昔の記憶

まみ子師長さん

 昨日の院長日記、
 形成外科主任部長に…
 まみ子師長さんから…
 コメントをいただきました。
 先生が帯広厚生病院にいらしたのは・・・3年間でしたか。
 確か石川先生の後任?でしたか・・・・。
 私はその短い3年間の中で知り合う事ができ、
 今に至っている次第です。
 来月からはまた看護学校での「皮膚科看護」の講義が始まります。
 私は先生に出逢えてから自分の人生感が変わったような気がします。
 ありがとうございました。
      ■         ■
 まみ子師長さんのことは、
 ☆まみ子師長さんのお誕生日2011☆
 …でご紹介しています。
 北海道で一番外来患者数が多い、
 帯広市の高木皮膚科診療所の…
 看護師長さんです。
 私が尊敬する看護師さんです。
      ■         ■
 まみ子師長さんと知り合う前から…
 JA帯広厚生病院形成外科の外来では…
 いつも看護師さんたちと話していました。
 高木先生のところ…
 あんなに患者さんが来るのに…
 どうして5時に終われるのだろう…
 厚生病院だったら…
 絶対に終われない…
      ■         ■
 多い日には…
 一日、数百人の外来患者さんです。
 その中には、
 処置もあれば…
 時間がかかる生検(せいけん)という…
 検査もあります。
 数十人の患者さんですら…
 2時間待ちだった…
 JA帯広厚生病院形成外科外来からは…
 想像できませんでした。
      ■         ■
 はじめてお会いした時の印象…
 この小柄で細い看護師さんが…
 どうやって一日何百人も患者さんを見るのだろう…?
 形成外科外来でお会いした時の印象です。
 高木章好先生にはお会いしていましたが、
 看護師さんにお会いするのははじめてでした。
 先生は真面目で学究肌の先生。
 看護師さんも真面目で勉強が好きそうな印象でした。
      ■         ■
 今の医学生や…
 看護学生さんの中には…
 勉強はそこそこ…
 落第しないで…
 最低点+アルファくらいでいいゃ…
 若いうちしか遊べないから…
 青春を楽しみましょう…
 …という考えの人が多い気がします。
      ■         ■
 はじめてお会いした…
 30代のまみ子看護師さんは、
 高木皮膚科診療所で…
 毎日、先生と一生懸命に働いている、 
 真面目で
 勉強好きな
 看護師さんでした。
      ■         ■
 その後…
 まみ子師長さんが書かれた…
 熱傷に関する論文は、
 お医者さんが書いた論文にも引用されています。
 高木章好先生もすごい先生ですが、
 まみ子師長さんもすごいです。
 嬉しいコメントをありがとうございました。

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昔の記憶

形成外科主任部長

 昨日の院長日記
 JA北海道厚生連、
 医師、
 形成外科主任部長
 偉い…
 とか…
 すごい…
 …と思われたでしょうか?
      ■         ■
 いえいえ…
 謙遜ではありませんが…
 形成外科主任部長は、
 偉くありません
 JAで一番偉いのは、
 JA北海道厚生連の会長様です。
 医師ではありません。
      ■         ■
 全国にある厚生病院や、
 ○○組合病院という名前の病院は、
 JAが設立した病院です。
 病院で一番偉いのは、
 開設者である、
 JAの会長様です。
 私たちの人事発令は、
 すべてJA北海道厚生連の会長名です。
      ■         ■
 会長様には何度かお会いしたことがあります。
 長い間農家をなさって…
 農協の組合長さんから、
 JAの役員になるようです。
 病院事業だけではなく、
 さまざまな事業を経営しています。
 私たち医師は、
 JAに雇用されています。
      ■         ■
 研修医
 ↓
 医師
 ↓
 医長
 ↓
 主任医長
 ↓
 主任部長
 …と職位が上がりました。
      ■         ■
 増えたお給料(手当)はわずか…
 増えたのは…
 会議、
 書類、
 下の先生の指導、
 患者さんからのクレーム対応、
 患者さんへの謝罪。
 医療ミスの経験という、
 2010年2月23日の院長日記に書いてあります。
 申し訳ないことをいたしました。
      ■         ■
 大きな病院に勤めるメリットは、
 設備が整った施設で、
 優秀なスタッフと手術ができること。
 他科の優秀な先生と、
 相談をしたり、
 話しをしたり、
 手術ができることです。
 大病院=高給ではありません
      ■         ■
 私が勤務していた当時、
 副院長で、
 院内感染対策委員会のトップだったのが、
 現在のJA帯広厚生病院院長の川口勲先生です。
 先生のご専門は婦人科です。
 とても温厚で優しい先生です。
 私は今でも、
 川口先生が決められた院内感染対策は、
 日本でもトップクラスだと思っています。
 HIV検査もいち早く導入されました。
 忙しかったけれど…
 充実した40歳でした。
 川口先生ありがとうございました。

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昔の記憶

机の整理

 今日は休診日だったので、
 久しぶりに自宅の机を整理しました。
 捨ててもいいのでしょうが…
 古い写真や名札が出てきました。
 当時のことを思い出します。
      ■         ■
 私は平成7年(1995年)1月から
 平成10年(1998年)3月まで、
 JA帯広厚生病院に勤務しました。
 帯広では…
 厚生病院で通じますが、
 電話交換も…
 正式な書類にも…
 必ずJAをつけます。
      ■         ■
 赴任した時は、
 40歳で、
 退職した時が、
 43歳でした。
 退職した時でも…
 今から13年前です。
 としをとりました。
      ■         ■
 退職時に、
 形成外科外来の看護師さんが、
 ケーキとウーロン茶を買ってくださり…
 最後の外来の後で…
 楽しそうにしているのが…
 下の写真です。
      ■         ■
 私のような偏屈でがんこな医者と、
 3年間も働いてくださり、
 ほんとうに感謝しています。
 とても優秀な方たちでした。
 今でもしっかり覚えています。
 その節はお世話になり…
 ありがとうございました。

1998年3月JA帯広厚生病院

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昔の記憶

覚えています

 私が医師になって30年以上です。
 札幌美容形成外科を開業して7年です。
 今までに診察した患者さんは…
 数万人になります。
 ちょっとした相談だけの方も…
 苦労して手術した方も…
 いろいろな方がいらっしゃいます。
      ■         ■
 57歳になって…
 かなりおじいさんになっていますが…
 意外と患者さんを覚えています。
 街でお会いしてもわかりませんが…
 傷をみたり…
 手術前後のことを話すと…
 思い出します。
      ■         ■
 忘れられない患者さんは何人もいます。
 手術の経過がよくなかった方、
 何度も再手術した方、
 若くしてがんで亡くなってしまった方、
 今でも声まで覚えている方もいます。
 脳裏に焼き付くというやつです。
      ■         ■
 院長日記を続けていると…
 思いもかけない方からメールをいただくことがあります。
 昨日も…
 忘れられない患者さんから…
 メール相談をいただきました。
 私が直接手術をしたのではありませんが…
 可愛らしい小学生でした。
      ■         ■
 もう立派な大人になっていらして…
 おそらく…
 お会いしてもわからないと思います。
 でも…
 傷を見るとすぐにわかります。
 形成外科医になってよかったと思う瞬間です。
 小さな傷にも…
 患者さんと私にとっては…
 大きな想い出があります。

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医学講座

つけま禁止

 今朝のめざましテレビ
 【ココ調】で、
 つけまつげ用超強力接着剤を紹介していました。
 10mの高さから…
 プールに飛び込んでも…
 とれない接着剤です。
 確かに素晴らしい接着力です。
      ■         ■
 私は職業柄…
 若い女性の目をたくさん見ます。
 それはそれは…
 上手に目を作っていらっしゃいます。
 まぶたが厚く…
 まつげが下を向いた女性の…
 定番は付けまつ毛です。
      ■         ■
 アイプチをつけて…
 付まつげをつけて、
 ぐぐぐ……ぐと…
 睫毛を上に向けます。
 その上から…
 こてこてにマスカラを塗ります。
      ■         ■
 元の目はどこへ行ってしまったのだろう…?
 美容整形より…
 上手に整形する人がたくさんいます。
 そんな女性が二重埋没法で…
 整形をします。
 最初は腫れていて…
 幅も広かったのが…
 少しずつ落ち着いてきます。
      ■         ■
 失敗したなぁ~
 あの時…
 もう少し広くしとけばよかったなぁ~
 でも…
 休みが一日しかなかったしなぁ~
 もう少しでかい目にしたいなぁ~
      ■         ■
 こんな思いの女性は意外と多いものです。
 永久保証
 お直し無料
 …だった○○美容外科は閉院してしまいました。
 そんな時に…
 超強力接着剤
 つけまは魅力です。
      ■         ■
 一日中とれないと宣伝していました。
 さっそく購入して、
 毎日付けまつ毛です。
 つけ睫毛をつけると…
 まぶたの皮膚が引っ張られます。
 埋没法で手術をした人も…
 切開法で手術をした人も…
 つけまをしていると
 二重が消えます
      ■         ■
 手術後のメイクという…
 2011年5月20日の院長日記に書いてあります。
 強力接着剤で瞼の皮膚を引っ張ると、
 どんなにしっかり固定していても、
 必ずラインが薄くなって消えます。
 眼瞼下垂症手術をした方も同じです。
 きれいな目を維持したかったら…
 つけま禁止です。
      ■         ■
 まつげをきれいにしたかったら…
 睫毛を大切にすることです。
 睫毛に負担がかかる、
 睫毛パーマ、
 睫毛エクステ、
 付睫毛は禁止です。
      ■         ■
 睫毛育毛剤はOKです。
 ラティースやルミガンという…
 睫毛を太く長くする薬があります。
 ビューラーもしすぎると…
 睫毛が抜けます。
 睫毛貧毛になった方には、
 まつげ育毛剤をおすすめします。
 自分の目は自分で守ってください。

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昔の記憶

JR北海道中島社長の死を悼む

 平成23年9月12日から行方不明だった、
 JR北海道の中島尚俊社長(64)が、
 平成23年9月18日に遺体で見つかりました。
 心からご冥福をお祈りいたします。
 とても残念で悲しい気持ちです。
      ■         ■
 私は中島社長とは面識もなく、
 JR北海道の一利用者に過ぎません。
 それでも…
 私より7歳年上の社長さんが、
 石狩灯台近くで行方不明になってから、
 毎日、ニュースを気にして見ていました。
      ■         ■
 北海道新聞には、
 一面にトップ記事で紹介されていました。
 以下は、
 ネットで検索した読売新聞の記事です。
 心労気づけず悔い(くい)…小池会長、言葉詰まらせ
 失踪から丸6日、北海道小樽市沖でJR北海道の中島尚俊社長(64)が遺体で見つかり、この日も無事を祈って捜索を続けていた同社社員らは、スーツに着替えてあわただしく出社した。「真っ先に戦線を離脱することをお詫(わ)びいたします」。18日夜の記者会見で中島社長がパソコンのタイプ打ちで自宅に残した書き置きには社員への謝罪が記されていたことが公表され、同社幹部は「心労を分かってあげられなかった」と悔やんだ。
 同社によると中島社長とみられる遺体発見の知らせが道警から入ったのは9月18日午前10時半頃。経営陣が急きょ、札幌市中央区の本社に集合し対応を協議した。午後6時頃、死亡が確認されると緊急の記者会見が決まった。
 午後7時半、会見場に姿を現した小池明夫会長(65)と柿沼博彦副社長(68)ら幹部4人は、うつむいたまま無言で着席。冒頭、小池会長は「遺体が本人と確認されましたので、謹んでこの悲報を発表します」と前置きし、「中島の書き置きの中に『社員の皆様へ』というのがあり、この場で公表します」と述べると、用意した紙に目を落としながら、社長の書き置きをかみしめるように読み上げた。
 9月12日の失踪以来、同社は延べ約180人の社員が捜索に当たり、小池会長は18日も捜索に加わっていた。小池会長は、9月9日午後、本社で中島社長と会い、16日に国土交通省へ提出する改善措置や行動計画がほぼ固まったことから「9合目を越えたね」と声をかけ、再出発を誓い合ったことを明かした。終始冷静に受け答えをしていたが、最後に会った様子を聞かれると、「疲れがたまっていたとは思うが、気にするほどではないかなと思っていた」と述べ、「社長とは同期で、性格は十分に分かっていたと思っていた。こういう事態になり、本当に分かっていたのかと自問せざるを得ない」と言葉を詰まらせた。
 失踪の理由については、5月にJR石勝線で起きた特急の脱線炎上事故で、国交省から事業改善命令を受け「不名誉な処分を受け、改善措置をまとめるなかで心労が蓄積したのだろう」と推測した。
 書き置きは社員あて以外にも同社幹部4人あてがあった。いずれも短文で失踪への謝罪やこれまでのお礼が書かれていたという。
 柿沼副社長は「謙虚に、人の能力を上手に引き出して仕事をされる方だった」と振り返り、島田修常務(53)は「事実をきちんと受け止められない」とショックを隠せない様子だった。
 (2011年9月19日、 読売新聞より引用)
      ■         ■
 中島社長の書き置き
 社員のみなさんへ
 ○毎日、それぞれの持ち場で、安全輸送、接客、収入確保、経費節減に取り組んでいただき有難うございます。
 ○この度の36協定違反では、長期間にわたって協定に違反する事態が発生しており、社員の皆さんに多大なご迷惑をおかけしたことを、お詫びいたします。
 ○現在、5月27日の脱線火災事故を反省し、全社をあげて企業風土の改善などに取り組んでいる時に、真っ先に戦線を離脱することをお詫びいたします。
 ○当社は、年間に日本の人口とほぼ等しい、1億3000万人の方にご利用いただいています。これだけ多くのお客様の尊い命をお預かりしているという事実を認識し、「お客様の安全を最優先にする」ということを常に考える社員になっていただきたいと思います。
 ○長い間のご支援、ご協力ありがとうございました。(自筆で中島と書かれていました)
      ■         ■
 どんなお気持ちで、
 PCでこの文章を作成したのかと思うと…
 とても悲しくなります。
 JR北海道は、
 国鉄の民営化によってできた会社です。
 北海道は広く…
 人口が少ない地域がたくさんあります。
      ■         ■
 本業の鉄道業だけでは、
 絶対に赤字の会社です。
 その中で、
 JR札幌駅の改築や、
 JRタワーの開業などで、
 がんばっています。
      ■         ■
 職位はまったく違いますが、
 私の家内の父親も、
 64歳で心筋梗塞で亡くなりました
 平成5年4月6日でした。
 64歳はまだまだ若すぎます。
 義父も国鉄マンでした。
      ■         ■
 退職時には、
 尼崎保線区長で、
 線路のプロでした。
 私は義父から聞くまで…
 保線区が線路の草刈りまでするとは…
 まったく知りませんでした。
      ■         ■
 私の感想ですが…
 国鉄マンには、
 実直で真面目な人が多いと思います。
 中島社長は、
 旭川北高校から、
 東大経済学部へ進学されたエリートでした。
      ■         ■
 国鉄時代には、
 大ヒットした、
 フルムーンパスの企画にたずさわったそうです。
 残された奥様には、
 おかけする言葉も見つかりません。
 中島尚俊(なかじま なおとし)社長のご冥福をお祈りいたします。

レスポンスより引用

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昔の記憶

本間家の先祖

 さくらんぼさんから…
 山形の本間様のことを教えていただきました。
 私の先祖は、
 山形の本間様ではなく…
 佐渡島のようです。
 本間家のルーツという…
 2009年3月23日の院長日記に書いてあります。
      ■         ■
 2009年に、
 アメブロをご覧になった、
 漫画史研究家の
 本間正幸様から…
 先祖がいっしょでは?
 というコメントをいただきました。
 世の中は狭いものです。
      ■         ■
 明治時代に、
 寒い蝦夷の地にやってきた人たちは、
 何か理由があって…
 自分のふるさとを離れたのだと思います。
 私の先祖も…
 悪いことはしていないと思いますが…
 理由があって…
 北海道へ来た
 …と思います。
      ■         ■
 そんな風土の北海道なのか…
 家柄とか…
 先祖がどうの… 
 …とかは気にしないようです。
 よく部落問題とか聞きますが…
 北海道に住む者にとっては…
 どうもピンときません。
      ■         ■
 札幌では、
 韓国出身の方も、
 北朝鮮出身の方も、
 米国籍の方も、
 アジア出身の方も、
 中南米出身の方も、
 仲良く暮らしています。
      ■         ■
 北海道大学には…
 たくさんの外国人留学生がいます。
 年に一度の北大祭では、
 各国の模擬店が並びます。
 北海道の人は…
 先祖とか家柄は気にしないようです。
 他から来ても住みやすいと思います。

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院長の休日

本間家の言葉

 うちの奥さんは、
 関西の出身です。
 大阪生まれで…
 高校は神戸です。
 結婚した時は、
 兵庫県西宮市(にしのみや)に住んでいました。
      ■         ■
 北海道へ来て30年です。
 20歳で就職した時に、
 徹底的に関西弁を直されたそうです。
 家内の同期の友人から…
 その厳しい訓練を聞きました。
 通勤途中で…
 先輩に会っても緊張したそうです。
      ■         ■
 訓練の成果があって、
 とても上手に標準語を話します。
 電話応対も上手だと思います。
 でも…
 家では関西弁が出ます。
 ○○やったから~
 ○○だったから~
      ■         ■
 ○○してはる。
 ○○していらっしゃる。
 きれいかった。
 きれいだった。
 このきれいかっただけは…
 他で聞いたことがないので…
 奥さんだけかも知れません。
      ■         ■
 子どもは、
 母親の言葉を聞いて覚えるので…
 北海道弁と関西弁が混じっています。
 幼稚園でも…
 小学校でも…
 いじめられたことはないようですが…
 北海道人の私が聞くと…
 妙な言い回しがあります。
 いろいろな言葉があっていいと思います。
 私は関西の言葉が好きです。

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未分類

寒っ

 平成23年9月16日、朝日新聞朝刊の記事です。
 「寒っ」など語幹のみの形容詞や、「来れる」などのらぬき言葉。よく耳にするこれらの言葉が、実際に広く使われていることが、文化庁が9月15日に発表した2010年度の国語に関する世論調査で裏付けられた。恒例の誤りやすい言葉の調査項目では、「雨模様」、「姑息(こそく)」、「号泣する」の誤用が、本来の意味での使用を上回った。
 文化庁が、国語施策の参考にするため、2月に全国で16歳以上の2104人に面接調査した。
 今回初めての調査となった形容詞の語幹のみの表現。「寒っ」については、「自分も使う」もしくは「自分は使わないが、他人が言うのは気にならない」が合わせて85%で、以下「すごっ」「短っ」「長っ」「うるさっ」も65%以上だった。
 同庁国語課によると、「寒っ」は、19世紀の滑稽本で使用が確認されているが、そのほかの言葉については、ここ数年急速に広がりを見せているという。「テレビを通じてこうした使い方を耳にしている人が多く、抵抗感はなくなっているのではないか」と分析している。語幹のみの形容詞の用法は、文法的には、間違っていないという。
 5年ごとに定期調査をしているらぬき言葉の使用は、「来れます」が前回調査から7.8ポイント増の43.2%、「食べれない」は、同じく8.6ポイント増の35.2%に伸びた。一方、「考えれない」は、2.4ポイント増の8.1%。今回新たに調査した「見れた」は47.2%、「出れる」は44.0%の人が使っていた。
      ■         ■
 寒い北国に住む者の実感としては、
 寒っは、
 さむと短く発音し、
 同時に背中がぞくぞくする感じです。
 朝、初雪が降っていた時、
 暖房のない部屋に入った時、
 ぞくぞくっとして、
 寒っと思います。
      ■         ■
 寒いとは…
 ちょっと違った感じで使います。
 同じように…
 『痛い』も、
 『いたい』と
 『痛っ!』では、
 ちょっと感覚が違います。
      ■         ■
 ぬき言葉は北海道では標準語です。
 来れます43.2%、
 食べれない35.2%、
 考えれない8.1%、
 見れた47.2%、
 出れる44.0%、
 と書かれていますが北海道ではほぼ100%だと思います。
      ■         ■
 ただ…
 札幌美容形成外科では、
 一週間後に来られますか?は×
 一週間後に来れますか?も×
 正解は、
 一週間後にいらしていただけますか?
 一週間後はいかがですか?
 日本語は難しいです。

(以上、朝日新聞より引用)

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医学講座

顔面神経麻痺の手術

 2011年9月7日放送の、
 ザ!世界仰天ニュースで放送された、
 英国の女性は…
 眉が下がって動きませんでした。
 その眉を…
 引き上げて固定する手術を受けました。
      ■         ■
 顔面神経は、
 顔の表情を作る筋肉(表情筋)に、
 収縮して…
 動きなさい…
 という指令を出すのが役割です。
      ■         ■
 フェイスリフト手術で、
 眉の横を通っている、
 側頭枝そくとうし
 通称:Temporal(テンポラール)
 という枝を切ってしまったので、
 眉を動かす筋肉や、
 額にシワを作る筋肉が動かなくなりました。
      ■         ■
 神経移植をして再建するのが難しい場合は、
 動かなくなってしまって…
 下がった眉を上に… 
 引き上げる手術をします。
 眉は動きませんが…
 眉が下がって閉じてしまった目を開き、
 ものが見えるようにするのが目的です。
      ■         ■
 顔面神経麻痺は、
 外傷で切れてしまった場合の他に、
 帯状疱疹ウイルス(ヘルペス)の感染でも起こります。
 ハント症候群とも呼ばれます。
 抗ウイルス薬のおかげで重症例は減りましたが…
 今でもウイルス感染による顔面神経麻痺はあります。
      ■         ■
 眉が下がって…
 ものが見えにくい状態でしたら、
 健康保険で手術が受けられます。
 眉の上に傷ができますが、
 次第に目立たなくなります。
 症例数は多くはありませんが、
 札幌美容形成外科でも一年に1~2例の手術があります。
      ■         ■
 ウイルス感染の前までは…
 それは美しい顔だった女性が、
 ある日突然、顔の半分が動かなくなると…
 この世の終わりと思うほどショックです。
 まったく元通りにはできませんが、
 形成外科の技術で少しでも元に近づけることができます。
 セカンドオピニオンをお願いした、
 朝戸裕貴先生(現、獨協医科大学形成外科教授)は、
 顔面神経麻痺手術の権威です。

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