医学講座
釣り糸と二重手術
昨日(平成20年8月6日)の日記に、
一本一万円以上もする、
最高級の糸なんてありません。
と書きました。
二重埋没法の手術で、
先人の先生が最も苦労されたのが、
この‘糸’でした。
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外科手術でもっとも多く使われたのが、
絹糸(けんし)です。
絹(きぬ)の糸を
医学では‘けんし’と呼びます。
高級な和服は絹ですね。
蚕(かいこ)がつくった繭(まゆ)
からできた糸です。
しなやかで細くて丈夫です。
今でも、一般外科ではよく使っています。
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眼科の先生が目の手術に使うのも
絹糸でした。
眼科の教科書にも、
黒の絹糸で縫ったキズが出ています。
ところが、
この絹糸が難物でした。
蚕(かいこ)が作った細い糸を、
何本も束にして一本の糸を作っています。
これを‘より糸’といいます。
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形成外科では絹糸はめったに使いません。
細くてやわらかな糸ですが、
異物反応が強いのです。
顔のキズを縫うのは、
ナイロン糸という糸です。
ナイロンストッキングのナイロンです。
昔はナイロンはありませんでした。
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二重まぶたの手術にも、
昔は絹糸を使用していました。
その頃は、
絹糸に対する異物反応で、
まぶたに、
ニキビのようなしこりがよくできました。
糸がある限りしこりはとれません。
埋没法を嫌う先生は、
この異物反応によるしこりを気にするようです。
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誰が考えたかわかりません。
ある時、
透明なナイロンでできた、
釣り糸を
二重まぶたの手術に使った先生がいました。
釣り糸を使った二重の手術は、
絹糸を使った手術に比べて、
しこりや感染などの合併症が激減しました。
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釣り糸が使われだしたのは、
おそらく昭和40年代だと思います。
当時は、一部のクリニックの企業秘密でした。
ですから、
学会発表も論文も残っていないのだと思います。
美容外科にとってはノーベル賞的な発明です。
最初に釣り糸を使った先生は、
ご自身が釣り好きだったのでしょう…?
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形成外科や一般外科で、
釣り糸と同じ、
透明なナイロン糸が使われだしたのは、
ずっと後のことです。
今は、透明だと後から見つけにくいので、
青とか黒の色をつけたナイロン糸が使われています。
大きな魚が暴れても切れない釣り糸は、
丈夫で二重をつくるのに最適でした。
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手術で使用する時は、
もちろん滅菌処理をしてから使います。
まぶたに釣り糸を通す時に使った針は、
丸針(まるばり)と呼ばれる、
腸を縫う針でした。
腸は薄いので、
皮膚を縫う角針(かくばり)で縫うと、
穴があいてしまいます。
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釣り糸と腸を縫う針で、
キレイな二重ができました。
私は、
二重埋没法の手術を、
札幌中央形成外科の武藤靖夫先生に、
はじめて見せていただきました。
本当に感動しました。
先生の手が‘神の手’に見えました。
あまりに手術がすばらしく、
私には無理だと最初は諦めてしまったほどでした。