医療問題
受刑者の手術
私は刑務所に入っている受刑者の手術をしたことがあります。
また殺人犯の手術もしたこともあります。
受刑者といえど、ケガをしたら手術が必要になります。
刑務所内では、作業があります。
刑務所内で作業中の事故は、労災にはなりませんが、
刑務所(法務省)が治療費を払ってくれます。
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大きな刑務所には、矯正医官というお医者さんがいます。
北海道で、専任の矯正医官がいるのは、おそらく札幌刑務所だけです。
他の、地方都市にある刑務所は、嘱託医が対応しています。
私が受刑者の手術をしたのも北海道の地方都市です。
作業中に手をケガしました。
嘱託医の先生が診察をして、
専門的な治療が必要と判断したので私に紹介されました。
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混雑している病院の外来に、
囚人服を着て、腰縄をつけられた受刑者が来ました。
少し異様な風景です。
お隣の眼科の患者さんが不安そうに見ています。
診察室に刑務官と一緒に入ってきました。
患者さんは、一見してその筋の方とわかる外見です。
囚人服を脱ぐと、胸と腕には立派な刺青が入っていました。
私:いつ、どうやってケガをしました?
今日、○○の作業中に○○でケガをしました。
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診察をすると、片手の手掌(手のひら)側の皮膚が、
ベロッととれて血が出ています。
嘱託医の先生が、ガーゼを当ててくれていました。
ガーゼは血だらけです。
ベロッと取れた皮膚は、拾って来てありました。
嘱託医の先生が、生理食塩水につけてくれたのでビンに入っていました。
患者さん(受刑者)への説明です。
私:手にケガをして、皮膚がなくなってしまっています。
ここに拾ってきた皮膚がありますが、くっつけるのは難しいです。
手術をしても、くっつかないこともあります。
一番、簡単なのは、
断端形成術といって、指を短く詰めてしまう手術です。
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私:もし、痛いのがイヤで、早く治したいなら、
指を短くするのが確実です。
あなたたちの世界では、指が短いのはよくあることでしょう?
受刑者:先生お願いです。
どうか、この拾ってきた皮膚をくっつけてください。
痛いのはガマンします。
刑期を終えたら、ちゃんと真人間になります。
もう悪いことはいたしません。
どうか治してください。お願いします。
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私たち医師は、相手がたとえ受刑者であろうと、
『どうか治してください。お願いです。』
という言葉には弱いのです。
私:そんなことを言って、
刑務所を出たら、またこの手で悪いことをするのでしょう?
短くした方が、早く治りますよ。
痛いのも短くて済みますよ。
(ちょっと意地悪な言い方です…)
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受刑者:痛いのもガマンします。
たとえ皮膚がくっつかなくても、文句は言いません。
ちゃんと先生や看護婦さんの言うことも聞きます。
どうか治してください。お願いします。
刺青が入っているのに、怖そうなところはありません。
確かに、私が手術をすれば皮膚がくっつくかもしれません。
ただ、もし皮膚がうまくくっつかなければ、後遺障害も残ります。
痛みもかなり続く可能性があります。
また、くっつけた皮膚が化膿してしまうリスクもあります。
早く治すには、指を短く詰めるのが一番です。
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私は、診察室の奥へ行って、刑務官と話しました。
受刑者は、皮膚をくっつけてくださいと話しています。
もし、皮膚をくっつける手術をすると、入院が必要になります。
入院期間は、最低2~3週間は必要です。
刑務官は困った顔をしています。
結局、その取れた皮膚をくっつける手術をすることになりました。
刑務所では、受刑者が入院して手術をすることを認めてくれました。
手術が必要になったのはいいのですが、それからが大変でした。
何がどう大変だったのかは、明日の日記に書きます。