医療問題

子育てと当直

 私が20年以上前に…
 勤務していた病院でのことです。
 一人で子育てをしていらした…
 女性の先生がいらっしゃいました。
 小さな子どもさんが一人いました。
 両親に頼らずに…
 一人でがんばっていらっしゃいました。
      ■         ■
 その病院には当直がありました。
 小さな子どもさんがいるという理由で、
 当直免除にはなりませんでした。
 院内保育施設もありませんでした。
 当時、多くの女医さんが利用していたのは、
 無認可の保育所や…
 ベビーシッターでした。
 夜遅くまで預ってくれる、
 認可保育所はありません。
      ■         ■
 女医さんたちがよく言っていた言葉です。
 保育料が高くて…
 何のために働いているのかわからないゎ。
 当直が当たると…
 完全に赤字ょ
 今はどうかわかりませんが、
 女性医師が就業したくても…
 子育てと当直はなかなか両立しません。
      ■         ■
 一人で子育てをしていた女医さんは、
 子どもさんを連れて、
 当直室でいっしょに泊まっていたこともありました。
 ベビーシッターの手配がつかなかったのでしょうか?
 幸い、
 夜間に急患が来るような病院ではなかったので、
 子連れ当直でも…
 何とかなったのだと思います。
      ■         ■
 20年以上たってから…
 たまたま成人した子どもさんに会う機会がありました。
 たくましい青年に成長しており、
 一瞬、昔、当直室に泊まった子とはわかりませんでした。
 『お母さんは苦労して僕を育ててくれた』と…
 その子は話してくれました。
 さすがに当直室に‘お泊り’したことは…
 覚えていないようでした。
      ■         ■
 とても優しい青年になっていました。
 私はその苦労された先生の顔と…
 たくましく育った青年を見比べて…
 『大変だったけど…』
 『こんなに立派に成長されて…』
 『よかったですね』
 と心の中でつぶやきました。

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院長の休日

育児休業後の復職

 現在の国の制度では、
 育児休業は原則として1歳までです。
 特例として…
 1歳6ヵ月まで認められることもあります。
 厚生労働省HPによると…
 1歳6ヵ月まで延長できるのは、
 次の場合です。
      ■         ■
 1歳6か月まで育児休業ができるのは、
 次の(1)、(2)のいずれかの事情がある場合です。
 (1)保育所に入所を希望しているが、入所できない場合
 (2)子の養育を行っている配偶者であって、1歳以降子を養育する予定であったものが、死亡、負傷、疾病等の事情により子を養育することが困難になった場合
 育児休業中の労働者が継続して休業するほか、子が1歳まで育児休業をしていた配偶者に替わって子の1歳の誕生日から休業することもできます。
      ■         ■
 お役所の文章はわかりづらいです。
 ①保育所に入所できない時。
 ②お母さんが亡くなるか病気になる。
 ③お父さんが亡くなるか病気になる。
 ということだと思います。
 復職するどころの話しではありません。
      ■         ■
 保育所は…
 どこもすごい順番待ちです。
 保育所に入れるかどうかも…
 ギリギリまでわかりません。
 札幌市の保育所の場合は、
 親の収入によって保育料も違います。
      ■         ■
 子どもさんが1歳になった頃は…
 よく熱を出します。
 私が北大形成外科の病棟チーフだった時、
 1歳頃の子どもの患者さんが、
 手術当日に熱を出して…
 よく手術が中止になりました。
      ■         ■
 大学病院は、
 手術室を使える日が科によって違います。
 熱を出して手術が中止になると…
 次の手術はいつになるかわかりませんでした。
 せっかく期待して手術に臨んだのに、
 両親もがっかりということがありました。
      ■         ■
 1歳でお母さんが復職したとたんに…
 子どもさんが病気がちになり、
 その度に、保育園から呼び出される…
 というのがよくあります。
 保育園としても…
 病気の子どもは預かれません
 他の子にうつると困ります
 という方針です。
      ■         ■
 病気で保育園を休んでも…
 保育料はしっかり定額を取られます。
 復職後に…
 子どもが熱を出しても、
 安心して職場に出られるように、
 病気の子をみてくれる…
 おばあちゃんでもいなければ、
 安心して働くことはできません。
      ■         ■
 昨日の院長日記に引用させていただいた、
 勝ち負けと違う幸せの方が
 退職された理由はわかりません。
 働く女性が安心して子育てができる政策が必要です。
 病気の子どもでもみてくれる、
 保育園などの整備ができていません。
 子どもは熱を出すものです。
 お母さんが出張中でも、
 子どもを安心して預けられる…
 そんな施設が必要だと思います。

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院長の休日

勝ち負けと違う幸せ

 平成22年10月10日、朝日新聞朝刊、ひとときへの投稿です。
 勝ち負けと違う幸せ
 7年勤めた会社を先日、やめた。出産後に復職し、家事も育児も仕事も必死にこなしてきた1年だったが、諸事情から退職を選択せざるを得なくなった。会社や大学の同期がバリバリ働く姿を見て、少し負けたような気持ちにもなった。
 さて、初めての専業主婦。2歳の娘とべったりの毎日。何をして過ごしたらいいのだろうと戸惑い、手始めに夫のワイシャツを洗うことから始めた。
 漂白剤と洗剤をドサッと洗濯機に入れるのをやめ、襟汚れはセッケンと歯ブラシでこすってから。胸ポケットのほこりも丁寧に取り除く。酷暑に負けず、掃除洗濯に毎日大汗を流した。
 急に涼しくなった朝、さて今日も襟汚れを……と見ると、それほど汚れていない。そうか、秋が来たんだ。季節の変わり目を夫のシャツで感じたら、とても幸せな気持ちになった。
 娘と毎日行く公園でも落ち葉が舞い始めた。砂場で砂のケー牛を作り、どんぐりと枯れ葉で飾った。
 今まで通り過ぎてしまっていたことを、感じることができる。勝ち負けで考えていた自分がバカらしくなった。子どもが大きくなれば、こんな時間もまた持てなくなるだろう。
 私自身も、また会社勤めに戻りたい。それまでは主婦業に必死に取り組み、今しか感じられない幸せを積み重ねていきたいと思う。
 広島市 川上麻子 主婦30歳
 (以上、朝日新聞より引用)
      ■         ■
 私の子どもが小さい頃に…
 高熱が続いて入院しました。
 幸いにも、
 伝染性単核球症という病気で、
 一週間の入院で元気になりました。
 当時、
 小児科の大先生から、
 子どもさんと遊んであげてください
 といわれました。
      ■         ■
 函館の想い出③という、
 2009年5月13日の院長日記に書きました。
 仔犬と同じで、
 子どもは小さいうちが一番可愛いのです。
 大きくなったら…
 どんなに遊ぼうと言っても…
 勝手に自分たちでどこかへ行ってしまい…
 親とは遊ばなくなります。
 そのうち、家にはいなくなります。
 自分たちもかつてそうだったことに…
 自分が親になって気付きました。
      ■         ■
 子育ては大変です。
 24時間365日、休みなし。
 有給休暇も代休もありません。
 他に代わってくれる人もいません。
 保育園に預けて仕事へ出ても…
 ちょっとでも熱が出ると…
 すぐに保育園から電話で呼び出しです。
 同僚や上司に謝って…
 保育園までお迎えに行き、
 ようやく小児科へ行っても順番待ち。
      ■         ■
 働きながら子育てをするのは、
 想像以上に大変です。
 投稿者の30歳の主婦の女性も、
 きっと仕事がよくできる方だと思います。
 仕事は…
 子どもさんが大きくなってからでも…
 またチャンスはあります。
 今は、小さな幸せを見つけて、
 二度と得られない貴重な時間を、
 大切になさってください。

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医学講座

第33回日本美容外科学会(京都)③

 学会報告の最後です。
 今回の日本美容外科学会は、
 いわゆる形成外科系の日本美容外科学会です。
 形成外科専門医の先生が多い学会で、
 発表してくださった先生も、
 大多数が形成外科出身です。
      ■         ■
 学会に参加して感じることは…
 先生によって…
 実に手術方針が違うことです。
 私は、
 イメージは自然
 自然な仕上がりを大切にします
 をコンセプトとして手術をしています。
      ■         ■
 同じ形成外科専門医でも、
 その先生の考え方によって、
 実にさまざまな手術法があります。
 私とは正反対に、
 患者(お客)さん求め(ニーズ)に応じて…
 技術的に可能ならば、
 どんな手術でも、
 引き受ける先生がいらっしゃいます。
      ■         ■
 私たちのような、
 ナチュラル派の医師が見ると…
 あんな手術やっちゃって…
 あの20歳の女性が…
 50歳になったら…
 どんな顔になるのかなぁ~?
 というような手術もありました。
      ■         ■
 私は…
 もの足りない…
 もう少し二重の幅を広く…
 と言われることがあります。
 幅の狭い二重は広くすることができますが、
 一度、広く全切開された二重を…
 元に戻すのは至難のわざです。
      ■         ■
 人間は後悔する生き物です。
 整形したけど、
 よ~く考えたら…
 やっぱり元に戻したい
 と思った時に…
 回復不可能なほど…
 お直しする勇気は、
 とても私にはありません。
 自分と相性が合った先生を見つけるのは、
 を選ぶ以上に大切だと思います。 

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医学講座

第33回日本美容外科学会(京都)②

 今回の学会第2日目、
 平成22年10月8日(金)の発表で
 印象に残ったのが、
 パネルA-9
 PRP療法は効果があるのか
 でした。
 座長はこまちクリニック
 土井秀明先生でした。
      ■         ■
①PRP注射による老化皮膚改善は期待できるか
 久保田潤一郎クリニック
 久保田潤一郎先生
②PRP注入療法の臨床効果を左右する要因に関する考察
 柴田美容皮膚科クリニック
 柴田節子先生
③塩基性線維芽細胞成長因子(b-FGF)添加PRP注入治療の効果と副作用についての症例検討~フィラー治療として~
 飯尾形成外科クリニック
 飯尾礼美(よしみ)先生
④新しいフィラーとしてのPRP療法の有用性とリスク対策
 烏丸姉小路クリニック
 林寛子(ともこ)先生
⑤血小板血漿(Platelet Plasma)を用いたアンチエイジング治療の基礎から臨床
 (医)貴順会吉川病院美容皮膚形成
 川添剛先生
①~⑤の5人の先生がパネリストでした。
      ■         ■
 PRP療法というのは、
 自分の血液から血小板という成分を取り出し、
 これを顔に注射することによって、
 シワや『たるみ』の改善をはかるものです。
 久保田潤一郎先生と
 松田先生が日本ではじめて発表されました。
      ■         ■
 自分の血小板を取り出して、
 それを注射するので…
 安全というのが売りです。
 ところが…
 血小板だけでは、
 効果が不十分なので、
 グロースファクター(bFGF)を入れた治療を、
 ⑤の川添先生がはじめられました。
      ■         ■
 このグロースファクター(bFGF)とは、
 やけどの治療でご紹介した、
 フィブラストスプレーです。
 発表された5人の先生のうち、
 飯尾先生、
 林先生、
 川添先生の3人が、
 bFGFを使っていらっしゃいました。
      ■         ■
 飯尾先生は、
 ご自身のお母様にも使われ…
 先生の額に注射して、
 そこを切除して、
 病理検査までなさっていらっしゃいました。
 副作用が出た症例も発表され、
 飯尾先生の正直なお人柄が出ていました。
      ■         ■
 私は、
 今回のご発表を聞いて…
 将来、bFGFを使った…
 美容医療が、
 若返り治療の主流になると感じました。
 ただ、残念なことに、
 不適切な使われ方によって、
 良くない結果が出ていることも事実です。
      ■         ■
 こういう治療こそ、
 大学医学部の美容外科部門で、
 しっかりと研究を重ねて…
 正しい使われ方をして欲しいと思いました。
 よく効く薬ほど、
 使い方を誤るととんでもないことになります。
 札幌美容形成外科では、
 まだこの治療法は行いません。

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医学講座

第33回日本美容外科学会(京都)①

 京都で行われた、日本美容外科学会の報告です。
 10月7日(木)と8日(金)に
 京都駅にある、
 ホテルグラヴィア京都で開催されました。
 とても立派なホテルでした。
 駅とホテルが同じ建物です。
      ■         ■
 学会長は…
 カメイクリニックの亀井康二先生です。
 10月7日(木)の学会一日目で、
 一番印象深かった講演は、
 沖縄の新垣形成外科
 新垣(あらかき)実先生のご発表でした。
 痩身希望の治療戦略
 ご自身の体験から、
 医学的に正しいダイエット法を勉強され、
 見事に痩せられて
 先生ご自身が、
 とてもスマートな体型でした。
      ■         ■
 脂肪吸引でも吸引できないのが、
 内臓脂肪です。
 小腸や大腸の腸間膜(ちょうかんまく)
 通称、間膜(かんまく)と呼びます…
 には…
 血管が見えなくなる位…
 脂肪がつきます。
      ■         ■
 このような内臓脂肪は、
 どうやっても外科的に取ることはできません。
 中年のメタボ体型の…
 おっさんの脂肪吸引なんか…
 どんなことをしても無理なのです。
 新垣先生が最初に出されたスライドは、
 ご自身のお腹でした。
      ■         ■
 先生は形成外科医でありながら、
 栄養学を勉強されて、
 メタボ体型治療する、
 秘密兵器について伝授してくださいました。
 先生が治療なさった、
 琉球舞踊のお師匠様は、
 顔だけではなく、
 体型まで、
 とてもきれいになっていらっしゃいました。
      ■         ■
 外科的な治療ではなく、
 栄養学からの作戦です。
 内科医にもできない…
 米国製のお薬を使った治療は、
 今までに見たことがない、
 実に斬新な戦略でした。
 どんなにがんばっても、
 ダイエットできない方は、
 是非、沖縄へ行ってください。

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院長の休日

ノーベル化学賞

 平成22年10月7日、朝日新聞の記事です。
 「アンビリーバボーだね」「50年来の夢が現実になった」。6日、ノーベル化学賞受賞の知らせを受けた日本人研究者2人は、好対照な反応を見せた。温和と評される鈴木章さん(80)、シャープな根岸英一さん(75)。2人は1960年代、米国の大学で同じ恩師に学んだ。後輩たちは快挙を喜んだ。
 鈴木章さんが知らせを受けたのは札幌市近郊、北海道江別市の自宅。午後6時20分すぎだった。
 「電話にワイフが出て、女性が英語で『ハロー』と言ったらしいが、私が代わったらすぐに切れた」
 外国からの電話は珍しい。「なんかアンビリーバブルなことが起きたのかなあ」と思っていたころ、再び電話がかかってきた。今度は男性。ノーベル賞委員会と名乗った上で「コングラッチュレーション!(おめでとう)」。「すぐに『うれしい』とか、特になかった。とにかくびっくりしている」。妻の陽子さん(79)も「夢のよう。信じられません」と言った。
 「アンビリーバボーだね」。鈴木さんは玄関前に詰めかけた報道陣にこう語り、長年研究を続けてきた札幌市の北海道大学へ。午後8時から、同大で記者会見にのぞんだ。「理科系を目指す日本の若者が減っているのが大変嘆かわしい。資源が何もない国は、人と、その人の努力で得た知識しかない。特に理科系の発展は大事だと思います」。緊張気味だが、言葉には力がこもる。「これから何歳まで生きられるか分からないが、若い人に役立つ仕事をしたい」
 そんな鈴木さんも、自宅ではあまり研究の話はしなかったという。千葉市に住む長女の佐藤恵理子さん(50)は「明るくて陽気。そしてお酒が大好き。よく家のテレビで一緒にドリフターズを見た」と話す。
 恵理子さんの「理」の字は、当時鈴木さんが勤務していた理学部にちなんで付けられたという。「研究内容はよく分からない。私は文系に進んだけれど、生きていることは楽しいということを教えてもらいました」
 10年くらい前から「ノーベル賞を取るかもしれない」と言われながら逃してきた。「でも、くよくよする様子は全くなかった。オプチミスト(楽天家)なのだと思う。天衣無縫で、自然体。魂のきれいな人です」と恵理子さん。孫娘が小学生の時には、ベレー帽をかぶった鈴木さんが参観日でもないのに小学校を訪ね、教室の外から眺めることもあったという。
 横浜市に住む次女の鈴木里香子さん(47)も「何をしている人なのか、私は中学生くらいまで知らなかった」と言う。「週末は休み、夜も9時ごろまでには帰宅していた。無欲で、これといった趣味もない。私たち娘には甘い父でした」
 (以上、朝日新聞より引用)
      ■         ■
 次は北海道新聞HPから引用しました(2010/10/06 )
 「北大で研究できて幸せ」ノーベル賞受賞の鈴木氏が記者会見
 ノーベル化学賞に輝いた鈴木章・北大名誉教授(80)は6日、札幌市北区の母校、北大で記者会見し、「図らずも名誉ある賞を受賞できて、非常にうれしい。受賞は多くの同僚や学生たちのおかげ。北大で研究できて幸せ」と喜びを語った。
 自身が発見した化学反応「鈴木カップリング」が生活に身近な分野に応用されていることについて、鈴木名誉教授は「研究者は皆、社会に貢献できる仕事をしたいと考えているが、なかなかできないもの。この研究を始めた当初はあまり役に立つと思っていなかったので、非常にラッキーだった」と述べた。
 北大での研究環境を「研究者や学生だけでなく、当時の学長も皆、親身で、不自由を感じることはなかった」と振り返り、「米国でも英国でも、良い大学は必ずしも大都市にあるとは限らない。札幌の静かな環境で研究できて良かった」と強調した。
 さらに、「資源のない日本では科学の発展は非常に重要」と訴え、自身の今後について「若い人たちのために役立つ仕事をしていきたい」と語った。
 (以上、北海道新聞より引用)
      ■         ■
 鈴木先生のノーベル化学賞受賞、
 ほんとうにおめでとうございます。
 明るい話題がなかった北海道に、
 勇気をくださいました。
 北海道に生まれ育った者にとって、
 ほんとうに嬉しく思います。
      ■         ■
 私が住んでいるマンションから、
 北大がよく見えます。
 北大の緑が近いので、
 今の住まいを気に入っています。
 鈴木先生が学生時代を過ごされた、
 北大理学部は、
 現在は北大博物館になっています。
      ■         ■
 私が予備校時代にお世話になった
 矢野雋輔先生も北大理学部のご出身でした。
 予備校時代の化学の先生は、
 北大理学部大学院の
 橋本先生でした。
 北大は私の憧れの大学でした。
      ■         ■
 北海道新聞社のインタビューで、
 「米国でも英国でも、良い大学は必ずしも大都市にあるとは限らない。札幌の静かな環境で研究できて良かった」と強調した。
 と書かれていました。
 札幌は静かで美しい街です。
 もうすぐ…
 北大構内は紅葉がはじまります。
 日本美容外科学会で京都に来ています。
 今日は一日嬉しい日でした。
 学会の話題は明日以降に掲載します。

su
北海道新聞より引用

 

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昔の記憶

ANA778便

 明日から京都で日本美容外科学会です。
 今日は15:00までの診療の後で、
 大阪経由で京都へ行きます。
 18:00発のANA778便です。
 全日空778便は…
 私にとって…
 想い出の飛行機です。
      ■         ■
 私は北大形成外科の研修医でした。
 家内が住んでいたのが…
 兵庫県西宮市です。
 西宮を‘にしのみや’と読むことも、
 甲子園球場があることも知りませんでした。
 結婚する前に…
 緊張して行きました。
      ■         ■
 30年前には、
 関空も神戸空港もなく、
 大阪国際空港(伊丹空港)が、
 関西唯一の空港でした。
 当時は日曜日だけが休み。
 北大病院も…
 土曜日に外来をしていました。
      ■         ■
 研修医の休日は…
 月に2回程度の休みだけ…?
 日曜日も回診や…
 当直のアルバイトに行っていました。
 土曜日の夕方の便で…
 千歳→大阪へ行き。
 日曜日の午後の便で…
 大阪→札幌に戻るという…
 短時間のデートでした。
      ■         ■
 土曜日に心ときめかして搭乗したのが…
 ANA778便でした。
 日曜日の帰りの便が…
 ANA776便です。
 今は伊丹空港からの便が少なくなり、
 ANA776便はないようです。
 伊丹空港への着陸は、
 大阪市内上空から進入します。
      ■         ■
 左側の窓際(座席番号A)に座っていると…
 着陸する前に大阪城が見えます。
 あぁ…
 もう少しで大阪だなぁ~と思っていると…
 皆様、当機は間もなく着陸いたします。
 シートベルトをしっかりとお締めください。
 という機内アナウンスが聞こえてきます。
      ■         ■
 私が…
 人生で一番楽しかった頃です。
 研修医の給与は安く…
 お金もありませんでしたが…
 胸をときめかせた頃でした。
 今は…
 どちらが認知症になっても困るので…
 ぼけないようにしよう!
 という毎日です。
 今日は想い出の778便で大阪へ行くので、
 早めに日記をUPいたします。


結納の日

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院長の休日

もっと新聞を読もう!

 昨日の院長日記、
 元気をもらったに…
 メガネ様からコメントをいただきました。
 私が楽しみにしているコラムに、
 朝日新聞のひととき
 北海道新聞のいずみがあります。
 読者の投稿欄とか、
 天声人語も好きですが、
 女性限定の…
 ひとときいずみには、
 素晴らしい作品があります。
      ■         ■
 土曜日の朝日新聞には…
 【男のひといき】もあります。
 過去に、
 2008年9月13日に、
 広島県でマンション管理人をしていらっしゃる、
 井手本_猛_様_63歳の
 あいさつが教えてくれたこと
 2010年3月21日には、
 千葉県松戸市_松岡清三_様_79歳の
 さいごのおべんとう
 を引用させていただきました。
      ■         ■
 さいごのおべんとうは、
 79歳のおじいちゃんが、
 お孫さんのために…
 幼稚園のお弁当を作ったお話しでした。
 読んでいて、
 気持ちがあたたかくなる文章でした。
 新聞には、
 TVにもネットにもない、
 ほのぼのとした味わいがあります。
      ■         ■
 私の友人に、
 新聞記者や新聞社幹部がいます。
 広告収入の減少と…
 購読者の減少で…
 どこの新聞社も大変なようです。
 米国では、
 廃刊になった新聞社もあると聞きました。
 私の息子(大学生)も、
 新聞を読んでいません。
      ■         ■
 これから就職試験を受ける学生さん。
 試験の面接官は、
 私のようなおやじです。
 以前、受講していた、
 北海学園大学経営学部経営学科の、
 ニトリ講座でも、
 講師の先生が新聞を読むことをすすめていました
 就職試験に新聞は必須科目です。
      ■         ■
 今日の朝日新聞には、
 英語塾経営者の方が、
 紙の辞書を引けない子どもたちのことを投稿されていました。
 今は電子辞書が主流になりました。
 確かに…
 重い紙の辞書より便利です。
 でも、
 ABCDの順番に並んでいる、
 辞書を引けないのは困ったものです。
 ネットのニュースだけではなく、
 もっと新聞を読んでください
 必ず役に立ちます。

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院長の休日

元気をもらった

 平成22年10月4日、北海道新聞朝刊、いずみへの投稿です。
 元気をもらった
 9月初め、朝からの激しい雨に店の客足が鈍く、大輪の水色のアサガオが、午後を過ぎても咲いている。そんな中、見覚えのある女性客が2人いらした。1人はいつも帽子を目深にかぶり、食事の時も取らない。
 帰り際「これ、受け取っていただけますか」と夫にクッキーを差し出した。戸惑う夫に「大病した記事を読みました。再起して、職人の味を味わわせていただいたお礼です」と彼女は言った。そして「私、骨髄移植を受けるんです。これ、かつらなんですよ」と帽子を取り、かつらを外した。
 その姿を見て絶句した。若い女性が、髪の毛の抜け落ちた姿を他人に見せる。それだけでも、ありえないことなのに、クッキーを焼き、雨の中を隣町から来てくださったなんて、涙がこぼれそうになった。彼女は病気になって食の大切さを知ったと言う。「そばは、かめばかむほど甘いんですもの。ここのお店に来るのは4回目です」と言ってほほ笑んだ。
 夫の病気で長年営んだ日本料理店を閉め、今のそば店を開いた2度目の再出発から2年半が過ぎた。老いてからの挑戦はのみ込みが遅く、戸惑いの日々だった。でも、調理場の中だけで料理作りに明け暮れていた時と異なり、いろいろなお客さまと会話ができ、夫は楽しそうに接客をこなしている。この時も、骨髄移植を間近に控えた彼女から、全身にあふれんばかりの元気をいただいた。
 中川厚子(64歳・自営業)=北見市
      ■         ■
 若い女性のお客様の骨髄移植が成功することを、
 心からお祈りしています。
 髪の毛がなくなるのは辛いものです。
 毛が抜けるのは、
 化学療法(抗癌剤)のためです。
 身体はだるくなり、
 食欲も落ちます。
      ■         ■
 投稿者の中川様のお店の…
 お蕎麦(そば)が…
 食欲が落ちた身体に…
 ちょうどよかったのかも知れません。
 ご飯はだめでも…
 他のものなら大丈夫ということもあります。
      ■         ■
 私は、骨髄移植を受ける患者さんの…
 主治医に依頼されて、
 傷の手当てをしたことがあります。
 知り合いの先生の奥様は、
 抗癌剤で髪が一時期少なくなりました。
 洗髪をすると、
 信じられない量の髪が抜けたそうです。
      ■         ■
 その奥様は、
 今はすっかりお元気になられ、
 また元の髪が戻っています。
 大病をして、
 日本料理店→そば店になられた、
 中川様のご主人も、
 中川様ご本人も大変だったことと思います。
 私もこの投稿で元気をいただきました。
 いつか北見へ行って…
 お蕎麦を食べてみたいです。
      ■         ■
 ネットで検索したところ、
 投稿者の中川様は…
 こちらのお店のような気がします。
 生蕎麦(きそば)なか川
■住所:北海道北見市北11条東2丁目13-3
■TEL:0157-24-8857
■営業時間:午前11時〜午後3時
■定休日:不定休

生蕎麦(きそば)なか川HPより写真を引用しました。

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