医療問題

救急救命センター休止

 平成19年10月12日北海道新聞朝刊の記事です。
日鋼記念病院 「救急救命センター」を休止へ
      ■         ■
 【室蘭】医療法人社団カレスアライアンス(室蘭)が経営する日鋼記念病院(室蘭市新富町)は11日、医師不足から、高度救急医療(三次救急)を担う「救急救命センター」を休止する方針を固めた。近く、道などに意向を伝える。救命救急センターの休止は全国初。
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 日鋼記念病院は今年9月、同社団の西村昭男理事長の解任に伴い、前院長を含め西村氏に近い医師ら5人がすでに退職。11月末までにさらに5人の退職が決まっており、医師は69人にまで減る見通し。退職医師には循環器科の4人や脳神経外科、形成外科の各1人が含まれているため、救急救命センターの機能維持は難しいとの判断に傾いた。
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 救急救命センターは、重症の救急患者を治療するための医療機関として、都道府県知事が定める。交通事故の負傷者や心筋梗塞(コウソク)、脳卒中などの治療に当たるが、日鋼記念病院は医師不足から脳神経外科と循環器科の新規患者の診療をすでに休止し、救急救命センターも事実上の休止状態となっていた。
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 同病院は、センターを当面の休止とし、医師が確保できれば復活したい考え。救急救命センターは全国に約200カ所、道内に10カ所あるが、厚生労働省は「休止や廃止は聞いたことがない」としている。
 同社団の混乱は、同社団が経営する天使病院(札幌)の別法人への移管問題が発端。移管を提案した西村前理事長に病院職員が反発、天使病院の産婦人科医師6人が退職を申し出る事態になった。その後、9月の臨時社員総会と理事会で西村氏が解任され、西村氏に近い日鋼記念病院の医師の退職が相次ぐなど、混乱が室蘭に飛び火した。
 以上、北海道新聞の記事より引用。
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 救命救急センターは一刻を争う救急患者の救命を行うセンターです。日鋼記念病院救命救急センターへは札幌医大から優秀なスタッフが派遣されていました。
 来年の洞爺湖サミットの際に、一番近くて頼りになるのが日鋼記念病院です。
 日鋼記念に救命救急センターがなくなると、万一の際は、ヘリで札幌まで搬送です。
  ヘリは悪天候に弱く、霧が出て視界が悪ければ飛べません。そうなると、高速道路を使って救急車で搬送です。
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 循環器センターもなくなってしまったので、もし、サミットで日本や外国の首脳が心筋梗塞になっても治療ができません。
 札幌まで搬送している間に、手遅れになります。
 そんなことは、北海道の医療行政を担当していれば、すぐにわかることです。
 カレスアライアンスの事情もわかりますが、とても残念なことです。
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 サミットは来年ですが、室蘭市を中心とする登別市、伊達市など近隣住民の方にはもっと切実な問題です。
 一医療法人の問題ではありません。西村先生は、北大第一外科助教授から、室蘭の日鋼病院へ赴任され、見事に病院を建て直されました。
 その業績は、医療界では有名な話しです。
 救命救急センターは、地域住民にはなくてはならないものです。一度休止してしまうと、優秀なスタッフもバラバラになってしまい、再建するのも容易ではありません。
 一日も早く、正常な状態に戻って欲しいと願っています。

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看護師の活用

 平成19年10月11日朝日新聞夕刊の窓-論説委員室から-に、看護師の活用という記事が記載されていました。
 以下は朝日新聞の記事です。
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 病院で働く看護師の技術や能力をもっと高め、医師だけに許されている「診断や治療」の一部を、看護師もできるようにしてはどうか-。
 国立病院機構の矢崎義雄理事長は最近、こんな思いを強めている。
 医療行為は医師しかできず、看護師は患者の世話にあたる、と法律で定められている。その壁に少し風穴を開けることはできないか、というのだ。
      ■         ■
 例えば手術。米国の医師は高い技術が求められる執刀にあたり、それ以外の仕事は専門の看護師や医療技師が支える。ところが、日本では若い医師が看護師や技師の仕事まで代行することが多いという。
 病棟でもそうだ。米国では専門の看護師が簡単な医療を次々とこなす。しかし、看護師の裁量の幅が狭い日本では、若手医師が検査や診療に駆け回る。
 医療をすべて米国式にする必要はない。しかし、看護師らにも医療の一部を担ってもらい、医師は専門性の高い仕事に専念できる仕組みをもっと考えていい。
      ■         ■
 というのも、病院の医師不足は、医師の絶対数が少ないこともあるが、医療のすべてを医師が担うため、仕事が過酷になっていることも遠因となっているからだ。
 問題は、責任が重くなる看護師の理解と協力が得られるかだ。
 しかし、4年制の看護大学が増え、小児医療やがん専門の看護師の養成も進んでいる。権限の委譲を歓迎する看護師は意外と多いのではないか。〈梶本章〉
 以上、平成19年10月11日朝日新聞夕刊 窓-論説委員室から-より引用
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 日本では看護師が点滴の針を刺したり、静脈注射をすることが、つい10年くらい前までは‘正式に’認められていませんでした。
 私が医師になった時は、どんなに新米で点滴が下手くそでも、点滴の針を刺すのは新人医師の仕事でした(北大病院では)。
 地方の病院や大学病院以外では、看護師さんがごく当たり前に点滴をしていましたが、北大だけは違いました。
      ■         ■
 手術室の器械出し(直接介助)という仕事があります。医師国家試験にも看護師国家試験にも、手術で使う器具の名前は出ません。講義でもあまり教えません。
 手術室ナースは、術者の指や手の動き、手術の流れを読んで、的確に器具を手渡しします。
 よくTVなんかで見る、『メス!(私はメスとは言いませんが)』と言って、ポンと渡すアレです。
 これがテキパキできるのは優秀なナースです。
      ■         ■
 北大では17:00になると、ナースは勤務時間が終了するので、研修医に交代していました。
 ナースは文部技官で時間外手当を払わなくてはいけませんが、研修医はタダで使える(時間外手当無し)ので研修医に交代です。
      ■         ■
 私たちが研修医の頃は、仕事の大部分が医師免許がなくてもできるような雑用でした。
 臨床研修医制度で大学病院が嫌われ、都市部の一般病院に人気があるのも、そんな伝統があるからかもしれません。
 今すぐに、看護師の業務が拡大するとは考えられません。
 厚生労働省は看護師免許でできる業務、医師免許でできる業務を明確にすべきだと思います。

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シオゾールと光治療

 日本美容外科学会で湘南鎌倉総合病院の山下理絵先生が、とても興味深い注意を喚起してくださいました。
 山下先生は日本美容抗加齢医学会会長で、レーザーや光治療による、若返り治療がご専門です。
 今回の学会でも、IPLやレーザーを用いた皮膚の若返りについて座長やコメンテーターをなさいました。
      ■         ■
 シオゾールという薬があります。主成分は金チオリンゴ酸ナトリウム、塩野義製薬㈱で作られた、リウマチの薬です。
 この薬の特徴は成分に金(ゴールド)を含むことです。
 金製剤は、もともと抗結核薬として使われてきましたが、その過程でリウマチに対する治療効果が認められました。
 シオゾールは注射薬で、投与を続けると、体内に金がたまっていき、おしっこによって排泄されます。
 1970年に販売を開始した古くからある薬です。患者さんの中には、投与を受けたことを忘れてしまっている方もいると思います。
      ■         ■
 この金(キン)の注射を受けたリウマチ患者さんが、光治療を受けて、皮膚に残っていた微量の金が光に反応して、通常では起こらない反応が出ました。
 山下先生が出された症例の女性は、光治療を受けた顔が青く変色していました。
 治療をする側も、された側も、まさかこんな反応が起こるとは夢にも思わなかったと思います。
 シオゾールの添付文書を読んでも、投与後に光治療を受けると、皮膚が変色するとは書いていません。
      ■         ■
 山下先生の別の症例では、金の糸による治療を受けていて、治療を受けたことを話さないで、光治療を受け、副作用が出た方がいらっしゃいました。
 他のクリニックで受けた治療内容を、正直に申告してくださらない方もいらっしゃいます。
      ■         ■
 メスを使わない治療は、ともすれば‘安全’‘副作用がない’と考えられがちです。
 レーザー機器のメーカーも製薬メーカーもこのような副作用については承知していないと思います。
 もちろん厚生労働省からは何の通達も出ていません。そもそも、レーザー機器の大部分は厚労省から認可されていないので、国はどんな治療機器が使われているかも知らないと思います。
      ■         ■
 金の糸や金の注射を受けた方は、くれぐれも安易に光治療を受けないでください。。
 巷では、レーザー治療だ、IPLだ、光治療だと、エステですら‘治療’がおこなわれています。
 私は重篤な副作用が問題になる前に、厚生労働省がもっとしっかり指導すべきだと思います。

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修正手術の難しさ

 日本美容外科学会で10月7日(日)に聖路加国際病院形成外科の小松一成先生が、「当院におけるsecondary blepharoplastyへの遊離脂肪移植の検討」という演題を発表されました。
 聖路加国際病院形成外科は大竹尚之先生をトップとする日本でもトップクラスの形成外科です。
 大竹先生は元北里大学形成外科助教授、№2の松井瑞子先生は元東京慈恵医大形成外科講師でスタッフも超一流です。
 先日書いた、塩谷先生のお薦めが大竹先生です。
 聖路加国際病院形成外科の特徴は、他院で手術を受けたが、結果が不満足だったので修正を希望される方が多いことです。
 私も本州からメール相談を受けた方には、大竹先生をご紹介しています。
      ■         ■
 secondary blepharoplastyとは二次的眼瞼形成術と訳します。簡単に言うと修正手術のことです。
 修正手術は、一度も手術を受けたことがない人に比べて、手術が何倍も十倍以上も難しいのです。
 聖路加国際病院では2004年4月から2006年4月までの2年間に、245例の眼瞼形成術を行い、そのうち154例が修正手術でした。63%が修正手術というのは、他の病院ではない数字です。
      ■         ■
 修正手術が難しい理由は、前の手術により瘢痕というキズが皮膚の下にできているためです。その目に見えないようなキズに引っ張られて、ラインが乱れたり、キレイに二重の線ができないことが原因です。
 よい結果を出すまでに、何度も手術をしなければならないこともあります。
 修正手術を希望される方は、
・ちょっとだけ二重の幅を狭くしたい
・ちょっとだけ二重の幅を広くしたい
・かすかについた余計な線を消して欲しい
・わずかな左右差をちょっとだけ直して欲しい
・右が平行型で左が末広型なので、両方とも平行にしてほしい
 などなど…、ご希望はよく理解できるのですが、実際に治すのは大変なのです。
 中には、誰が見ても不自然でお気の毒な方もいらっしゃいます。
 問題なのは、本人が指でちょっとクセをつければ‘治る’ような軽微な修正です。一見、手術が‘簡単’だと思われるような修正手術でも難しいことがあります。
 簡単に直ることもありますが、何度も手術を受けている方は思わぬ線ができることもあります。
      ■         ■
 小松先生が学会で発表された症例は、いずれも変形が高度で、難しい症例ばかりでした。
 聖路加では、左上腕内側(二の腕の内側)から、脂肪を取ってそれを上まぶたに移植して修正していました。
 脂肪を移植するのは、瘢痕というキズに皮膚が引っ張られて、余計なラインができるのを防ぐためです。
 他院で手術をされていると、最初にどんな手術をされたのかわからないこともあり、修正には苦労します。
 苦労して治しても、はじめて手術をした方よりも結果が劣ることが多いのが修正手術です。
 聖路加のような「駆け込み寺」があるので、暗い夜道も明るくなります。

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手術をしてはいけない人

 日本美容外科学会の続きです。10月7日の学会でサフォクリニックの白壁征夫(シラカベユキオ)先生が興味深い質問をなさいました。
 白壁先生は、日本美容外科学会理事で、第27回学会会長。2004年10月、軽井沢で行われた学会に、形成外科系としてはじめて、高須クリニックの高須克弥先生と当時の聖心美容外科総院長の山川雅之先生を招かれた偉大な先生です。
 台風の影響で飛行機が飛ばず、しかも軽井沢だったため、全員必死の思いで学会へ行きましたが、とても実りの多い学会でした。
 白壁先生の質問は、手術をしてはいけない方をどうやって判断しますか?というものでした。
      ■         ■
 この人を手術すると、必ずトラブルになると思われる方がいらっしゃいます。
 これは美容外科を開業していても、雇われ院長をしていても、美容外科の勤務医をしていても同じです。
 先日書いた、醜形恐怖症の方も含まれますが、どんなに上手な先生が手術をしても、どんな完璧な手術をしても、結果に満足できない人です。
 私は‘世界一の美容外科医’ではないので、そもそも‘完璧な’手術はできません。どの程度まで治せるかをしっかり理解していただくことが重要だと思います。
      ■         ■
・A先生(男性)。
 (クリニックに)入ってきたらすぐにわかります。その方がどう言おうが手術はお引き受けしません。お帰りいただきます。
・B先生(男性)。
 とても神経質な方。手術をした途端に豹変する方もいらっしゃいます。
・C先生(男性)。
 態度。(初診の際の)第一声でわかります。同じことを何度説明しても、細かいことを何度も質問されます。
 特に男性の方に気をつけます。手術を引き受けるまで、何度も来院する人もいらっしゃいます。
 手術をすると、手術後に苦労することは目に見えていますので、手術はいたしません。
・D先生(女性)。
 (精神病との)境界型の方がわからないことがあります。理解力のある方しか手術をしておりません。
・E先生(男性)。
 笑わそうとしても(笑いを誘っても)笑わない人。
 耳元でささやくように話す人。
・F先生(男性)。
 米国で40~50年前に調査した結果です。一番、問題がないのが、女性の加齢によるシワの手術。
 一番問題になるのが、男性の鼻の手術と言われています。
・G先生(男性)。
 精神病の方。暴力団関係の方。
 精神病の方が困ります。
・H先生(男性)。
 最近はメール相談でも困ることがあります。
 自分の不幸を他人のせいにする人。他人が悪いので自分は不幸になったというような人。
      ■         ■
 美容外科医の宿命かもしれませんが、この人を手術するとトラブルになるという方はいらっしゃします。
 ベテランの先生でも、たくさん困った経験があるようです。
 ある開業医の奥様が、うちの先生はせっかくいらした‘お客様’を帰してしまうと嘆いていたことがありました。
 ベテランの先生だからこそ、帰してしまうのだと思います。
 ベテランになればなるほど、困った症例に出くわすこともあります。私などまだまだ修行が足りないと思いました。
 学会に参加しなかった若い先生の参考になれば幸いです。

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日本美容外科学会③

 学会に出席する楽しみの一つに、友人の先生を増やすことがあります。
 自分の手術について、真摯な発表をなさっている先生はわかります。
 その先生の発表をお聞きして、内容についてディスカッションをして、昔なら論文を読んで…と交流が始まります。
 今は、インターネットやメールがあるので、すぐに連絡がとれるので便利です。
      ■         ■
 私はふだんは自宅とクリニックの往復だけです。学会の時だけは、他の先生と食事をしたり、話しをしたりするのを楽しみにしています。
 学会を通じて友だちの輪を広がることは、医師としてとても楽しいことです。
 四半世紀以上形成外科医をしているので、学会を通じてたくさんの先生と知り合い友だちになりました。
      ■         ■
 私たちは、手術前後の写真や発表を見ると、その先生がどんな方かわかります。
 形成外科や美容外科の先生にも、さまざまな方がいらっしゃいます。
 昨日の鼻の発表です。北里大学名誉教授の塩谷信幸先生が、もし先生が手術を受けるとしたら、どなたに手術してもらいますか?というとても面白い質問をなさいました。
 正直に、『私は麻酔がイヤなので、手術はうけたくありません』と答えられた先生もましたが、大部分の先生は『困った?』という感じでした。
      ■         ■
 塩谷先生は、日本形成外科学会・日本美容外科学会の重鎮で、日本ではじめて北里大学に美容外科を開設なさった先生です。私など足元にも及ばない‘大大大先生’です。
 塩谷先生のブログがあります。しかも、毎日更新なさっていらっしゃいます。今回の学会について、塩谷先生からブログでお褒めの言葉をいただいていました。
 塩谷先生がお書きになっていらっしゃるように、今回の美容外科学会は画期的でした。、東京女子医大形成外科の野﨑幹弘(モトヒロ)教授が学会にいらっしゃいました。形成外科と美容外科が少し近くなったようです。
      ■         ■
 これからの課題は2つの日本美容外科学会です。何年かかるかわかりませんが、十仁系学会と形成外科系学会が、一つの日本美容外科学会になれば…と願っています。
 韓国では、日本以上に形成外科系と非形成外科系の美容外科学会の仲がよくないようです。
 私は両方の美容外科学会に入会しています。
 一部の形成外科重鎮の先生は、十仁系学会をよく思っていらっしゃらないようです。
 私は、本当に‘悪い’美容外科医は、どちらの学会にも所属していない、勉強もしない、美容外科医とは言えないような‘先生’だと思います。

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日本美容外科学会②

 今日で日本美容外科学会学術集会が終了しました。
 今回の学会では、ライブサージャリーがあり、インタラクティブビデオというセッションがありました。
 有名な先生の手術をビデオで拝見しながら、座長とコメンテーターが討論する、新しい形式の学会発表でした。
 従来の発表方法よりも、手術法の利点・欠点がよく理解でき有意義な学会でした。
      ■         ■
 学会会長の蘇春堂形成外科理事長の新冨芳尚先生と蘇春堂形成外科院長の野平久仁彦先生に感謝いたします。
 また学会の運営にご尽力いただいた、北大形成外科の山本有平教授、佐々木 了(サトル)准教授、関堂 充講師はじめ、北大形成外科スタッフの皆さんに感謝いたします。
      ■         ■
 私も北大形成外科の医局員だった頃には、よく学会の仕事をお手伝いしました。
 医師になって最初の学会の仕事は、学会の写真係りでした。学生時代に写真部だったので、カメラは他の人より少し得意でした。
 レディースプログラムという、偉い先生の奥様の観光ツアーの写真係りもさせていただきました。
 私が撮った写真がとてもよく映っていたと、米国の有名な教授の奥様からお礼状をいただいたことも、今となっては懐かしい想い出です。
      ■         ■
 今日の発表で勉強になったのは、豊胸術後に硬くなったおっぱいの修正方法でした。どの先生も、ある確率で硬くなったおっぱいを経験されており、その修正に苦労されていました。
 私の師匠である、南雲吉則先生の発表では、スライドに『申し訳ございません』と大きく謝っている絵が出てきました。南雲先生でも苦労なさっていることがわかりました。
 どんな手術でも、予期せぬ経過になることがあります。その時に、どう対処できるかが、その先生の腕だとおもいました。
      ■         ■
 また、今日の午前中は、鼻の手術についての発表がたくさんありました。
 聖路加国際病院形成外科の大竹尚之先生、石田クリニックの石田知良先生、ヴェリテクリニックの大口春雄先生、リッツ美容外科の広比利次先生など、日本で有名な先生のご発表があり、勉強になりました。
 聖路加国際病院形成外科は、他院で手術を受け、不満足だった方の『駆け込み寺』になっているようで、難しい症例をキレイに治していらっしゃいました。
      ■         ■
 2日間の学会で得られた知識を、明日からの診療に役立てたいと思います。
 来年の日本美容外科学会総会は広島で行われます。

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日本美容外科学会①

 今日、第30回日本美容外科学会総会がルネッサンスホテル札幌で開催されました。会長は蘇春堂形成外科の新冨芳尚先生です。新冨先生は北大形成外科同門会会長です。
 第14回総会の会長が、大浦武彦先生でした。あれから16年の間に美容外科学会はとても大きくなりました。
 今日は蘇春堂形成外科から野平久仁彦先生の手術がライブ映像で学会会場に中継されました。
 ハイビジョンのとても鮮明な画像が会場の大きなスクリーンに映し出され、時代の進歩を感じました。
      ■         ■
 今日は大部分の美容外科が学会のために休診です。診療していた大手美容外科の院長が、今日はうち位しか診療していないので、忙しかったと話していました。
 チェーン店系の美容外科の先生もいらしていますが、こちらの美容外科学会は、形成外科系の学会なので、形成外科出身の先生が多いのが特徴です。
 もう一つの日本美容外科学会(十仁系)は、明日、韓国のソウルで日韓合同で学会を開催します。
      ■         ■
 今日の学会で勉強になったことに、上眼瞼除皺術(ジョウガンケンジョスウジュツ)がありました。
 私もそうですが、上まぶたの『たるみ』を取るには、通常は二重の線に沿って切開を入れます。
 京都の冨士森先生が、眉の下で切る方法を以前から提唱なさっていらっしゃいました。
 私は眉の下にキズが残るのが気になり、どうしてもその手術をする気になれませんでした。
      ■         ■
 今日、発表された、埼玉医大形成外科の高橋範夫先生の手術は、私の今までの考えを覆す(クツガエス)ほどキレイでした。
 発表の後で、さっそく高橋先生を見つけて、手術法についてお伺いしました。
 学会の便利なところは、その場で発表者に質問できることです。質疑応答の時間に質問できなくても、ロビーにいる時間に伺うこともできます。
 高橋先生は、丁寧に手術法について教えてくださいました。現在は埼玉医大に所属していらっしゃいますが、元は美容外科を経営されていたことも伺いました。
 手術の仕上がりがとてもキレイだったのが理解できました。
      ■         ■
 夜は懇親会で、その後で、私のおっぱいの師匠であるナグモクリニックの南雲吉則先生とお会いしました。
 ナグモクリニックの山口先生もいらしていただき、山口先生の奥様ともお会いできました。
 山口先生の奥様は、元北里研究所病院にいらして、現在は白金ビューティフルエイジングクリニック院長の山口麻子先生です。
 私の日記が出ている、美容の杜で時々ブログを読ませていただいていました。世の中は狭いものです。
      ■         ■
 明日も朝から学会です。学会のため日記の更新が遅くなりました。
 学会で親しい先生ができて、友だちの輪が広がります。
 同業者ならではの苦労話もできて、楽しい夜でした。

師匠の南雲先生と

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新聞を読む

 北海学園大学経営学部・大学院経営学研究科の㈱ニトリ寄附講座で、2回続けて講師の先生が新聞を読むことを学生さんに薦めていました。
 昨日の前田勝敏先生は日経(日本経済新聞)と全国紙一紙(道新でも可と言われました)、前回のイオンの阪本先生は最低全国紙一紙を読むように話されました。
 私は、札幌西高校2年生の時から、ずっと朝日新聞を購読しています。現代国語の成績が伸びず、国語の成績が優秀だった友人に訊いたところ『本間、新聞読め!』と言われました。
      ■         ■
 当時はよく大学入試に、朝日新聞から出題されていました。私が、現役で受験した時も(落ちましたが…)、朝日新聞の天声人語から出題されました。
 ちなみに、その時は現代国語はできたのですが、数学がダメで落ちました。医学部を制覇するには、まず数学です。
 今の時代は、ネットで何でも検索できる時代です。わざわざ新聞なんか買って読まなくても、携帯端末でもニュースが読めます。では何故、企業の経営者は新聞を読めといわれるのでしょうか?
      ■         ■
 私は、朝日新聞と北海道新聞の2紙を購読しています。
 毎朝、最初に読むのは北海道新聞です。そして、一番最初に目を通すのが、おくやみ広告です。
 私くらいの年齢になると、知人友人の親やお世話になった方の身内にご不幸があることが多くなります。
 失礼があってはいけないので、まずおくやみ広告をチェックします。これは、ある医局長をしていた先輩から教わりました。
      ■         ■
 おくやみ広告をチェックしても、知り合いの不幸を‘発見’するのは、年に数回あるかないかです。
 その代わり、おくやみ広告から、意外なことを見つけることもあります。
 例えば、あの社会福祉法人は、あのお寺の住職さんが経営していたのか…など。
 この人はこの国会議員を支持していたのか…などです。
 企業の経営者が学生さんに新聞を薦めるのは、おくやみ広告を読ませるためではありません。
      ■         ■
 私は、日記を書く材料を探すために、新聞をよく読むようになりました。
 自分の子供や当院の若い職員を見ると、新聞を定期購読している人は少なくなりました。
 ニュースはだいたい、パケホで携帯端末から読んでいます。
 新聞社はニュースすべてを携帯に配信していたら、新聞を買う人がいなくなり倒産です。
      ■         ■
 新聞には、ネットで読めない記事がたくさん出ています。
 私は、社会面から経済欄、家庭欄をよく読みますが、天声人語や社説も読みます。
 昨日の前田先生は、自分の興味がある項目だけではなく、新聞の端から端まで読むように薦められました。
 これから就職活動をなさる学生さんには特に必要だと思います。
 新聞を一ヵ月購読すると\4,000弱になりますので、図書館などを利用するするのもよいと思います。
      ■         ■
 新聞を読むことで、世の中の流れがわかります。
 TVのニュースでは得られない情報が伝わります。TVでは、一瞬聞き逃すとわからなくなりますが、新聞は読んでいる間に考えることができます。
 新聞社の方針にもよりますが、事件などに対して一定の論評が伝わります。
      ■         ■
 私は経営者が新聞購読を薦める理由は、字を読んで、そこから自分で考える思考過程が生まれるからだと思います。
 世の中は刻一刻と変化しています。企業が生き残るには、いかに早く情報をキャッチし、機敏に対応できるかがポイントです。
 新聞はあらゆる種類の情報が満載されています。その中から取捨選択して、自分の頭で考える思考過程が必要なのです。
      ■         ■
 私たちは、朝起きて夜寝るまでに、自分の仕事や勉強以外のことに触れる時間がありません。
 自分だけの世界に閉じこもらず、広く世界を見て、これからのことを考えるために、新聞を読むことが重要なのではないでしょうか?
 活字離れが進んでいて、新聞社も将来のことを心配しているようです。
 活字離れの一方で、日本人がブログなどの文章を書くようになっているそうです。私も毎日まいにち日記を更新しています。
 毎日の更新はかなり辛い作業ですが、自分の自己主張の場、後世に私の考えを伝える場として、日記を利用しています。今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。

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社長になる

 今日は、北海学園大学経営学部・大学院経営学研究科の㈱ニトリ寄附講座に行ってきました。
 今日の講師は、前DCMJapanホールディングス㈱社長の前田勝敏先生です。
 前田先生の講義は、2005年から3年目になります。すでにマスコミで報道されているように、平成19年5月に社長を退かれました。
 今日は、5月以来はじめて大勢の人の前に出てお話しをされたそうです。
      ■         ■
 現在は㈱未来流通研究所の代表取締役。といってもお一人で東京に事務所を開かれていらっしゃいます。
 DCMJapanホールディングス㈱の時はは2万人のトップ。今はお一人で、今までの体験を元に、新しい仕事をはじめられました。今日の講義も、聴く人の心を打つものがありました。
      ■         ■
 前田社長は、立教大学経済学部経営学科を、昭和42年3月31日に卒業されました。
 大学時代は、校門までは行くが、講義には行かず、雀荘や喫茶店で学生生活を謳歌なさったそうです。
 満足に勉強をしなかったので、卒業できるかどうかわからず、そのため4年生になっても就職活動は一切しませんでした。
 3月25日が卒業式で、他の学友は、卒業式の会場に向かう中、前田社長は追試の試験会場に向かっていました。
      ■         ■
 卒論はなかったものの、27科目の卒業試験があり、卒業式の日になっても、3科目が追試でした。
 ようやく追試に合格し、3月31日に卒業証書をいただきました。
 その頃、流行っていたのが、加山雄三さんという歌手でした。加山雄三をもじって、成績がカヤマユウゾウ。可が山のようにあり、優が3つだったとか。このように楽しい大学生活だったそうです。
      ■         ■
 卒業はしたものの、就職はせず、本当の意味で浪人でした。親には、もう少し東京で勉強したいと言い、プータローをしていました。
 そうこうしているうちに、親が急死してしまい、実家の釧路に帰りました。
 釧路に帰ってから、電柱に貼ってあった『石黒商店』のアルバイト募集の紙を見つけて、石黒商店という金物屋さんに面接に行きました。
      ■         ■
 配達のトラックの助手席に乗って、配送の手伝いをする、アルバイトに応募しました。
 そこで、石黒商店の創業者に会い、せっかく東京の大学まで出ているのだから、アルバイトではなく正社員として勤めなさいと誘われ、石黒商店に入社しました。年商3億円の釧路の有力企業でした。
      ■         ■
 昨年までの講義では、お話しになりませんでしたが、入社して間もなくの頃から、将来は社長になろうと決意されていたそうです。
 創業者の石黒社長を支えながら、一生懸命に働き努力しました。
 アメリカへ行って勉強したり、同業他社の勉強をして、昭和51年に石黒ホーマーをスタートさせました。
 私たちの世代には、ホームセンターといえば、石黒ホーマーです。電話番号も○○○-1496(イシグロ)でした。
 前田社長は創業者の信頼を得て、物流やコンピューターシステムをどんどん発展させました。このシステムがホーマックを北海道発の成功企業に育てた原点です。
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 似鳥社長も前田社長も、商売の原点はお客さんに喜んでもらうこと。と強調されます。
 お客さんが、お店に来て、商品を手にして喜んでくださる。これこそが自分が人間として生きる価値だと言われます。
 この仕事をしたら、お金が儲かるからしようは×。人の役に立つ仕事をする喜びがある会社が、残る会社です。
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 会社を選ぶ時は、×給料が高いから、×仕事が楽そうだから、×会社が潰れなさそうだから、で選んではダメです。
 ○自分がその会社で何をしたいのか?○何がやりたくて、どういうことができるから、その会社に行くのか?が大切です。
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 何かやりたいこと、したいことがあれば、毎晩寝る前に3回声に出して唱えるのだそうです。前田流の成功法です。
 彼氏(彼女)がいない人は、『毎晩、彼氏(彼女)ができますように…』と3回唱えてください。数週間もすると、自分の身の回りにいる素敵な異性に気づくそうです。
 社長になりたい人は、『私は社長になる。私は社長になる』と、毎晩3回唱えて、努力すると社長になれる芽が芽生えるそうです。

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