医学講座
形成外科42年のあゆみ⑫
形成外科42年のあゆみを書き始めて12回目です。
なかなか高校卒業までたどり着けません。
いい高校からいい大学に行くつもりで、
15歳のけんいち少年は札幌西高校に入学しました。
残念なことに、
札幌西高校に入学してからは、
大夕張の優等生が、
札幌西高の劣等生になりました。
■ ■
ソフトクリームの思い出に書きました。
当時の札幌西高校は一学年450人でした。
45人のクラスが10組ありました。
おおよそ男子300人、女子150人程度で、
圧倒的に女子が少ない学校でした。
北海道の高校ランキングでは、
①札幌南
②札幌北
③札幌西
…という順位でした。
札幌西は自由な校風が特徴でした。
■ ■
私は青白い顔をした、
不健康そうな男子でした。
いつも風邪をひいていました。
熱を出して学校を休んだこともよくありました。
一浪して受けた自治医大の面接で、
きみは高校をよく欠席しているが、
そんなに身体が弱くて僻地の医師になれるのか?
…と面接官から質問されたくらいでした。
■ ■
高校2年生は、
柔道の齋藤佳彦先生が担任で、
仲のよいクラスでした。
夏には余市よいちにキャンプに行きました。
クラスのほぼ全員が参加した記憶があります。
成績上位者にはなれませんでしたが、
いい友人や先生に恵まれました。
彼女はいませんでしたが同級生には女子もいました。
■ ■
よく風邪をひいて、
大きなマスクをして、
青白い顔をしていました。
モテませんでした。
中学・高校と
バレンタインデーにいただいたチョコはゼロ。
医学部を目指して、
勉強ばかりしている男子はもてません。
保健室にもよくお世話になりました。
美容形成外科の医者になるなんて、、、
夢にも考えていませんでした。
人生とは不思議なものです。