昔の記憶
小さい頃の私
恥ずかしながら…
小さい頃の私です。
昨日は、
でべその私を紹介しましたが、
この写真は、
叔父(母の弟)と写っている写真です。
母は5人兄弟の2番目です。
母以外は全員男です。
父親(私の祖父)が40歳代で亡くなったため…
お父さんが生きていたら…
というのが母の口癖でした。
■ ■
30歳代で未亡人となり、
5人の子どもを育てた、
私の祖母(太田キヨ:平成10年に死亡)は、
ほんとうにすごい人だったと、
自分が50歳を過ぎてから思います。
和裁で収入を得て、
一人で子どもを5人も育てました。
どうやって暮らしていたのだろう…?
と今になって思います。
■ ■
私の母は、
お父さんが生きていたら…
(自分も上の学校(大学)へ行けたかも…)
(もっと苦労しなくてもよかったかも…)
というようなことをよく言っていました。
子ども心に覚えています。
それと反対に、
祖母からは、
(夫が生きていたら…)
というようなことは聞いたことがありませんでした。
明るい人で、
いつも笑い声が聞こえていました。
■ ■
晩年は特別養護老人ホームでお世話になりましたが、
施設でも、職員の方に、
太田さん、おおたさんと、
とても可愛がっていただだきました。
一度は、職員の方が、
祖母のために回転寿しに連れて行ってくださいました。
施設の車に、
車椅子を積んで、
祖母が好きだったお鮨を食べさせてあげたいと、
わざわざ行ってくださいました。
■ ■
下の写真は、
昭和30年5月、
私が8ヵ月の時です。
母の弟(太田雄造といいます)は、
まだ20代だったと思います。
私は、
この雄造おじさんに、
とても可愛がってもらいました。
私が乗りもの好きなのは、
この叔父さんに…
小さい時から、
オートバイや車に乗せてもらったためです。
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私は長男で、
初孫だったので、
小さい頃の写真がたくさんあります。
おじさんになって気恥ずかしいですが、
私にも可愛い時代があったようです。
8ヶ月の頃
けんちゃんです