医学講座

外傷性刺青がいしょうせいしせい

 今日は2020年1月6日(月)です。
 札幌は寒いです。
 雪はありません。
 うっすらと積もっている程度です。
 このまま小雪だと、
 札幌市の除雪予算が大助かりです。
 あまり積もらないでほしいです。
      ■         ■
 外傷性刺青がいしょうせいしせい
 聞きなれない言葉です。
 うちの奥さんが、
 2019年12月29日に転倒しました。
 雪はありませんでした。
 路面も凍結していませんでした。
 道路にあったのは砂や泥です。
      ■         ■
 顔面から転倒したうちの奥さんは、
 頬と口唇にキズができただけではなく、
 たくさんの異物が真皮に入りました。
 これを、
 外傷性異物がいしょうせいいぶつと言います。
 放置すると、
 外傷性刺青がいしょうせいしせい
 泥が入れ墨のようになります。
      ■         ■
 形成外科専門医になるには、
 外傷性異物の治療を正しくできないとダメです。
 顔のキズからは出血しています。
 どんなところで、
 どんなふうにケガをしたか?
 正確に問診をします。
 道路で転倒した時には、
 まず100%異物が残ります。
      ■         ■
 顔の血液をきれいに除去して、
 局所麻酔をして、
 異物を確認します。
 麻酔をしないと痛くて動くので、
 きれいに除去できません。
 形成外科の教科書には、
 歯ブラシで異物を除去すると書いてあります。
      ■         ■
 札幌美容形成外科にも、
 異物除去用の歯ぶらしがあります。
 やわらかい毛の歯ブラシです。
 うちの奥さんは、
 マイクロの細い摂子で除去しました。
 顔のケガは痕が残ると大変です。
 うちの奥さんには痕が残りませんでした。
 ふだんはうるさいとか言われてますが、
 少しは感謝してくれているようです。 

“外傷性刺青がいしょうせいしせい”へのコメントを見る

医学講座

2020年仕事始め

 今日は2020年1月5日(日)です。
 札幌美容形成外科は今日から仕事始めです。
 年末にケガをしたうちの奥さんも、
 一週間の安静療養の結果、
 無事に出勤できるようになりました。
 ご心配をおかけいたしました。
      ■         ■
 キズが完全にくっついたわけではありませんが、
 治りは順調です。
 大変だったのが、
 皮膚がむけてしまった部位でした。
 転倒した時に、
 真皮の一部まで皮膚がはがれてしまいました。
      ■         ■
 幸い骨には異常がなかったので、
 はがれた皮膚を
 きれいに洗浄して、
 元の場所に植皮しました。
 分層植皮術ぶんそうしょくひです。
 皮膚移植の方法⑤
 …に詳しく書いてあります。
      ■         ■
 大変だったのは、
 植皮をしたために、
 動かせなかったことです。
 そのために、
 私がお正月から家事をしていました。
 洗濯物をほしてたたみました。
 掃除もしました。
 今年はケガのない一年になってほしいです。
 うちの奥さんも今日抜糸をしました。

“2020年仕事始め”へのコメントを見る

院長の休日

笈川幸司さん中国のカリスマ日本語教師

 今日は2020年1月4日(土)です。
 今年のお正月はず~っと家で過ごしました。
 今日は珍しく、
 私もTVを見ていました。
 NHKの再放送です。
 逆転人生
 中国のカリスマ日本語教師
 涙の青春スピーチ

 感動しました。
      ■         ■
 中国の名門、
 清華大学
 北京大学
 日本語を教える、

 笈川幸司さん49歳のことです。
 NHKで2019年10月に放送されたものです
 実に感動的でした。
      ■         ■
 売れない芸人だった笈川さんが、
 中国でカリスマ日本語教師となり、
 教え子たちが大活躍しているという実話です。
 私が肝動したのは、
 東日本大震災の取材に来た中国人男性の教え子が、
 被災者を抱きしめていたシーンでした。
      ■         ■
 私は中国語は話せませんが、
 日本と中国、
 日本と韓国が、
 仲良くすることがとても大切だと感じました。
 私がよく知っている人が、
 上海で活躍しています。
 国際親善は大切だと思いました。
 いい番組をありがとうございました。
 NHKに受信料を払います。

“笈川幸司さん中国のカリスマ日本語教師”へのコメントを見る

医学講座

日本専門医機構認定形成外科専門医資格更新

 今日は2020年1月3日(金)です。
 早いものでお正月も3日が過ぎてしまいました。
 今年は奥さんのけが
 自宅でお正月を過ごしています。
 食器洗いも私がしています。
 クリニックでもよく食器洗いをしています。
 嫌いではありません。
      ■         ■
 2020年1月15日までに、
 日本形成外科学会専門医更新の書類を送らなければなりません。
 65歳だから、
 もういいかなぁ~
 …と思う反面、
 せっかく学会に出席して、
 書類さえ準備すれば更新できるので、
 がんばってやろうかと思って準備をしています。
      ■         ■
 前回の更新は2015年でした
 今年は65歳になったので、
 簡単な書類審査で済ませる方法もあります。
 ところが、
 今年から、
 日本専門医機構認定形成外科専門医資格更新
 …という厄介な制度が始まりました。
      ■         ■
 日本形成外科学会専門医ではなく、
 日本専門医機構認定になると、
 65歳以上の特典はなく、
 若い先生と同じ書類を準備しなくてはなりません。
 これが結構面倒です。
 書類審査だけですが、
 以前の日本形成外科学会専門医更新より、
 何倍も書類が必要です。
      ■         ■
 私は学会だけは真面目に出席し、
 必要な書類も十分すぎるくらいあります。
 1月15日までに書類を準備して、
 日本専門医機構認定形成外科専門医資格更新をします。
 ほんとうはあまりいらないかなぁ~
 …と思っていますが、、、
 せっかくなので面倒な方の専門医になります。

“日本専門医機構認定形成外科専門医資格更新”へのコメントを見る

昔の記憶

手稲に行きました2020

 今日は2020年1月2日(木)です。
 うちの奥さんがケガをして自宅安静なので、
 今年は初詣にも行けません。
 お正月なので、
 うちの91歳のばあさんと、
 ばあさんの親しい友人で、
 私も小さいころにお世話になった、
 まーちゃんのおばさんと、
 3人で手稲に行ってきました。
      ■         ■
 まーちゃんのおばさんは、
 小山和子おやまかずこさんです。
 うちの奥さんと同じ和子という名前です。
 私の母親と同じ、
 昭和3年1928年生まれです。
 二人とも今年92歳になります。
 まーちゃんのおばさんは、
 看護師さんで保健師さんです。
 私が小さいころに大変お世話になりました。
      ■         ■
 私が手稲に住んでいたのは、
 今から60年前です。
 まーちゃんのおばさんから、
 けんちゃんは、
 神経質な子だった

 …と教えていただきました。
 91歳で二人とも元気なのはすごいです。
 来年のお正月も二人そろって元気で迎えてもらいたいです。

ソリを引くのがマーちゃん
その後ろが妹のはるみちゃん
最後尾が私(ケンちゃん)です

昔はこんなソリで遊んでいました

“手稲に行きました2020”へのコメントを見る

院長の休日

謹賀新年2020

 あけましておめでとうございます。
 毎年1月1日の院長日記は、
 本間家の家族写真でした
 今年は諸事情により、
 私と犬の写真です。
 お正月から申し訳ございません。
      ■         ■
 喧嘩したとか、
 誰かが死んだとか、
 そんな理由ではありません。
 原因は、
 うちの奥さんが年末に転んで顔にけがをして、
 私が手術をしました。
 美容整形ではありません。
      ■         ■
 2019年7月にうちの奥さんが、
 通勤途中で交通事故に遭いました。
 右ひざから、
 右下腿に大きな血腫ができました。
 入院はしませんでしたが、
 約1ヵ月以上タクシーで通勤しました。
 その後は徒歩や地下鉄を使っていました。
      ■         ■
 整形外科に通院しています。
 整形外科の先生から、
 けがした方の脚が上がっていないので、
 転倒しやすいと指摘されています。
 夏から12月まで、
 3回も転倒しました。
 12月29日(日)の帰宅途中に転倒しました。
 私がクリニックに残っていたので、
 そのまま手術をしました。
 キズあとが残らないように治療しています
      ■         ■
 私は年末の買物
 年末の選択物を干してたたむ、
 お正月の食器を洗う、
 掃除までは完璧にできませんが、
 お正月から家事をしています。
 今年は転ばないでほしいです。

2020年1月1日

“謹賀新年2020”へのコメントを見る

昔の記憶

すみれさんご逝去のお知らせ

 今日は2019年12月31日、大晦日です。
 つたない院長日記を読んでいただきありがとうございます。
 2019年で一番悲しかった出来事のご報告です。
 私が札幌西高校3年7組でご一緒だった、
 すみれさんがご逝去されました。
 2019年1月にご主人から知らせていただきました。
 心からご冥福をお祈りいたします。
      ■         ■
 すみれさんからは、
 2016年から2017年にかけてコメントをいただきました。
 亡くなられたことが今でも信じられません。
 神経難病に罹患されご自宅で療養なさっていらっしゃいました。
 残念なことに2018年11月6日にご逝去されました。
 東京でご主人と幸せに暮らしていらっしゃいました。
 ご長男はご自宅近くに住まわれ、
 お孫さんの成長を楽しみにしていらっしゃいました。
      ■         ■
 亡くなる前日まで、
 ごくふつうに生活されていたそうです。
 ご主人もご本人も、
 まさか亡くなるとは思ってもいなかったそうです。
 夜寝ている間に呼吸が停止しそのまま安らかに永眠されました。
 謹んでご冥福をお祈りいたします。
 ほんとうに残念です。
      ■         ■
 2019年は3年7組のクラス会を開催するつもりでしたが、
 不肖、本間賢一、
 なかなか立ち直れず、
 クラス会はできませんでした。
 2020年には、
 すみれさんを偲んで、
 3年7組のクラス会を開催しようかと考えています。
 心からご冥福をお祈りしています。

“すみれさんご逝去のお知らせ”へのコメントを見る

医学講座

2019年12月30日

 今日は2019年12月30日(月)です。
 札幌美容形成外科は今日で2019年の診療を終了します。
 2018年は12月31日に抜糸をした患者さんもいましたが、
 今年は抜糸の患者さんも今日で最後です。
 12月31日から1月4日までお休みです。
 2019年は人材募集で苦労しました。
 まだ募集中で2020年を迎えます
      ■         ■
 全国的な傾向なのかもしれませんが、
 残念なことがありました。
 ようやく応募者から連絡があり、
 面接の日時を決めました。
 準備して待っていましたが、
 とうとう面接予定の方がいらっしゃいませんでした。
 そんなことが数回ありました。
      ■         ■
 せっかく面接日時を決めたのに、
 何の連絡もなくフラれると、
 かなりがっかりしました
 不遇な青春時代を送った私は、 
 フラれるのには慣れているつもりでした。
 でも、、、
 即戦力として活躍、、、
 これまでの経験を活かして、、、

 …とか志望動機に書いてあったのになぁ~
 どうしたのかなぁ~
 …とめげています
 2020年にはいい人に来ていただきたいです。

“2019年12月30日”へのコメントを見る

医学講座

できた人でないとよいオペはできない

 今日は2019年12月29日(日)です。
 札幌美容形成外科の診療は今日と明日で終わりです。
 昨日の院長日記、
 AIR DOの67歳機長が親子でラストフライト
 古田貢章機長のお言葉です。
      ■         ■
 将来的に機長になることをにらんで教育している。
 機長は人柄が出る。
 人間性を磨くことも、
 技術を磨くのと同じぐらい大事なこと。
 だから人格を高めてほしい。
 技術だけ、知識だけあってもダメ。
 できる人だけでなく
 できた人でないと
 よいオペレーションはできない。

      ■         ■
 いいお言葉です。
 同じことが外科医にも言えます。
 人間性が劣っている医師もいます。
 私も欠点が多い人間です。
 外科医と機長が似ているのは、
 フライトはお客さまのためにあるということ
 すべてはお客さまのためにある

 最後まで安全運航をまっとうする。
      ■         ■
 外科医に言い換えると、
 手術は患者さんのためにある
 すべては患者さんのためにある
 安全な医療をまっとうする。
 飛行機は安全に飛ばすのが大切。
 手術も安全に行うのが一番大切。
 手術で命を落としてはいけない。
      ■         ■
 古田貢章機長のお言葉、
 着陸はなかなか思いどおりにいかない
 手術もなかなか思いどおりにいかない
 簡単な手術はない。
 どんな状況になっても、
 適切に対処することが必要。
 最後まで決してあきらめない。
      ■         ■
 67歳まで機長を務めるためには
 健康管理体調管理が一番
 年を取ると弱い面が出てくる。
 食べ物に気を付け、
 趣味の自転車で運動をしてきた
 身体検査での苦労などがある

 機長さんは大変だと思いました。
      ■         ■
 医師には航空身体検査のようなチェックはありません。
 医師法では、
 医師免許に年齢制限を設けていません。
 91歳で現役の開業医がいらっしゃいます
 私のラスト手術がいつになるかわかりませんが、
 古田貢章機長をお手本にして、
 食べ物に気を付け、
 趣味の自転車で運動をします。

“できた人でないとよいオペはできない”へのコメントを見る

昔の記憶

AIR DOの67歳機長が親子でラストフライト

 今日は2019年12月28日(土)です。
 今朝の札幌は雪です。
 かなり振っていて、
 積もりそうです。
 年末年始の空の便が心配です。
 今年も残すところあと4日です。
      ■         ■
 2019年12月27日のYahoo!ニュースです。
 AIR DOの67歳機長が親子でラストフライト。「機長は“できる人”だけでなく“できた人”でないとダメ」
 AIR DOは12月27日、機長を務める古田貢章氏が68歳の誕生日を前に、12月27日にラストフライトを迎えたことから、同社の羽田空港 東京事務所内でセレモニーを開いた。帯広発~羽田行きのADO66便が最後の便で、同便の副操縦士は息子の古田航一機長が務め、親子でのラストフライトとなった。
 古田貢章機長は1973年にANA(全日本空輸)に入社。航空機関士から副操縦士、機長となり、2012年に定年を迎えたのを機にAIR DOに入社。ボーイング 767-300型機の機長を務め、総飛行時間は2万130時間18分、AIR DOでは3393時間39分に及ぶ。またAIR DOにおいては教官業務を兼任したほか、安全推進室の副室長などを歴任し、安全運航や後進の指導などにあたったという。
 ちなみにAIR DOの入社に際しては息子の航一機長の影響もあったそう。航一機長はJAL(日本航空)で操縦士訓練中に同社が破綻したことで訓練が中断。新千歳空港で地上スタッフに従事していた際の経験がきっかけとなってAIR DOへの入社を決めたという。これが2011年のことで、その約半年後に貢章機長がANAで定年を迎え、当時の本部長と交流があったことから「『息子が来てるぞ、お前も来ないか』と言われて自然に入社した」(貢章機長)のだという。
 最後の便となった帯広発便の機内では「私事ですが、この便をもちまして、私のフライトは最後になります。振り返りますと、本当に多くの方々に支えられた43年間でした。本日のフライトも2人で運航していますが、横にいるのは私の実の息子、古田航一です。AIR DOの空の安全を息子に引き継ぎたいと思います。今日のフライトもいつもと同じように、最後まで安全運航をまっとうします。ありがとうございました」とあいさつし、乗客からは拍手が起こったという。
 到着後はともにラストフライトに乗務したCA(客室乗務員)からメッセージカードが贈られたほか、羽田空港の東京事務所でセレモニーも開催。花束や記念写真などが贈られた。
 セレモニーであいさつしたAIR DO 取締役 運航本部総括 運航本部長の龍神恒夫氏は「私が4年前に安全推進室に配属されたとき、同時に古田機長が副室長として配属された。そういう意味では職場の同期。古田機長は安全を第一に運航乗務員の目で発言されていた」と安全運航に対しての貢献を高く評価。「古田機長は本日をもって翼をたたむが、教官職をされているので引き続き後輩の指導をお願いしたい」と今後の活躍にも期待した。
 その後にマイクを渡された古田貢章機長は、誕生日が12月31日なので本来は30日まで乗務が可能であったことから「今日が会社の御用納めなので、自分も一緒に御用納め」と少し早い引退に言及。「この仕事は最後までなにが起こるか分からない仕事なので、パーキングブレーキを引いて、エンジンをシャットダウンして、ログへのサインをして、アルコールチェックもした。それですべて完結し、安全運航で終わることができた」と述べ、「安全運航は各部門の多くの人たちの協力によって成り立っていると思う。身近なところでは乗員部はスケジュールや身体検査、制服、ホテル、ミール、送迎等々で支えてくださった。そして、家族の協力もあった。フライトに専念できる環境を整えていただいたおかげで安全運航につながったと思っている」と感謝した。
 また、フライト終えて「これからはアルコールチェックもなく、身体検査もなく、風邪薬を自由に飲めるような、そんな環境になって、少し身軽になった気がする」といった安堵感も覗かせた。
 続いて、息子の航一機長からもあいさつ。「乗務員生活の最後を親子フライトという形でやらせていただいて、本当にありがたい気持ちと、ほっとしている安堵感でいっぱい。上空のアナウンスで、今日がラストフライトとアナウンスがあったとき、私は家族として、幼いときの記憶などが蘇って涙がこぼれてきた。フライト前には勉強していたし、体調管理のために食事制限や自転車をこいだりなど、努力の賜物でここまで乗務してこられたと思う。そこに対しては尊敬の念が絶えない」とねぎらった。
 ちなみに、この日の羽田空港は非常に風が強かったが、着陸は貢章機長が務めたという。その感想を尋ねると「もう少し……もう、いいか(笑)。着陸はなかなか思いどおりにいかない、最後まで」と難しい着陸であったことを感じるコメント。
 67歳まで機長を務めるためには「健康管理、体調管理が一番」と述べ、「年を取ると弱い面が出てくる。食べ物に気を付け、趣味の自転車で運動をしてきた」と明かし、身体検査での苦労などを語った。
 今後、教官として指導に専念する立場となるが、後進のパイロットに対しては、「将来的に機長になることをにらんで教育している。機長は人柄が出る。人間性を磨くことも、技術を磨くのと同じぐらい大事なこと。だから人格を高めてほしい。技術だけ、知識だけあってもダメ。“できる人”だけでなく“できた人”でないとよいオペレーションはできない」と話す。
 さらに、「機長は孤独。副操縦士は必ず責任者(機長)がいる。シミュレータはなにをやっても落ちない、副操縦士も最後には機長がいる。(機長として乗務するときとは)どこかに意識の違いがある」との厳しさを語った。
 今回のような親子でのフライトは「過去に4~5回」あったというが、「運航中はフライトのことだけ。息子という意識はまったくない。誰と乗っても一緒。ただ、言葉遣いだけがちょっと違う。普通は『どうしますか?』と聞くが『どうするの?』と聞く(笑)」という。
 そして、現在ではAIR DOで機長を務める航一さんに向けては、「ただ一つ、フライトはお客さまのためにあるということ。すべてはお客さまのためにあるので、いろいろな面での考え方や、難しい判断を迫られたときなどには、お客さまファーストが念頭にあればよい判断ができる。そういうことを伝えたい」と話した。
トラベル Watch,編集部:多和田新也

(以上、Yahoo!ニュース、トラベル Watchより引用)

      ■         ■
 私がなりたかったのは、
 医師ではなくて、
 パイロットでした。
 今からは考えられませんが、
 血を見るのが苦手でした。
 外科系の医者は考えられませんでした。
      ■         ■
 Yahoo!ニュースを読んで、
 古田貢章機長のことを、
 自分に重ね合わせました。
 1973年にANA(全日本空輸)に入社。
 航空機関士から
 副操縦士、
 機長

 すばらしい経歴です。
 苦労なさったと思いました。
      ■         ■
 古田貢章機長が、
 これからは風邪薬を自由に飲めるようなる
 …とおっしゃったのが印象的です。
 食事制限や自転車で体調管理というのも、
 とても参考になりました。
 私のラスト手術は何歳になるのかわかりませんが、
 少しでも形成外科の知識と技術を生かしたいと思っています。
 親子でラストフライトは最高です。
 古田貢章機長お疲れ様でした。
 これからも安全運航のためにご尽力ください。
 Yahoo!ニュースさん、
 いいお話しをありがとうございました。

“AIR DOの67歳機長が親子でラストフライト”へのコメントを見る

TEL 011-231-6666ご相談ご予約このページのトップへ