昔の記憶

この10年…

 明日は私の55歳の誕生日です。
 昔でしたら…
 定年退職の日です。
 今でも…
 公務員には、
 勧奨退職という制度があり、
 55歳で退職すると…
 退職金が15%割増しされるそうです。
 民間企業に勤務する友人にも、
 役職定年というのがあるそうです。
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 10年前は、
 1999年(平成11年)でした。
 私は…
 札幌医大形成外科講師として勤務していました。
 『英文論文を2編書いたら助教授』
 という…
 上司の言葉を信じて…
 英語と悪戦苦闘して…
 IBMのノートPCで…
 毎晩、論文を書いていました。
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 函館の病院へ当直のアルバイトに行っては、
 当直室でノートPCに向かっていました。
 函館の看護師さんにも、
 病棟の師長さんにも、
 薬局の先生にも、
 臨床検査室の技師さんにも、
 売店のおばちゃんにも、
 お掃除をしてくださる女性の方にも、
 給食を運んでくださる方にも、
 事務の方にも、
 同僚の先生にも、
 経営者の理事長ご夫妻にも、
 大変お世話になりました。
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 私は函館の病院が好きでした。
 療養型の老人病院でしたが、
 若いスタッフが、
 毎日、お年寄りのお世話をしていました。
 残念なことに…
 当直の夜も論文を書いて…
 英文論文は2編以上書きましたが…
 助教授にはしてもらえませんでした。
 4年間講師のままで、
 大学を追い出されました。
 私の前任者である、
 旭川赤十字病院の阿部清秀先生も、
 私以上にひどいやり方で、
 大学を追われました。
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 私は、大学を追われた時に、
 計画を立てました。
 札幌医大に形成外科をつくろう。
 私は大学を追い出されましたが、
 形成外科に興味を持ってくれた学生はいました。
 学問として、
 臨床科目として、
 独立した形成外科をつくろうと思いました。
 私のような思いは、
 もう他の人にはさせたくないと思いました。
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 形成外科を自分の支配下に置き、
 私を騙(だま)した教授を、
 医学部長の席から引きずり下ろそうと考えました。
 やり方は簡単でした。
 悪いことをたくさんしていたので、
 ちょっと内部告発をしただけです。
 その医学部長は野心家で、
 次は学長を狙うと噂されていました。
 学長にだけは…
 絶対にさせない!
 私の執念で阻止しようと考えました。
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 大学の教員なんて…
 弱いものです。
 一番弱いのは、
 マスコミです。
 新聞によく出ている…
 研究費の不正など…
 そこら中でしていました。
 私が内部告発した‘事件’は、
 朝日新聞とNHKにより、
 私が退職した翌年の1月に、
 大々的に報道されました。
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 予想外だったのは…
 全国の他大学への波及でした。
 どこも同じようなことをしていたようです。
 朝日新聞社とNHKのおかげで、
 新聞、TVは…
 連日、札幌医大の不正を報道してくれました。
 私を得意気に追い出した医学部長は、
 処分を受けました。
 札幌医大はようやく、
 形成外科の教授を公募して、
 現在の形成外科教授が就任しました。
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 私の手法は、
 少し手荒かったのですが、
 こうでもしないと、
 札幌医大には、
 形成外科はできませんでした。
 私の人生の中で、
 この10年間の…
 一番大きな出来事は、
 この内部告発でした。
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 私は今、小さなクリニックの院長です。
 治療方針も自分で決められるし、
 好きな手術を毎日しています。
 自分が窮地に陥(おちい)った時に、
 助けていただいた恩は忘れません。
 これからの10年は、
 少しでも自分の力で、
 困っている方の、
 力になるような仕事をしたいと思っています。
 健康に注意して、
 元気で働きたいと思っています。

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