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神さま!
私は、クリスマスには教会の賛美歌に耳を傾け、
大晦日(おおみそか)には、お寺の除夜の鐘を聞き、
お正月には神社に初詣(はつもうで)に行きます。
外国人が聞いたら驚くような、‘信心深い’日本人です。
結婚式は、ホテルの結婚式場で、
二礼二拍手一礼の作法で、
玉串(たまぐし)を奉げ(ささげ)ました。
私たち夫婦の神様は、
三吉神社(みよしじんじゃ)という
札幌市内中心部にある神社の、ホテル内出張所でした。
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こんな信心のない、不心得な私でも、
困ったことや、辛いことがあると…
『神さま!』と思うことがあります。
『おぉ、神よ!神さまよ!』
『あなたは、どうしてこのように惨い(むごい)ことをなさるのか?』
と思うことがあります。
せっかく、自分や自分の家族が楽しみにしていたことを…
あなたは、なぜ無残なことをなさるのか…
と、神を思うこともあります。
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医学なんて偉そうにしていても、無力なものです。
一番力をもっているのは、自然の摂理(せつり)。
自然の力にはかないません。
世の中は、楽しいことばかりではありません。
辛いつらいことも、たくさんあります。
つらいことに出会った時に、人間は神頼みをします。
自分の力では、どうにも、どう努力しても、
かなわないことがあります。
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私たち医師は、人の死と対面します。
葬儀屋さんの次に、
人の死と多く接する職業かもしれません。
私たち医師でも、
自分の家族の死を受け入れなければならないことがあります。
私の人生の中で、何度か、
つらい、悲しいお葬式に出たことがあります。
それは、子供の死です。
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私は救急医療の現場で多くの人の死を見ました。
朝、元気で家を出て行った人が、
ある日、突然救急ホールに搬送されて来て、
治療の甲斐なく帰らぬ人となってしまうことがあります。
その死が予期せぬことであればあるほど、
人の心に深い悲しみを残します。
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医師といえど、
最愛の子供を亡くした親の気持ちは同じです。
私が知っている人の例です。
自分の後継者になると喜んでいた息子が、
山で遭難して、若くして亡くなってしまった。
東京の大学で勉強していた息子が、
湘南海岸で水死してしまった。
可愛い子供にガンができて、
手術をしたけれど転移して亡くなってしまった。
どの子供の死も、ごく身近な先生に起こりました。
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子を亡くした親の気持ちは悲しいものです。
私の場合は、少し状況が違いますが、
自分の娘が私のもとからいなくなりました。
こんな‘クソ真面目なおやじ’から、
どう突然変異して、あんな娘になったのか?
私は深く傷つき、怒りと悲しみで気が変になりました。
その時に、私を救ってくれたのは、
『先生、かわいそう…』という言葉でした。
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どんなに真面目に一生懸命に生きていても
『どうして?』
『なぜ?』
『どうして、神さまはこんなことをするの?』
ということに遭遇します。
私の友人の韓国の先生が言いました。
『運命です』
私は、その先生の言葉が忘れられません。
人間には、
人生には、
つらいことがたくさんあります。
それを乗り越えて、人は生きていかなければなりません。
悲しい時は、思いっきり泣いて…
泣いて…泣いて…
涙が枯れるまで泣いて…
そうして、時間とともに少しずつ、回復できるのだと思います。