医学講座

熱傷専門医

 京都アニメーション放火事件
 京都アニメ死者34人に
 重症熱傷の救命とスキンバンク
 …の続きです。
 京都アニメの負傷者の方たちは、
 懸命な治療を受けています。
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 私の院長日記には、
 よく熱傷ねっしょうが登場します。
 熱傷学会①
 熱傷学会①
 熱傷学会③
 2007年6月の院長日記です。
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 私が中学生だった半世紀前、
 北海道の夕張市に住んでいました。
 当時の夕張市は炭鉱都市として栄えていました。
 私は中学校3年間を大夕張おおゆうばりという、
 炭鉱の街で過ごしました。
 残念なことに炭鉱は閉山し、
 私が通っていた中学校はダムの底に沈みました。
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 その当時に、
 炭鉱で爆発事故があり、
 大勢の負傷者が出ました。
 炭鉱は燃料になる石炭を掘り出す鉱山なので、事故が起こると石炭に火がついて火災になります。
 狭い坑道に炭塵タンジンという石炭の粉が充満しています。事故で坑内火災が起きるとそれに火がつきます。一度にたくさんの人がヤケドをします。特に、気道熱傷という、高温の煙を吸い込むことによる、のどから肺にかけてのヤケドで命を奪われます。もちろん、顔も手も体も重症のヤケドになります。
 私が中学生の頃の事故でも重傷者がたくさん出ました。父親は薬剤師でしたが、受傷者の血液を検査して一酸化炭素の濃度を測定する仕事をしていました。ヤケドの治療に使う薬を大量に札幌から取り寄せていました。何日か病院に泊り込んで家に帰られず、母親が下着を届けていたのを記憶しています。
 私は北大形成外科の先生が大夕張の炭鉱事故の治療をしたのを知りませんでした。北大に入ってから、本間君は大夕張にいたんだね。昔、大夕張の炭鉱事故で大変だったんだよ。とはじめて助教授だった濱本淳二先生から聞かされました。何かの縁を感じました。
 私の札幌医大の先輩である阿部清秀先生は、ロシアから来た重症のヤケドの子供を治療しました。TVに出て有名になったコンスタンチン君です。もう立派な青年になったそうです。私も札幌医大に勤務していた時にジェーニャ君という子供の治療をしました。

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 今回の京都アニメの放火事件のように、
 ある日、
 突然、
 大勢の人が大やけどになることがあります。
 救命救急センターでなければ救命できません。
 救命された後も、
 何回も手術が必要になります。
 熱傷専門医が必要になります。
 一人でも多くの若い先生が、
 熱傷専門医になってくれることを願っています。

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