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札幌美容形成外科院長の日記

2008/8/30 土曜日

私が住んだ家

カテゴリー: 昔の記憶 — admin @ 11:51 PM

 私が子供の頃は、
 父親が勤務していた病院の社宅に住んでいました。
 生まれてから、小学校2年生までは、
 札幌郡手稲町字金山。
 小学校3年生から中学校1年生までは、
 美唄市茶志内町日東(ビバイシチャシナイチョウニットウ)。
 中学校3年間は、
 夕張市鹿島(ユウバリシカシマ)、通称大夕張(オオユウバリ)。
 高校1年生から、札幌市西区八軒(ハチケン)でした。
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 西区八軒の家だけが、父の所有でした。
 お金がなかったので、土地は長い間借地でした。
 昭和30年代に建てられ、
 昭和36年に購入した、中古の建売木造住宅でした。
 最初は、父の両親と弟妹が住んでいました。 
 私が札幌西高校へ入学したため、
 父の母親(私の祖母)が住んでいた家に住みました。
 当時は、こうして地方から札幌へ出てくる高校生がいました。
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 お世辞にも、立派な家とは言えませんでした。
 トイレは水洗式ではありません。
 私の家は、
 七畳くらいの一部屋に、
 私と弟と母親が
 寝泊りしているような家でした。
 壁が汚かったので、
 ペンキを買ってきて自分たちで塗りました。
 床は父親がフローリングを自分で貼りました。
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 高校時代、同級生に、
 『今度、本間の家(ホンマンチ)へ行ってもいぃ?』
 と言われるのが一番困りました。
 見栄を張っていたのではありませんが、
 友人に来てもらうような家ではありませんでした。
 友人の家は、
 西区西野の閑静な住宅地にあり、
 新築の立派な家でした。
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 私は、あまり贅沢はしません。
 着るものも、食べものも。
 ただ、家にはこだわりがあります。
 これは、高校生の頃に、
 ビンボーな家に住んでいたためだと思います。
 マンションや不動産の広告は好きなのでよく見ます。
 自分ではじめて新築した家は、
 張り切りすぎて、住宅ローン地獄になりました。
 米国のサブプライムローン問題がよく理解できます。
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 自分がコンプレックスを持ったことには、
 こだわりができるようです。
 私は、高校生の時に、
 自分も友だちの家のように…
 いつかは新築の立派な家に住みたい。
 と考えるようになったのだと思います。
 私は土をいじるのが好きですが、
 家の壁のクロスなどを補修するのも好きです。
 自分が住んでいる家はキレイに大切にしています。

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