昔の記憶
経歴詐称
昨日、お問い合わせをいただいた、女性の方です。
院長日記を読んで、よさそうな先生だと思ったけれど、
昭和55年に札幌医大を卒業して、1980年(昭和55年)北大医学部形成外科と書いてあった。
札幌医大を卒業した先生が、北大に入るわけがない!
経歴詐称じゃないか!
というお怒りのお電話でした。
担当した職員が驚いていました。
■ ■
経歴詐称はしておりません。
確かに、札幌医大を卒業して、北大に行く学生が少なかったのは事実です。
私の同期では、4人でした。
私:北大形成外科。
森川清志先生:北大第一内科。
森川玲子(旧姓:小林玲子)先生:北大皮膚科。
橋本洋一先生:北大神経内科、北大免疫研究所。
■ ■
今は、医科大学や医学部を卒業し、医師免許を取得すると、2年間の臨床研修が義務付けられています。
私の頃には、大部分は、大学の医局に‘入局’しました。
大学医局というのは、教授を頂点とする、医師の集団です。
古き、よき時代でもあり、悪しき点も、あったのが医局でした。
幸い、私が入った、北大形成外科は家庭的なあたたかさのある、よいところでした。
■ ■
大学の医局に入らないで、大きな病院へ就職する仲間もいました。
脳神経外科を選んだのは、同期では6人いましたが、札幌医大の脳神経外科へ入局したのは一人でした。
一番多かったのが、中村脳神経外科病院でした。
中村脳神経外科へは3人が就職しました。
勤医協病院という病院へ就職した仲間もいました。
■ ■
医師は大学を卒業して、医師免許証をいただいただけでは何もできません。
自動車学校でいうと、仮免許取得程度です。
路上に出て、横に教官に乗っていただいて、いつでも非常ブレーキを踏める状態で、トレーニングを受けます。
仮免許で、乗せられる‘患者様’は、たまったものじゃありませんが、これが日本の現状です。
■ ■
中には、ロクに路上教習も受けないで、いきなり高速道路を飛ばすような‘先生’もいます。
自動車の運転もそうですが、
最初に運転を教えてくれた‘先生’のクセが、その人の運転に影響を及ぼします。
丁寧に慎重に運転するクセがついた人は事故率が低いそうです。
■ ■
弁護士の高橋智先生が、弁護士も最初についた‘先生’によって、大きく影響を受けると何かに書かれていました。
医師も、最初に、見て・聴いて・覚えた、やり方が、その‘先生’に影響を与えます。
三つ子の魂(タマシイ)というヤツです。
■ ■
私が形成外科を専攻しようと思った当時は、札幌医大には形成外科がありませんでした。
口腔外科の、篠崎文彦先生がクラブの先輩だったので相談しました。
東京に行く手もあるが、北大へ行ったらどうだ、と篠崎先生から、アドバイスをいただきました。
■ ■
北大形成外科には、私より先に、
松本敏明先生(札幌医大22期、昭和50年卒)
大岩 彰先生(札幌医大26期、昭和54年卒)
のお二人の札幌医大の先輩がいらっしゃいました。
私は、最終的に、松本敏明先生から、入局お誘いの電話を受けて、北大に決めました。
昭和55年1月のことでした。
同期ではかなり遅い方でした。
■ ■
こうして、私は、札幌医大から北大へ行きました。
北大の同期では
浅見謙二先生(北大51期、昭和50年卒)、小児科を経験し、形成外科へ転科。
井川浩晴先生(北大56期、昭和55年卒)。
斉川雅久先生(北大56期、昭和55年卒)。
菅野弘之先生(北大56期、昭和55年卒)。
私。
の合計5人が、昭和55年4月に、北大形成外科へ入局しました。
私たちの、新人歓迎会は、中島公園の大手門という店で行っていただきました。
大浦武彦教授が、5人も入局してくれて感慨深いものがあると、お言葉を述べられたのを記憶しています。
■ ■

1980年北大形成外科入局当時
私、二期上の小椋哲実先生、同期の井川浩晴先生
北大病院6-3病棟ドクタールームで
医療問題
救急中核病院174ヵ所減少
平成20年01月14日、朝日新聞朝刊の記事です。
救急中核病院、2年で174ヵ所減
~搬送遅れの要因に~
■ ■
地域の救急患者を受け入れる中核的存在の「2次救急病院」が、この2年間で174ヵ所減ったことが、朝日新聞の全国調査でわかった。
深刻化する医師不足や経営難が影を落とした結果、減少傾向が加速しており、
新たに救急を掲げる病院がある一方、救急の看板を下ろしたのは、2年間で全体の5.6%にあたる235ヵ所に上る。
■ ■
急患の収容先選びが困難になり、搬送遅れが続発するなど市民生活への打撃は大きい。
国の医療費抑制政策が救急医療の根幹を揺るがしている実態が、色濃く浮かんだ。
日本の救急医療機関は、
①開業医らが軽症患者を診る 「1次(初期)救急」
②入院や手術の必要な患者を治療する「2次救急」
③救命救急センターなど重篤患者に対応する「3次救急」
に分かれ、中でも、多くの市にある公立・民間の2次救急病院が地域医療の中心的担い手となっている。
■ ■
調査は、救急医療計画を策定する各都道府県を対象に、2005年10月~2007年10月の増減状況を尋ねた。
全国の2次救急病院は2005年10月時点で4,170ヵ所あったが、2年後には3,996ヵ所となり、174の純減。
救急対応をやめた235ヵ所に加え、21ヵ所が3次救急に移行するなどした一方、新たに82ヵ所が2次救急病院になった。
2004年以前のデータがある自治体の多くで、2005~2007年の年間減少数がそれ以前を上回り、減少率が高まっている。
■ ■
2次救急病院の減少数トップは福岡県の26ヵ所。
県東部の京築地区で市町村の補助金が打ち切られた結果、当番制で急患を受け入れる「輪番制度」がなくなり、10病院が一気に救急から外れたのが響いた。
東京都の15ヵ所、大阪府の14ヵ所がこれに続き、診療報酬の改定に伴う収入減などで、診療体制を縮小する病院が都心部で増えている実情を裏づけている。
当直の確保で人件費がかさむ救急が不採算部門になっている例も多く、東京では、5病院が破産や廃院に追い込まれていた。
■ ■
地域別では、四国の落ち込みが著しく、全体の11%にあたる22ヵ所の減。
北陸・甲信越でも8%(22ヵ所)減少し、激務などから救急勤務医の退職が相次ぐ地方病院の苦悩が際立っている。
こうした状況を背景に、各地で救急患者の搬送先探しが難しくなっており、兵庫県姫路市では昨年12月、吐血して搬送された男性が17病院に受け入れを拒まれ後に死亡。
大阪府富田林市でも下痢や嘔吐(おうと)で搬送された女性が30病院に断られた翌日に亡くなった。
福島市では同11月、交通事故に遭った女性が4病院に計8回搬送を拒否された後、死亡している。
■ ■
このほか、2次救急に指定されている診療所も同時期に57ヵ所減り、404ヵ所になった。2年間で12%が消えたことになる。
調査と並行して、救急対応をやめた235病院のうち、自治体が公表しなかった病院などを除く227病院に撤退の理由(複数回答可)を聞き、204病院から回答を得た。
最多は「医師や看護師の不足」で66病院。
次いで「診療所への変更」(40病院)が多く、「療養型病院などへの転換」も28病院あった。
「地域の輪番制度がなくなった」が24病院、「倒産・廃院」は20病院だった。
■ ■
スタッフ不足を挙げた病院は地方に顕著で、
「大学の医局による医師引き揚げで常勤医が10人以上減った」
「医師が半減し、当直態勢が取れなくなった」などと事情を説明。
「看護師が給与の高い都市部へ流れ、夜間の救急体制が築けない」との声も多かった。
■ ■
都市部では、人手不足を訴える病院が多い一方で、
「救急での収益が期待できない」
「病院の収支が厳しい中で続けるメリットがない」など、経営上の理由も目立った。
中には「当直医の専門外の患者が来る救急は、訴訟リスクが高い」と回答した病院もあった。

以上、朝日新聞より引用
■ ■
自分や身内が急病になった時に、救急車や救急病院ほど、頼りになるものはありません。
救急車のピーポーピーポーという音が聞こえてきただけで、 ‘助かった’と思うものです。
国の医療制度改革で、今、救急医療がピンチを迎えています。
■ ■
もともと、救急は、病院の‘赤字部門’でした。
国や地方自治体からの、補助金があるので、なんとかやって来れたのです。
病院勤務の医師や看護師は、救急当直をできれば避けたいというのが‘本音’でした。
一晩、救急当直をすると、一日くらい代休をもらっても疲労がとれません。
看護師さんは、代休がもらえますが、医師はまずもらえません。
■ ■
救急当直をした翌日も、通常勤務が当たり前でした。
夜中じゅう、働いて、真っ赤な目をして、翌日も勤務です。
労働基準法も何も、あったものではありません。
過去には、過労死した研修医が問題になったこともありました。
救急を支えていたのは、自分がしなければ…という使命感だけでした。
手当も決して多くはありませんでしたし、医師に手当が出ない病院もありました。
■ ■
今年、サミットが行われる、洞爺湖がある、北海道胆振支庁には、救命救急センターがありません。
民主党の鳩山由紀夫代議士の選挙区です。
北海道庁は、緊急時には、ヘリで搬送すればよいと考えているようです。
過去に、悪天候でヘリが飛べなかったことがあるのを、すっかり忘れているようです。
全国から、救命救急の専門医・看護師を集めて待期させるようです。
どんなに偉い先生を集めても、会場のウインザーホテルでは何もできません。
■ ■
急性心筋梗塞やクモ膜下出血で、外国の首脳が倒れても、適切な処置ができるか疑問です。
有珠山が噴火して、大量の熱傷患者が出ても、手当ができません。
有珠山が噴火すると、ヘリも飛べなくなります。
日本の偉い政治家の方には、救急医療や医療界全体が疲弊していることを、強く認識していただきたいと思います。
今のままでは、救急医療を目指す、若い医学生や医師はいなくなってしまいます。
院長の休日
成人の日
今日は成人の日です。
私は1954年(昭和29年)生まれです。
私の頃は、札幌市では19歳で成人式の案内状が来ました。
20歳になる年の1月に成人式がありました。
私は浪人中でした。
1月15日が成人式で、札幌予備学院の医進クラスで、その日を迎えました。
■ ■
当然、札幌市が主催した、成人式には参加しませんでした。
記念品をいただいた記憶がありますが、何か?覚えていません。
今も昔も、成人式には、晴れ着を着たお嬢さんが、白いショールを巻いて、晴れやかに街を歩いているのが目立ちます。
私は、同世代のキレイな方を、横目で見ながら、最後の追い込みに懸命でした。
■ ■
当時は、今のようなセンター試験はありませんでした。
1月は、私立大学の入学試験が始まる頃でした。
2月に、自治医大の一次試験がありました。
国立大学は一期校と二期校に分かれていて、3月上旬と下旬に試験がありました。
北海道では、北大と札幌医大(公立)が一期校。
旭川医大が二期校でした。
■ ■
来年も受験勉強はしたくないなぁ…というのが正直なところでした。
私は、現役の時に受かったのが、同志社大学(法)。
一期校。札幌医大→不合格。
二期校。弘前大学(医)→不合格。
11月試験の旭川医大→不合格。
弁護士になりたいという、微かな希望もありましたが、医学部を目指し浪人しました。
■ ■
当時から、男性は成人式にはあまり出席しませんでした。
20歳になると、酒・タバコが解禁になるといったところが、‘大人’になった証(アカシ)でした。
私は、昔からタバコは吸いませんでした。
高校の友人と、居酒屋程度は行きましたが、アルコールには弱い方でした。
‘大人’になって、唯一、楽しみだったのが運転免許の取得でした。
運転免許は大学に入学して、すぐに自動車学校に通いました。
■ ■
運転免許は取得しましたが、自分の車はありませんでした。
父親がようやく手にした、10万kmも走った中古車を、たまに運転させてもらっていました。
わが家では、はじめての車で、とても立派とは言えませんでしたが、嬉しかったものです。
暇さえあれば、洗車して、ピカピカにワックスをかけていました。
自分で使ったガソリン代は、自分でアルバイトをして、稼いで入れていました。
ちょうど、オイルショックがあって、今と同じくらい、ガソリンが高騰していました。
■ ■
私にとって、成人の日は、あまり想い出もなく、写真もありません。
高校時代も、予備校時代も‘彼女’はいませんでした。
その頃の写真を探しましたが、見つかりません。
写真を撮ることもなかったのでしょう。
■ ■
昔の写真を探して出てきたのが、下の写真です。
後列の真ん中が私です。
大学時代に、臨床実習で胸部外科を回った時です。
24歳でした。
写っているのは、小松教授と安倍助教授(後の教授)。
7人グループの仲間です。
全員元気ですが、すっかりおじさんになっています。

札幌医大6年生の臨床実習
胸部外科
医療問題
看護職の将来
昨日の日記に、看護師さんが、この20年で飛躍的に昇進したと書きました。
市立札幌病院の看護師で、初代の副院長になられた看護師さんは、とても素晴らしい方です。
私が在職していた当時、内科病棟と手術部で、ご一緒に働きました。
穏やかで、実に優しい婦長さんでした。
怒ったことや、大きな声を出したのを見たことがありませんでした。
私は、新聞で辞令を拝見した時に、本当によかったと思いました。
■ ■
札幌市内の病院で、早くから看護婦さんを副院長に登用したのは民間病院でした。
私の記憶が正しければ、東札幌病院と札幌麻生脳神経外科病院が早かったと思います。
どちらの病院の副院長(看護部長)さんも、素晴らしい方でした。
理由はわかりませんが、HPを見ると、両方の病院とも今は副院長ではないようです。
■ ■
札幌麻生脳神経外科病院の副院長(看護部長)だったのは、紙屋克子さんでした。
1992年にNHKスペシャルで取り上げられた「あなたの声が聞きたい~“植物人間”生還へのチャレンジ~」で有名になられました。
看護の力で意識障害、いわゆる植物状態の患者さんを回復させる取り組みに成果をあげられました。
紙屋さんは、その後、筑波大学の教授になられました。
紙屋さんは、看護師でなければできない、‘リハビリ’を行って、患者さんを回復させました。
■ ■
公立病院や大学病院での登用は、民間に遅れること、20年近く経ってからです。
最近でこそ、看護師さんが副院長になるのは珍しいことではありません。
20年前は、看護職の副院長は珍しかったものです。
看護師さんが、副院長となって、病院経営に携わる(タズサワル)のは、よいことだと思います。
経営者として、看護職をまとめるのは大変なことです。
■ ■
経営の効率化とサービスの質を落とさないことは、相反することが多く大変です。
国の医療制度改革で、公立病院を中心とした医療機関は倒産寸前です。
地方の公立病院では、累積赤字が数億円から数十億円になって、民間であればとっくに倒産しているところもあります。
看護職をまとめて、赤字を出さないように、病院を‘経営’するのは、並大抵のことではありません。
偉くなると、‘病院経営’にかかわることを求められます。
職位と、責任は平行して増加するものです。
会社でも、役員になると経営責任を問われます。
■ ■
私の父が、現役の薬剤師だったころは、薬価差益という‘利益’がありました。
薬を安く購入することで、保険で支払ってもらう金額との差額が、病院の‘儲け’になっていました。
薬局長の裁量で、病院の収益が左右されました。
その頃は、院長→事務長→薬局長→看護部長というのが、暗黙の階級だったように思います。
私が、子供の頃に住んでいた、手稲療養所の職員住宅が
院長→事務長≒医師→薬局長という順番で立派でした。
大卒という‘学歴’の他に、経営への‘貢献’があったからだと思います。
■ ■
薬剤師は、国家試験受験資格を得るまでの修業年限が6年間になりました。
病院での実習や、医薬分業での患者様への説明など、求められる業務が増えたからです。
理学療法士や作業療法士も、4年制大学の卒業生が出てきています。
医療機関で働く専門職が、どんどん高学歴になってきています。
■ ■
私は、将来、
医師
歯科医師
事務長
看護師
薬剤師
臨床検査技師
診療放射線技師
理学療法士
作業療法士
管理栄養士など、
医師(歯科医師)と医師以外のパラメディカルが一緒に病院経営を考える時代になると思います。
■ ■
これからの日本社会は、少子高齢化社会へまっしぐらです。
国は増える医療費を何とか削減しようと懸命です。
今は‘病院’で、医師の指示のもとに、処置をするのが看護師さんです。
将来は、病院や診療所ではない、介護施設で、看護師が高齢者をケアーする時代になると思います。
■ ■
少子高齢化社会になり、看護師のニーズはますます増えると思います。
施設では、看護師や保健師が入居者の健康管理をするようになると思います。
どの段階で、医師に診察を求めるか?
どこまで、看護師がケアーしていて大丈夫なのか?
これを見極める能力を求められます。
簡単なようで、実に難しいことです。
当然、責任も重くなります。
判断を誤ると、訴えられることも考えられます。
■ ■
看護職は、社会的地位や職位の向上に伴い、職責も重くなります。
経営手腕のある方は、自ら介護施設を経営するようにもなると思います。
そこでは、必ず、‘責任’が求められます。
当然、勉強も必要になります。
私は、これからの高齢化社会で、看護職の役割が、ますます増えると考えています。
看護職を目指す学生さんや、若い方に期待しています。
医療問題
看護師の職位
私は平成元年4月1日に札幌市に採用され、市立札幌病院皮膚科へ配属となりました。
医師となって10年目で、34歳でした。
私の職位は、係長職でした。
当時、札幌市の規定で、医師は卒業後一定の年数が経つと、自動的に一般職→係長職→課長職と昇進できました。
■ ■
私の記憶が正しければ、市立札幌病院では平成元年から看護係が→看護課になりました。
それまで、看護職のトップが係長職だったのが、課長職になりました。
病院で一番偉い看護婦さんを、総婦長と呼んでいました。
総婦長の職位が係長職から課長職になったのが、約20年前です。
■ ■
看護婦さんは、高校卒業後に3年間専門学校に通い、国家試験を受けて‘看護婦免許’をいただいていました。
学歴は、専門学校卒。
医師や薬剤師が、大卒だったのに対し、失礼な言い方ですが、一ランク低い学歴とみなされていたようです。
公務員の給与は、‘学歴’によって、俸給表というランクが変わります。
同じ医師でも、大卒と大学院卒では、少しだけランクが違ったようです。
■ ■
この20年の間に、看護婦→看護師と名称が変わりました。
さすがに、看護職の方を‘先生’と呼ぶ習慣はありませんが、大卒の看護師も登場しました。
4年制大学を卒業すると、看護師の他に、保健師の国家試験受験資格も得られます。
看護師・保健師、両方の免許を持ったナースも働いています。
■ ■
実際のところは、大卒ナースだから…
看護師・保健師の両方の免許を持っているから…
という理由で、仕事ができる優秀なナースとは限りません。
正直なところ、高校の衛生看護科を卒業して、准看護師の資格を取得し、
働きながら、夜間の進学コースに通い、看護師免許を取得したナースが、
免許取立ての看護師としては、一番戦力になります。
■ ■
今でも、病院で‘先生’と呼ばれるのは、医師と薬剤師です。
理由はよくわかりませんが、長い間の慣習でしょうか?
従来は、病院での職位は、医師と事務長が高かったようです。
平成元年は、院長、副院長と主任医長の一部の偉い先生が、札幌市の局長職に相当する‘理事’でした。
医師以外の理事は、札幌市の本庁からいらっしゃる、事務局長だけでした。
理事になれる先生は、5人くらいしかおらず、給与も退職金も多かったと聞いています。
事務局長は、札幌市の中でもかなり優秀な方がいらっしゃいました。
区役所の区長クラスの方だったと記憶しています。
■ ■
薬局長も、医学博士の学位を取得した、偉い先生でしたが理事ではありませんでした。
看護師は、理事どころか、ようやく課長職になったばかりでした。
ところが、この20年間に、飛躍的に昇進したのが看護職です。
課長職→部長職→理事(副院長)と…
あっという間に、副院長にまで昇進しました。
■ ■
このような、‘昇進’は、他の
薬剤師
臨床検査技師
診療放射線技師
理学療法士
作業療法士
などでは、考えられないことです。
もちろん事務職の事務局長でも、副院長にはなれません。
医事課の事務員さんは、20年前から、派遣の方が活躍なさっていました。
■ ■
看護職の昇進は、市立札幌病院に限ったことではありません。
大学病院や一般病院でも副院長として、看護師を登用しています。
これは、国の方針が変わったからです。
診療報酬にかかわる、看護料の比率が大きくなったからです。
看護師を数多く確保しないと、病院の存続にかかわることになったからです。
■ ■
病院というところは、マンパワーが必要なところです。
一番、数が多いのが、看護職です。
大病院になると、数百人単位の看護師さんがいます。
数百人の部下を持つトップです。
理事も副院長も当然だと私は思います。
遅すぎたくらいです。
■ ■
この20年で、看護職に求められる仕事も実に増えました。
北大病院では、現在、看護部長を公募しています。
HPを拝見すると、看護師としての実務経験の他に、研究業績が必要なことがわかります。
著書,論文,学会発表など、従来は大学の講師・准教授・教授などに求められたことが、看護部長に要求されています。
■ ■
数百人の部下を持つ、局長職(副院長)の職責は重いものです。
もし、看護部看護課の看護師が不祥事を起こせば、副院長も当然、責任を問われます。
教育・研修に対する責任も大きくなります。
将来、大病院の看護職のトップは、
看護学博士号を取得した‘先生’になるのでは…?
と、私は考えています。
■ ■
私たちのような、小さな診療所は、医師も看護師も同じサービス業です。
医師も看護師も、高度の専門的知識と技術を持った‘接客業’だと考えています。
私は、‘白衣の天使’ということばが好きです。
看護職の基本は、他の方への愛情・奉仕・技術・サービスだと思います。
笑顔や、優しい思いやりがなくてはできない職種です。
どんなに偉くなっても、優しい看護婦さんであって欲しいと願っています。
医療問題
酒気帯び手術
平成20年1月11日、朝日新聞朝刊の社説に、医療事故調査委員会のことが掲載されていました。
最後の方に、‘もちろん、酒を飲んで手術をしたり、カルテを改ざんしたりするのは論外だ。’と書かれていました。
この‘酒を飲んで手術’が気になりました。
■ ■
医師は急患の診察を求められた際に、‘酒を飲んでいる’ことを理由に断ることができます。
誰が考えても、‘正当な理由’です。
私は、25年以上医師をしていますが、緊急のために‘酒を飲んだ先生’が手術をしたことを何度か知っています。
■ ■
私自身は酒は飲めませんし、飲んでもごく少量です。
アルコールに弱い体質だと思います。
医師の中には、大酒飲みやアルコール依存症?と思われる方もいらっしゃいます。
朝、手術室で一緒に手術をはじめる時に、手術用マスク越しに、アルコールの臭いがした‘先生’もいました。
問いただすと、朝方まで飲んでいて、数時間休んで、そのまま病院へ出てきたということでした。
■ ■
病院では、航空会社やタクシー会社のような‘点呼’はありません。
個々人の自覚に任されています。
酒臭い息をして、外来診療をすると、すぐにバレますが、手術室ではわかりません。
チェックする機構も機能もありません。
■ ■
手術の前日に、朝方まで酒を飲んでいる先生はもちろん論外です。
酒臭い息をして、手術室に入るなんて許せません。
ただ、医師法には、呼気中・血液中のアルコール濃度が○%だったら診療をしてはいけないという規定はありません。
自動車の運転と違って、酒気帯びで手術をしても、診療をしても、罰則規定はないはずです。
■ ■
問題なのは、緊急手術で呼び出しを受けた時です。
病院も、ふつうの会社と同じように、歓送迎会や忘年会をします。
特に、忘年会は手術部、各病棟、医局、と所属部単位で行われます。
年に一度の‘慰労会’です。
楽しく、にぎやかな忘年会が多いです。
■ ■
問題なのは、手術部の忘年会や救命救急センターの忘年会です。
当直要員は、もちろん病院で通常通り勤務しています。
手術部の当直で、準夜・深夜を合わせて看護師が5~6人。
救命救急センターの医師が、多くても10人程度。
その日の当番は、病院で仕事です。
■ ■
忘年会の夜は、大事故が起こらないようにと祈って参加します。
ところが、何年かに一度は、その日に限って大事故が起こります。
病院から緊急の呼び出しを受けると、
忘年会の2次会でカラオケにいても…
宴会の最中で、ちょうど盛り上がったところでも…
ただちに病院へ直行です。
■ ■
大事故で大ケガの場合は、たとえ酒を飲んで‘酒気帯び’でも、緊急手術をしなければ、生命の危険がある場合があります。
手術をできる先生が、一人しかいなくて、その先生が‘酒気帯び’だったら…
もちろん、ベロベロに酔っ払って、手術ができない状況だったら別です。
ビールを1~2杯飲んだ程度の、‘酒気帯び’だったどうでしょうか?
■ ■
私が患者だったら、たとえ酒気帯びの先生でも
『先生、お願いします、助けてください』と言います。
僻地や、専門医が一人しかいないような地域でしたら、
現実には、ちょっと位の‘酒気帯び’でも、診療を引き受けている先生はいらっしゃると思います。
■ ■
医師だって人間です。
お酒やワインが好きな先生もたくさんいます。
お酒を飲んで、気分よく休んでいる時に、呼び出されて緊急手術なんかしたくはありません。
夜間に、呼び出されて、‘酒気帯び’で緊急手術を引き受ける先生は、仕方がなく引き受けているだけです。
航空機のパイロットのように、乗務○時間前から、一切飲酒は厳禁。
違反した場合は、医業停止。
なんて規定を作ったら、間違いなく、日本の僻地医療や救急医療は崩壊します。
医学講座
小陰唇縮小手術
包茎手術の女性版が小陰唇縮小手術です。
神様は、どうして包皮や小陰唇を作られたのでしょうか?
他人より、ちょっとだけ長かったり、大きかったりするだけなのです。
この1㎝とか5㎜とかが気になるのです。
■ ■
小陰唇縮小手術で受診なさる方は、真面目でしっかりした方です。
ちょっとした他人との違いに、悩んでいらっしゃいます。
どうってことはない、と思われててもご本人にとっては問題なのです。
手術を受けられる方は、10代から40代までとさまざまです。
■ ■
大部分の方は、『もっと早く手術を受ければよかった』とおっしゃいます。
HPにも記載しましたが、婦人科の先生に勇気を出してご相談なさっても、『普通』ですと言われます。
どこまでが‘普通’という定義はありません。
■ ■
見えない部分だから、気にしなくてよいという人もいます。
でも、一番気になる部分でもあるはずです。
何もしていないのに、人より大きくて黒かったら…。
手術で治るものなら、治してしまえば、一度で済むことです。
■ ■
札幌美容形成外科では、小陰唇縮小手術を受けていただいた方に
ビキニ奥の脱毛を、一回サービスでテスト照射することがあります。
せっかく、キレイになったので、毛も無くなれば一石二鳥です。
テスト照射の後で、脱毛に通われて無駄毛もなくする方もいらっしゃいます。
■ ■
見た目は顔だけではありません。
一重の目だって、しっかりものが見えれば、目としての機能には問題はありません(眼瞼下垂症は別です)。
外科的に治せるものでしたら、治してしまえばわからなくなります。
包茎手術も小陰唇縮小手術も、しっかり治せばキズはほとんど目立たなくなります。
最初に勇気がいるだけです。
■ ■
ナイロン糸という溶けない糸で縫合するのが、キレイに治すポイントです。
抜糸が必要になりますが、10分程度で終わります。
包茎手術も小陰唇縮小手術も、手術後の出血が一番問題になります。
昨年、お一人だけ手術後の出血がありました。
■ ■
幸い、適切に処置ができたため大事には至りませんでした。
どんなに丁寧に手術をしても、手術後のトラブルはゼロではありません。
札幌美容形成外科では、手術後2時間程度はお休みいただき、出血がないことを確認してからお帰りいただいています。
それでも、ちょっとしたことで出血することがあります。
■ ■
手術後の痛みは、2~3日こそ少し痛いものの、
その後は痛み止めを内服する必要もないくらいになります。
局所は生理食塩水で洗浄し、軟膏をつけてナプキンを当てるだけです。
包茎手術も小陰唇縮小手術も、一生に一度手術を受けるだけです。
悩んでいる方は、勇気を出してご相談ください。
医学講座
チンの皮で気管を作る
包茎手術についての日記が続いています。
今日のお話しは、少し学問的な話しです。
包茎手術から得たアイデアで、私が考えた独創的な手術法です。
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タイトルは、チンの皮と書きましたが、包茎手術で切除した皮膚のことです。
この余分な皮膚を使って、気管に穴が開いてしまった人の手術法を考案しました。
この研究は、私が札幌医大に在籍していた時に考えたものです。
日本形成外科学会でも発表しました。
PRSという、米国の権威ある雑誌にも掲載されました。
私が死んでも、後世に残る手術法だと考えています。
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次の写真は、甲状腺ガンの手術で気管に穴が開いてしまった方です。
手術が失敗したのではなく、気管にガンが浸潤(シンジュン:入り込むこと)していたので、気管も取る必要がありました。
ガンは手術で治りましたが、首に穴が開いているため声が出ません。
お風呂に入っても、水が入ってしまいます。

手術前です

手術後です
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この穴をふさぐ手術は、一見簡単そうで、とても難しい手術です。
なぜ?難しいかというと、気管という空気の通り道だからです。
呼吸をする時は、肺に空気を吸い込みます。
息を出す時には、肺から空気が出て、それが声帯を通る時に声が出ます。
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気管は気管軟骨という軟骨と粘膜でできています。
かなり頑丈に作らないと、圧で空気が漏れます。
薄い皮膚だけでふさいでも、圧がかかると漏れたり破れたりします。
気管の内面には、粘膜があります。
すべすべの粘膜がついていないと、痰がうまく出ません。
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ですから、気管を再建する時には、硬い骨と薄い粘膜を使う必要があります。
もともと、この気管再建は耳鼻科の先生の分野でした。
耳鼻科の先生は、気管再建につかう粘膜を鼻や口から採取していました。
ちょっと口の中にキズができても痛いですね。
風邪をひいて、鼻水が出るだけで具合が悪いものです。
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気管を再建するのに、鼻や口をキズつけないでできないでしょうか?
と耳鼻科の優しい女の先生から相談を受けたのがきっかけでした。
気管粘膜の代わりに皮膚を使うと、毛が生える恐れがありました。
皮膚を採取した部位にもキズが残ってしまいます。
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たまたま、気管再建を予定していた方は男性でした。
最初に私が考えたのは、どこかに毛が生えない皮膚はないか?
ということでした。
鼻や口の中を切ると、かなり辛いものです。
毛の生えない皮膚として、私の頭に浮かんだのが、包茎の皮でした。
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チンの皮で気管を再建するのは、私が世界ではじめてでした。
私は、この話しを、主治医の優しい先生にお話ししました。
その後、耳鼻咽喉科の氷見(ヒミ)教授にお話ししました。
主治医の先生も氷見教授も賛成してくれました。
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患者様とご家族にもお話しし、ご説明いたしました。
世界ではじめての手術でしたが、十分に成功する見込みがありました。
鼻や口を切らなくてもよいので、患者様にもメリットがありました。
こうして、チンの皮を使って、気管に開いた穴をふさぐ手術は成功しました。
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日本形成外科学会で発表した時に、女性はどうしますか?と質問されました。
女性でしたら、小陰唇の皮膚を使うと毛が生えません。
包茎手術も小陰唇縮小手術も美容外科医でなければ生まれない発想です。
鼻や口にキズをつけるより、患者様はずっと快適に手術を受けられます。
次の英文が、PRSに掲載されたタイトルと要約です。
気管に穴が開くことはめったにないことです。
今はもう自分ですることはありませんが、
私の手術法は、後世に残る手術法だと思っています。
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A Prefabricated Osteocutaneous Flap for Tracheal Reconstruction
Homma, Ken-ichi M.D.; Himi, Tetsuo M.D.; Shintani, Tomoko M.D.
Plastic and Reconstructive Surgery:Volume 111(5)15 April 2003pp 1688-1692
Sapporo, Japan
From the Chuoh Clinic of Cosmetic and Plastic Surgery, the Department of Otolaryngology, Sapporo Medical University.
Reconstruction of tracheal defects is a challenging problem for plastic surgeons and ear, nose, and throat surgeons. There should be a stable framework that is tolerant of negative pressure. The tracheal surface should be epithelialized to prevent granulation tissue growth and wound infection, and a stable and supportive framework is necessary to provide an airtight seal and normal phonation. We grafted penile skin on the periosteum of the clavicle to function as a tracheal surface epithelium. After a 4-week interval, the composite skin-periosteum-bone-muscle flap was used as the material of the tracheal reconstruction. The aim of this article is to present our operative procedures and the results.
医学講座
包茎手術のキズ
昨日は、包茎手術の価格について記載しました。
ネットで検索すると、包茎手術でキズが残り、被害に遭ったという情報があります。
しっかりしたクリニックで、腕の良い‘先生’に手術を受けると、包茎手術のキズはほとんどわからなくなります。
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‘被害に遭った方’の状況をネットで拝見すると、
通院不要
溶ける糸で縫合
キズが残らない手術法
などという、広告に問題があると思います。
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私が包茎手術をしても、トラブルになるリスクがある方はいらっしゃいます。
一番、キズが治りにくいのが糖尿病です。
一度も定期健康診断を受けたことがない方がいらっしゃいます。
自分で気づかないうちに、糖尿病になっていて、包茎手術の血液検査で見つかった方もいらっしゃいました。
その方は、手術後に糖尿病の治療もして、キズが問題なく治りました。
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『急に包皮に炎症を起こし勃起できなくなった』
と、受診された方が、何人かいらっしゃいました。
手術をせずに検査をして糖尿病が見つかりました。
糖尿病を治療しないと、治りません。
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通院不要は手術を受ける側にとって、魅力的な言葉です。
恥ずかしい思いをするのは、一度でたくさん。
通院が不要なくらい、‘簡単’な手術だと考えてしまいます。
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指をナイフで切ったことを考えてください。
縫合しなければならないほど切ったら、必ず抜糸には通院します。
溶ける糸で縫合し、通院もしないとは考えません。
どんなに丁寧に手術をしても、軽度の出血はあります。
指を切った時も、指を動かすと痛いですし、じっと安静にしています。
自分の大切な部分を切るのです。
手術の後は、安静にして半日くらいは休むべきです。
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形成外科で顔のキズを縫う時に使うのが、ナイロン糸という溶けない糸です。
このナイロン糸で縫合するのが、一番キレイに治る縫合法です。
HPに記載したように、‘溶ける糸’で縫合しても、糸は溶けないものです。
糸が溶けなかったところは、しこりになって固くなります。
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ネットで見る、問題があるキズは、たいてい瘢痕(ハンコン)という状態です。
縫い方がわるかったり、手術後の管理が悪いと瘢痕になります。
手術後の局所処置は、ご自分でも可能です。
ただ、手術事体が雑だったり、下手だったりすると、手術後に痛みも腫れも強くなります。
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包茎手術は、上手に手術をすると、手術から2~3日こそ少し痛いものの、
その後は痛み止めを内服する必要もないくらいになります。
私は、本人が気になるなら、包茎手術を受けるべきだと思います。
そして、どうせ手術を受けるなら早いうちに受けるべきだと思います。
一生に一度手術を受ければ、世界中どこへ行っても恥ずかしくありません。
ただ、慎重にクリニックを選んで手術を受けてください。
医療問題
包茎手術の価格
昨年1月16日にも、包茎手術について書きました。
同じことの繰り返しになりますが、女性にはわからない悩みが包茎です。
スポーツクラブや温泉に行っても、包茎の男性は必ずタオルで隠しているものです。
男同士でも、見られると恥ずかしいのです。
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包茎には、仮性包茎と真性包茎があります。
真性包茎の人が、無理に包皮をむいて、戻らなくなった状態を嵌頓(カントン)包茎といいます。
日本人男性の半数以上が仮性包茎といわれています。
半数以上が、仮性包茎なのだから、気にしなければそれでよいのです。
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ただ、気にしなければよいと言っても、気になるものです。
ネットで調べると、たくさんのサイトが出てきます。
スポーツ新聞には包茎手術の広告が掲載されています。
包茎手術○万円~
※軽微な仮性包茎に限ると小さな字で書かれています
この○万円~の『~』が問題です。
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○万円だと思って、受診してみると…
あなたは‘嵌頓包茎だから’と料金が倍になったりします。
私も雇われ院長だった時代には、同じようなことをしていたので、偉そうなことは言えません。
正直に申し上げると、本当に申し訳ないことをしたと反省しています。
業界の内情曝露になりますが、この○万円~の○万円で済むことは、まずありません。
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もともと、軽微な仮性包茎だったら手術を受ける必要もないのです。
本当に手術が必要なのは、真性包茎や嵌頓包茎です。
札幌美容形成外科では、開院して2年目までは、真性包茎や嵌頓包茎を保険診療で手術していました。
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保険診療で包茎手術をすると、驚くほど安くできます。
正直なところ、包茎手術は赤字でした。
罪滅ぼしのつもりで、保険診療で手術をしていました。
ところが、ここで問題が生じました。
他院で、‘嵌頓包茎(カントンホウケイ)’と‘診断’された方の中に、かなり仮性包茎がありました。
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一般的には、仮性包茎→真性包茎→嵌頓包茎と料金が高くなります。
スポーツ新聞の包茎広告に、小さな字で※軽微な仮性包茎に限る
と書いてあるのは、このためです。
ちょっとでも‘くびれ’があると、皮がむけても‘嵌頓包茎’になってしまい、料金が高くなります。
実際は、ちょっときつくても皮が剥ければ仮性包茎です。
仮性包茎は保険で手術はできません。
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このトラブルが増えたため、2006年8月で包茎手術の保険診療は中止いたしました。
厚生労働省は、医療費の削減に躍起です。
包茎手術の手術点数(手術料金)を上げると、医療費が増えるので、包茎手術の保険点数は上がりません。
今後も、包茎手術を積極的に保険診療で手術する診療所や病院はないと思います。
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包茎専門クリニックにもいろいろなところがあります。
平日は閉院していて、手術のある日だけ、東京から‘先生’とスタッフが来る診療所。
高いけれど、先生の腕や技術はあるところ。
高いし、‘先生’もアルバイトの‘先生’が手術をするところ。
広告や料金だけではわかりません。
一生に一度の手術です。
慎重にクリニックを選んで手術をうけてください。