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千の風になって
平成20年5月2日、北海道新聞朝刊に掲載された、
千の風になっての特集記事から、一部を引用しました。
この記事は平成20年4月25日に七飯町文化センターで開催された、
「ななえ講演会とシンポジウム」の要旨をまとめたものです。
訳詩・作曲 新井満氏の基調講演要旨
死は命の再生 風は地球の呼吸
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なぜ七飯町大沼で暮らすようになったのか。
二十年前に芥川賞を頂き、
函館の文学サークルから講演会に招かれました。
終わって帰ろうとすると、
主催者が「いい所へ連れていく」。
車で四十分、そこが大沼でした。
■ ■
森の中の崩れそうな一軒家を紹介され、
売りに出ているから買いなさいという。
安くはない買い物です。
駒ケ岳から飛び降りるつもりで買いました。
購入を決めた第一の理由は、風景が美しいこと。
取材や講演で日本中を訪ねた経験から自信を持って言いますが、
七飯は最高です。
人工的な騒音がなく、
訪ねてくる人もいない。
来るのはキタキツネやタヌキ。
リスもエサをくれと扉をノックします。
美しい自然は表現活動を変えました。
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もう一つの理由は人情です。
自然は美しいだけでなく残酷です。
四年前の九月、
台風18号で別荘の周辺は壊滅状態になりました。
倒木で道路が寸断され、
家の外には一歩も出られません。
三日聞飲まず食わずで絶望のどん底にいると、
木を切りながら誰かが近づいてくる音がします。
地元の方がチェーンソーで避難路を切り開いてくれて、
私と妻、娘二人、犬は辛くも脱出できました。
■ ■
助けてくれたのは七飯でできた友人の画家
木村訓丈さんたち。
木村さん以外は初対面です。
自分たちも大変なのに、
私を助けてくれた。
涙があふれ、
この恩は忘れないと誓いました。
■ ■
その翌月、故郷の新潟で中越地震がありました。
救援物資はすぐに届きますが、
何もすることのない一ヵ月すぎが被災者には一番つらい。
家族会議で、今こそ花だ、
七飯特産のカーネーションを送ろうと決め、
千本を送りました。
被災者の方々は、
けなげに咲く花の姿に涙したそうです。
♪ ♪
「千の風」の話をさせてください。
故郷に弁護士の友人がいます。
奥さんと子どもが3人。
その奥さんが、
がんの転移で48歳で亡くなりました。
何と声を掛ければいいのか。
「ご愁傷さま」はしらじらしい。
「力を落とすな」は酷です。
■ ■
奥さんの追悼文集で変わった詩を目にしました。
12行、作者不詳の英文詩です。
作者は死者に違いないと思いました。
「元気でいるから泣かないで」
と死者が生者を慰めている。
不思議な力があり、
読む人の魂をぐいぐい揺さぶる。
■ ■
訳してみよう。
メロディーを付けて歌にしたら、
友人の家族を少しでも癒やせるのでは、
と思いました。
簡単だと思って訳し始めましたが、難航しました。
最後の最後、詩を叫ぶように朗読しました。
七年前の夏、
誰もいない湖畔の森の真ん中で。
目を閉じてしばらくすると、
遠くからザーッという音が聞こえました。
目を開けると、
風で森全体の木々が揺れているのを見ました。
そうか、この詩の根幹は風なんだと気付きました。
■ ■
風は至る所にあり、すぐにやむ。
しばらくすると息を吹き返す。
風は地球の呼吸なんだ。
死んだけど本当は死んでない。
人間以外の姿に生まれ変わった―。
死と再生の歌だと分かり、
スラスラと翻訳できました。
■ ■
ギターでメロディーを付け、
録音したCDを友人に送りました。
奥さんをしのぶ会で披露されて、
聴いた人が皆泣いたそうです。
既に百人以上の歌手がこの曲を歌っています。
一昨年、秋川雅史さんが紅白歌合戦で歌うと話題になり、
CDの売り上げは百万枚を突破しました。
ヒットによる心境の変化をよく聞かれます。
「すっかりいい人になりました」
と答えています。
■ ■
それまでは欲深かった。
地位、名誉、お金。
この曲を歌うようになって、
それらがばかばかしく思えるようになりました。
人間、生まれる時は無一物。
死んで風になる時、
そういったものは荷物になるだけです。
♪ ♪
七飯という町は十分に魅力的です。
では、なぜ観光客が減ったのでしょうか。
魅力的な町が全国に増えたからです。
どうすれば人の目が向くのでしょう。
観光客がお金と時間を使って旅に出る動機は「物語」です。
「千の風」は日本中が知っています。
「どうやら七飯の大沼でできたらしいぞ」
「じゃあ行ってみようか」
となる。
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大沼のモニュメントは、
日本では珍しく、
景観の邪魔にならない「マンホール型」です。
今日見てきたら、既に観光客でにぎわっていました。
「千の風」は大沼で生まれましたが、まだ赤ちゃん。
七飯の皆さんに育ててもらう必要がある。
丈夫で明るい子どもに育ててほしい。
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私の母は助産師として何千人もの赤ん坊を取り上げ、
91歳で亡くなりました。
その母は自分の中で生きている。
親から子、
孫へ命はバトンタッチされるのです。
命は不滅です。
心が苦しい時、
思い出していただきだい。
大切な人は風や星になり見守ってくれている。
だから勇気を出して生きていこう、と。
死ぬ時は誰にも来ます。
その時には風や星になって
後に残した人を見守ってあげればいいんです。
死は命の終わりではなく再生なのです。
あらい・まん 作家。
作詞・作曲のほか、写真、環境映像プロデューサーなど多彩に活動する。
1946年新潟県生まれ。
上智大法学部卒業。
1988年「尋ね人の時間」で芥川賞。
1998年の長野冬季五輪では開・閉会式のイメージ監督を務めた
(以上、北海道新聞より引用)
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私は、自分のお葬式に、
千の風になってを流して欲しいと家族に言っています。
函館中央病院形成外科に勤務していた時、
よく大沼に行っていました。
七飯には美味しいイチゴも売っています。
秋には、美味しいリンゴもできます。
七飯のリンゴで作ったアップルパイは最高です。
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この記事を読んで、
「千の風になって」ができた経緯がわかりました。
医者も弁護士も、
家族の死には無力です。
この「千の風になって」が、
どれだけ多くの人の心を癒してくれたことでしょうか?
歌には、医学でも法律でも解決できないことを…
魔法のように解決してくれる不思議な力があります。