかったそうです。 私も初産で 熱が続き長く入院していましたが、 赤ちゃんもお母さんも亡くなったのは辛かったでしょう。ご冥福をお祈り申し上げます。

    【札幌美容形成外科@本間賢一です】
    コメントをいただきありがとうございます。看護師さんでも産婦人科の実習は男性が少なかったのですね。日本で助産師になれるのは女性だけです。海外では男性の助産師もいます。産婦人科医も男性が圧倒的に多いです。妊娠→出産を女性だけのことと考えず、男性もイクメンとして加わるのがいいと(私は)思います。元気ないのちを次の世代につなぐのは、男女が協力してはじめてできることです。助産師に麻酔学や救急救命の知識と技術を教育することも必要だと思います。

  4. すみれ より:

    赤ちゃんを望む夫婦がいます。それに比例して虐待や放棄で子供を殺す親もいます。もっと命を大切にしてほしいと思います。

    【札幌美容形成外科@本間賢一です】
    コメントをいただきありがとうございます。赤ちゃんはほんとうにかわいいです。私は寺尾俊彦先生のお言葉が好きです。私は子育てを家内に丸投げして非イクメンだったことを後悔しています。かわいい赤ちゃんを見た時間は圧倒的に寝顔でした。30代は仕事が忙しくて家より病院の時間が長かったです。

  5. pochi より:

    昔はお産で亡くなる方が多かったと聞いています。今日母の家でその話をしたばかりでした。
    母方の祖母は後妻さんです。
    祖父の最初の奥さんは初めての子を産んだ後すぐに亡くなりました。
    私の知る母の兄弟は全て後妻である祖母の子です。
    最初の子は女の子で生まれてすぐに母親が亡くなったために祖父母に引き取られて行ったそうです。
    なので私は母の戸籍を見るまでもうひとりの伯母の存在を知りませんでした。
    母の兄(私にとっては伯父)の奥さんである伯母も全く同じ境遇でした。
    伯母の母は伯母を産むとすぐに亡くなったそうです。
    なのでやはり祖父母の元で育てられたと。
    昔は・・いや、今も命を産むお産は命がけなんですね。
    と、お産を経験する事なく終わった私は思っています。

    【札幌美容形成外科@本間賢一です】
    コメントをいただきありがとうございます。お産で亡くなるなんてほんとうに残念なことです。でも実際に今でも事故はあります。妊婦さんにはくれぐれも気をつけていただきたいです。母体搬送で北海道の地方都市から市立札幌病院へ緊急入院になる方もいらっしゃいます。

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