昔の記憶

終戦記念日と親の思い出

 今日は2025年8月15日、終戦記念日です。
 北海道新聞には1945年8月15日の紙面復刻版がついていました。
 今だったらこんな紙面になるという想定版です。
 私は1954年生まれなので、
 戦争を知りません。
 父親から仙台の空襲を聞いた程度です。
 私の父は戦争に行きたくないので薬剤師になりました
      ■         ■
 母親は女学校を卒業後に北海道農業会に就職しました。
 ものがない時代でした。
 家には弟が3人もいたので、
 母親のお給料は生活費に消えたようです。
 買いたい服を買えず、
 洋裁を習って自分で服を作っていました。
 私が小さい頃の服も母親が作っていました。
      ■         ■
 晩年の母親はネットで株価を見て
 株をやっていました。
 株の配当でお金が入ると、
 若いころに買えなかった服を買っていました。
 花井幸子さんが好きだったそうです。
 デパートで買うのを楽しみにしていたようです。
 若いころにできなかった夢を、
 晩年にかなえた母親はしあわせだったと思います。

“終戦記念日と親の思い出”へのコメント

  1. さくらんぼ より:

    今日は終戦記念日。戦後80年です。
    息子と主人は戦争について詳しく、話が合うようです。
    どうしてそんなに詳しくなったかはわかりません。
    どちらも8人兄妹なので生活は苦しかったと思います。
    村長だった父の父は次三男坊対策として自分の息子をこの地に入植させ今に至っています。
    今日は今までバイトに来ていた人がコロナになっていて熱が高いのに病院にかからず私も検査しましたが陰性でした。

    【札幌美容形成外科@本間賢一です】
    コメントをいただきありがとうございます。コロナ陰性でよかったですね。喉の痛みと高熱が出るようです。ご主人様もご子息様も戦争について詳しく、話しをするなんて素晴らしいことです。ご先祖様が村長さんだったのですね。次男坊、三男坊に入植させ果樹園を開拓させるなんて素晴らしい発想です。きっとやり手の村長さんだったと思います。北海道は屯田兵が入植し開拓してくれました。想像を絶する苦労があったと思います。

  2. なっちゅん より:

    終戦記念日ですね。
    北海道新聞には
    1945年8月15日の紙面復刻版が
    ついていたのですか。
    それは読んでみたかったです。

    父は戦時中
    飛行機に乗らないかと
    言われたそうですが
    父の母親が
    身体が弱いからと
    断るように言ったそうです。

    乗ってたら戦死してたかも
    しれません。

    お父様が薬剤師になられたのは
    正解でしたね。

    株をなさってたお母様
    凄いですよね。
    私は株のことは
    全然分かりません。

    花井幸子さん、素敵ですよね。
    何処か優しい感じのデザイン。
    私も好きで洋服や傘やハンカチなど
    持ってます。

    【札幌美容形成外科@本間賢一です】
    コメントをいただきありがとうございます。私の母親は若い頃に買いたい服を買えず、自分で作って着ていたようです。私はよくわかりませんが、デパートで花井幸子さんの服を買うのを楽しみにしていたようです。花井さんのお店が撤退することになり案内状が来ていました。ばあさんが天国で残念に思っていると想像しています。

  3. えりー より:

    紙面復刻版、私も見ました。
    戦争は経験したことのない昔の時代
    という感覚ですが、可愛がって
    くれた祖母から何度も戦争の悲惨な話を
    聞いたり、子供の頃に、はだしのゲンや
    火垂るの墓の映画を見て、本当に、
    おそろしいものだと思いました。

    ものがない時代に手作りで工夫
    なさっていたお母様、晩年も
    株の配当金でお好きな服を購入
    されて、自立なさっていて、
    すばらしいですね。

    戦争のない世界になりますように
    願います。

    【札幌美容形成外科@本間賢一です】
    コメントをいただきありがとうございます。戦後80年で道新の復刻版を読みました。80年も経ったのに世界中でまだ戦争をしています。ロシアとの仲も最悪です。トランプ大統領とプーチン大統領の会談がどうなるのか心配です。戦争のない世界になってほしいです。

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

TEL 011-231-6666ご相談ご予約このページのトップへ