医学講座

手術後に困ったこと

 私が手術後に一番困ったのは…
 自分のまつ毛が目に入ることでした。
 手術で目が大きくなったので、
 知らないうちに入るのだと思います。
 鏡で見ても…
 自分ではなかなか取れません。
      ■         ■
 クリニックに着いてから、
 何度も看護師さんに取ってもらいました。
 気付くのは…
 だいたい朝です。
 右目のこともあれば…
 左目のこともありました。
 違和感があります。
      ■         ■
 生理的食塩水で…
 目を洗ってみたこともありますが…
 取ってもらうのが一番楽でした。
 自分で取る時は、
 拡大鏡になった鏡が便利です。
 下まぶたに入るので…
 下まぶたを引っぱって…
 よく見るとまつ毛がいました。
      ■         ■
 まつ毛が入るのは、
 半年くらい続いたと思います。
 最初の3ヶ月くらいが…
 一番多く…
 感覚としては…
 3日に一度くらいの割合で…
 どちらかの目に入っていた気がします。
      ■         ■
 私が手術をさせていただいた患者さんでも、
 同じようにまつ毛が入っていた方が、
 何人かいらっしゃいました。
 私が一番多かったように思います。
 手術後一年の今は、
 まつ毛が入って困ることもなくなりました。
 目が大きくなって見やすくなると…
 一時的に困ることもあります。

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医学講座

手術後一年の経過

 自分で体験してみて…
 やはり…
 傷が治るには…
 時間がかかるなぁ…
 …とつくづく思います。
 医師は経過はわかっても…
 感覚まではわかりせん。
 患者さんになってみて…
 はじめて感覚がわかりました。
      ■         ■
 手術したなぁ~
 …という感覚は、
 手術から半年は続きます。
 見た目も違いますし…
 瞼を触ると…
 自分の瞼が…
 手術したんだから…
 そっと触って…と言っています。
      ■         ■
 私は典型的なおっさんなので…
 女の人が嫌う…
 おしぼりで顔を拭くのが好きです。
 顔を洗うのも好きですし…
 お風呂上りには…
 タオルでよく顔を拭きます。
 タオルでごしごしが好きでした。
      ■         ■
 このタオルで顔を拭くのが…
 なかなかできません。
 まぶた以外は大丈夫ですが…
 傷に触るとまずいので…
 手術から半年は…
 そっと洗うだけでした。
 今でも前のようにごしごしはしていません。
      ■         ■
 手術から2ヵ月は…
 寝ている時に目に触らないように、
 アイマスクをしてい寝ていました。
 アイマスクをすると…
 真っ暗でよく眠れました。
 途中で取れていたこともありましたが…
 アイマスクは効果的でした。
      ■         ■
 今は近くで傷を見ても…
 よくわからないほどきれいです。
 手術をしてくださった、
 聖路加国際病院形成外科の、
 大竹尚之先生のおかげです。
 ある程度の年齢になって、
 まぶたが下がってきたら…
 手術で治すと快適になれます。
 自分の体験からもおすすめします。

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医学講座

手術一年後です

 今日で私が手術をしていただいてから…
 ちょうど一年です。
 お風呂上りの赤味もなくなり、
 顔もふつうに洗えます。
 今日の院長日記には、
 手術後の写真を並べてみました。
 手術後に目を閉じて…
 PCもTVも新聞も見ないで
 安静にしていると…
 腫れが早く取れます。

手術前です
デザインです
24時間後です
48時間後です
7日後です
4週間後です
8週間後(2011年1月24日)
8ヵ月後です
1年後です

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院長の休日

手術前日から一年

 私が目の手術をしていただいて、
 明日でちょうど一年になります。
 とても快適になりました。
 手術をしてくださった、
 聖路加国際病院形成外科の、
 大竹尚之先生に感謝しています。
      ■         ■
 自分では患者さんに、
 最低、一週間のお休みが必要です
 …なんて偉そうなことを言っているのに…
 いざ自分が手術を受けることになると、
 なかなか一週間の休みが取れません。
 こまったなぁ…
 患者さんに何かあったら…
 どうしようかなぁ…
      ■         ■
 そんな風に悩んでいた私の背中を…
 ぽんと押してくださったのは…
 私が手術をさせていただいた、
 看護師さんでした。
 先生、休みなんて…
 取ろうと思って…
 えぃって取らないと…
 取れないですょ!
 …と助言をいただきました。
      ■         ■
 あのひとことがなかったら…
 私はずっと手術を受けなかったと思います。
 背中を押していただき、
 ほんとうに感謝しています。
 人間、いつ誰にお世話になるかわかりません。
      ■         ■
 手術の前日に、
 東京に着きました。
 築地市場をぶらぶらして、
 病院の近くのホテルに宿泊しました。
 前の晩は、
 次の日の手術に備えて…
 早めに寝ました。
      ■         ■
 手術日の朝は早起きして、
 風呂に入って、
 髪も洗って、
 準備を整えました。
 聖路加国際病院は、
 朝ごはんを食べないで受診でしたので、
 チェックアウトをして病院へ行きました。
      ■         ■
 患者として受診してみると、
 聖路加国際病院は、
 職員の方も、
 ボランティアの方も、 
 とても優しくて素敵な方ばかりでした。
 さすがキリスト教の病院は、
 雰囲気が違うと感じました。
      ■         ■
 私は不思議と緊張もせず、
 手術前日もよく眠れました。
 安心して手術を受けられました。
 東京へ行ったのが、
 一年前だったなんて信じられません。
 おかげさまで楽になりました
 大竹先生、ありがとうございました。

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昔の記憶

頼りになる先輩

 頼りになる先輩
 信頼できる先輩
 …がたくさんいることが、
 質の高い研修につながります。
 私は、
 幸いなことに…
 先輩に恵まれました。
      ■         ■
 昨日の日記でご紹介した、
 飯田和典先生は、
 頼りになる兄貴分でした。
 先輩の車はかっこよく、
 先輩の奥様は素敵でした。
 自分もいつかは先輩のようになりたいと…
 思っていました。
      ■         ■
 北大の医局では、
 形成外科のことだけではなく、
 阪大で研修した時のことや、
 飯田先生のふるさとである、
 熊本県人吉のお話しもよく聞かせていただきました。
 30年前のことですが…
 今でも楽しく思い出します。
      ■         ■
 医師免許を取得しただけでは、
 悲しいくらい何もできません。
 採血だって、
 注射だって、
 看護師さんの方がずっと上手です。
 患者さんからも、
 研修医が採血するのを嫌がられます。
      ■         ■
 医師になって6年目の先生と、 
 卒業したての1年目は…
 雲泥の差があります。
 飯田先生のように、
 阪大特殊救急部という、 
 日本でも最高級の救急で研修を積んだ先生は、
 とても頼りになる先輩でした。
      ■         ■
 よい先輩から、
 よい指導を受けるのは、
 とても楽しいことです。
 20台だった私の青春時代です。
 これから医師になる人や、
 研修医の先生には、
 たくさんの頼りになる先輩と出会ってほしいです。

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医療問題

何でも聞ける先輩

 病院で仕事をしていて大切なのが、
 何でも聞ける雰囲気です。
 こんなこと聞いたら…
 ばかだって思われるよなぁ~
 でも…
 わかんないなぁ~
 まぁ、いいっかぁ~
 やっちゃえ~
      ■         ■
 これが医療事故の原因です。
 ふだんから、
 先輩と仲良く話しができる職場は、
 ちょっとしたことでも聞けます。
 彼氏
 彼女のこと、
 今晩の夕食のことなど…
 気軽に話せる先輩がいることが、
 とても大切な職場の条件です。
      ■         ■
 私が北大形成外科に入局した30年前、
 何でも話せる先輩がいらっしゃいました。
 何も仕事ができなくて…
 落ち込んでいた時にも…
 本間、みんな最初はできない
 …と言ってくださった先輩は、
 とても励みになりました。
      ■         ■
 私の北大形成外科の先輩に、
 飯田和典先生がいらっしゃいます。
 飯田先生は、
 北大51期で私の5年先輩です。
 阪大特殊救急部で研修された、
 とても頼りになる先輩でした。
      ■         ■
 飯田先生は、
 病棟や外来で、
 直接いろいろなことを教えてくださいました。
 先生の車は、
 当時、若者のあこがれだった、
 RX-7(あーるえっくす・せぶん)
 …というスポーツカーでした。
      ■         ■
 何もできない私にとって…
 阪大特殊救急部で研修なさった…
 飯田和典先輩は、
 何でもできる先輩でした。
 口数が多い先生ではありませんでしたが、
 話すととてもおもしろい先輩で、
 いろいろなことを教えてくださいました。
      ■         ■
 形成外科メモリアル病院では、
 手術中のトラブルから救っていただきました。
 私にとって忘れることができない先輩です。
 医師でも、
 看護師でも、
 何でも聞ける先輩がいることが、
 医療事故を防ぎ、
 自分自身のキャリアUPにつながります。
 私は飯田和典先生に感謝しています。

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医療問題

高橋智先生の日記2011-11-26から

 私が尊敬する…
 弁護士の高橋智先生の
 Sammy’sダイアリー
 2011年11月26日の日記、
 事柄の本質より人間関係で決まる社会〜日本社会〜
 とても興味深い内容が書かれていました。
      ■         ■
 医療事故でよくある場面ですが、
 本来は適切かつ迅速な措置をしなければならないのに、
 担当医師を呼ぶことにこだわったり、
 当直医に気を遣って
 わざわざ非番の医師に電話で指示を仰いだり、
 レントゲン技師に気を遣って夜呼ぶことができずに、
 手遅れになってしまったということがしばしばあります。
      ■         ■
 さすがにたくさんの医療事故を扱った弁護士さんです。
 とても大切なことですが、
 医学部でも、
 看護学部でも、
 保健医療学部でも、
 どこでも教えません。
 初期研修で教える病院がどの位あるでしょうか?
      ■         ■
 当直の時、
 上の先生に指示を仰いだら…
 こんなことで起こすな!…と…
 こっぴどく怒られた。
 そんな病院はたくさんあると思います。
 一度怒られると…
 次からは電話できなくなります。
      ■         ■ 
 夜勤の看護師さんが…
 先生に連絡しようかなぁ…?
 こんなことで電話したら…?
 叱られるかしら…?
 迷うことはたくさんあると思います。
 私は何度も看護師さんに助けられました。
      ■         ■
 どんな時に連絡するべきか?
 この程度だったら自分の判断でOK。
 実際に学ぶのは…
 自分が勤めた病院の先輩や、
 たまたまいっしょに働いた同僚から、
 経験として学ぶことが多いです。
      ■         ■
 いい先輩
 いい同僚に恵まれると…
 自然といい習慣が身につきます。
 私にとって一番相談しやすかった先輩が、
 現、市立札幌病院院長の吉田哲憲先生です。
 相談して叱られた記憶がありません。
      ■         ■
 北大にいた時も、
 釧路労災病院の時も、
 JA帯広厚生病院の時も、
 札幌医大の時も、
 いつも相談していました。
 セカンド・オピニオンという日記にも書いてあります。
 よき相談相手がいると医療事故も防げます。
 とても大切なことだと思います。

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院長の休日

ジュニアぬくもりをありがとう

 平成23年11月25日、朝日新聞朝刊の記事です。
 ジュニア、ぬくもりをありがとう
 北海道_車内に一晩 愛犬に表彰状
 北海道浦臼(うらうす)町で、雪の中で横転した乗用車内で一夜を明かした無職相馬愛政(よしまさ)さん(81)=奈井江町=と孫娘の木村澄海(すかい)ちゃん(3)=相模原市中央区=が救出された事故で、奈井江町は24日、2人に寄り添って寒さから命を守り、町民に感動と勇気を与えたとして、相馬さんが飼っているラブラドルレトリバーの「ジュニア」(オス、7歳)に表彰状を贈った。
 入院中の相馬さんに代わって表彰式に出席した妻アサ子さん(78)は「ジュニア、えらいね。本当にありがとう」とねぎらい、北良治町長は「町の誇り」とたたえた。
 道警によると、相馬さんと澄海ちゃんは15日午後4時ごろ、散歩のため、車にジュニアを乗せて自宅を出た後、連絡が取れなくなった。16日午前11時すぎ、浦臼町の河川敷で横転している車を、通りかかった道路舗装会社役員大石泰弘さん(48)=滝川市=が見つけた。
 大石さんによると、発見時は車の上に約20センチの雪が積もり、ガラスが割れていた。運転席に相馬さん、後部座席に澄海ちゃんが倒れていた。ジュニアは、「痛い、痛い」と泣く澄海ちゃんにじっと寄り添っていた。(仲程雄平)
 (以上、朝日新聞より引用)
      ■         ■
 事故があった浦臼町(うらうすちょう)と奈井江町(ないえちょう)は、
 私が小学生の時に住んでいた、
 美唄市茶志内(びばいし_ちゃしない)の隣町です。
 父とよく鮒(フナ)釣りに行きました。
 石狩川という大きな川のほかに、
 小さな川や沼がありました。
      ■         ■
 おじいちゃんと孫だけで、
 もし犬がいなかったら…
 低体温で危なかったと思います。
 家の人も探したと思いますが…
 北海道は広大で橋の下に転落すると…
 なかなか見つけるのは難しいです。
      ■         ■
 事故の新聞記事を読んだ時…
 私も家内も…
 『北の国から』で、
 五郎さんが雪に埋まった時、
 愛犬に助けられた話しを思い出しました。
 大きなラブラドルレトリバーの
 ジュニアの体温で、
 おじいちゃんとお孫さんが助かったのは…
 ほんとうによかったです。
      ■         ■
 札幌も寒くなりました。
 私が家に帰って新聞を読んでいると…
 愛犬の『そら君』が…
 膝の上に乗ってきます。
 冬になると家の中でも…
 犬のあたたかみを感じます。
 名犬ジュニアくんありがとう!

20111126C
ジュニアと、相馬愛政さんに代わって表彰式に出席した妻アサ子さん
=24日、奈井江町(ないえちょう)
朝日新聞より引用

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医学講座

吃音の自分嫌わないで

 昨日の院長日記、
 心配ない吃音_克服し市長に
 で紹介された、
 平成23年11月10日の朝日新聞の記事です。
 吃音の自分嫌わないで
 悩み語る子撮ったDVD完成
 言葉が出にくかったり、同じ音を繰り返したりする「吃音(きつおん)」のある子は、話しにくさだけではなく、授業での発表や友達との会話などたくさんの不安を抱えている。そんな子どもたちが語り合う様子を撮ったドキュメンタリーDVD「ただ、そばにいる」が完成した。
 製作したのはテレビドラマの演出などを手がける埼玉県の北川敬一さん。取材・編集に3年をかけた。
 北川さん自身にも吃音があり、小学生のころはどもってしまうことが多くて悩んだという。「あのころの自分がほっとできるような映像を作ろうと思った。吃音は悪いことでも隠すことでもない。吃音の子やその親にみてもらい、向き合うきっかけになれば」と話す。
 吃音は2~5歳で症状が出ることが多く、幼児の5%に現れるとされる。うち7~8割は特別な治療をしなくても治るといわれる。症状や悩みを解決する方法はいくつか提案されているものの、決定的な治療法はない。
 DVDは吃音の子たちが集まったサマーキャンプの様子から始まる。
 小4の女子はカメラの前でひざを抱えて座り、「遊ぼうって言ったら『変な子とは遊ばない』って言われていやだった」と打ち明ける。小3の女子は体育館の体操用マットに寝そべりながら「自分がきらいになった。みんなは言えるのに自分だけ。他の人になりたい。生まれ変わりたい」。
 成長するにつれ、進路の悩みも出てくる。弁当店でアルバイトをしていたという高校生は「電話予約を受けなければならず自信がなくて逃げてしまいました」。「会社の面接は配慮してくれない」と話す子もいた。
 吃音と向き合い、周囲に自分の意見を伝えた子も。中学生の女子は、授業中に言葉が詰まった時、意見を言い終わらないうちに先生にまとめられてしまった経験を話した。「悔しかった。授業後、先生に『最後まで言わせて下さい』と言った。それ以来、先生はずっと待っててくれます」
 DVDは、吃音のある大人や子ども28人から小学生へ送るメッセージで締めくくられる。
 「吃音のある自分を嫌いになっちゃいけない」「隠さないで理解してもらおうという姿勢が大切」「私も吃音だから、心配とか困ったことがあったら助けてあげるね」
 北川さんは「僕も吃音の自分に絶望したことがある。簡単じゃないけど、何とかなるよ、生きてみようよ、と伝えたい」と話す。
 DVDは全3巻。作家重松清さんが自身の吃音のことを語り、子どもたちにメッセージを送るインタビューも収められている。市販はしないが、吃音の子たちが通う「ことばの教室」や、言語聴覚士のいる病院に実費で提供している。東日本大震災の被災地の「ことばの教室」には各県教委を通じて無償で送った。問い合わせは北川さん(090●1053●9388またはメールsky‐wind707@kvj.biglobe.ne.jp))へ。(岩波精)
 (以上、朝日新聞より引用)
      ■         ■
 吃音のことを知らなかったので、
 ちょっとネットで検索してみました。
 こんなに悩んでいらっしゃる方が多いとは、
 恥ずかしながら…
 まったく知りませんでした。
      ■         ■
 言友会という会があることも知りました。
 HPに書かれていた内容です。
 1966年に東京で発足した
 吃音(どもり)者のセルフ・ヘルプ・グループ(自助グループ)です。
 その後各地に言友会ができ、活動しています。
 幼児の5%に現れるという吃音。
 市長さんになった佐藤さんもいらっしゃいます。
 自分を嫌いにならないでください。

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医学講座

心配ない吃音_克服し市長に

 平成23年11月24日、
 朝日新聞、声の欄への投稿です。
 心配ない吃音_克服し市長に
 県議_佐藤征治郎
 (さいたま市岩槻区_72)
 「吃音(きつおん)の自分嫌わないで」(10日朝刊)に自分自身を重ねた。小学生時代、授業中に発言しようとしても最初の一言が出なかった。答えがわかっていないのに手を挙げていると思われやしないか悩んだこともあった。だがいじめに遭った記憶はない。むしろ人前で話したり歌ったりするのが大好きだったので、吃音なのに放送部に入って活躍した。
 中1の夏、ろうあ学校の吃音矯正教室に行った。約10日間、腹式呼吸をしながらゆっくり発音する練習をした。すぐには治らなかったが、継続したせいか高校入学時には気にならなくなり、高2の秋には校内の弁論大会で優勝した。
 長じて岩槻市議に立候補した際、街頭演説を聞いた母が「本当に征治郎か」と驚いた。さいたま市と合併する2005年までの7年間は岩槻市長を務めた。一時「過ぎるほどしゃべる」と言われたが、最近は加齢と共に横隔膜が縮んだらしく腹式呼吸を心掛けている。
      ■         ■
 私の知り合いの医師にも、
 言葉を出そうとすると…
 うまく出ない人がいます。
 腹式呼吸で治ることも…
 吃音矯正教室があることも、
 恥ずかしながら知りませんでした。
      ■         ■
 佐藤征治郎様の投稿を読んで、
 ぜひ吃音で悩んでいらっしゃる方に、
 知っていただきたいと思いました。
 吃音を克服して、
 市長さんなられたのは、
 ほんとうにすごいと思います。
 これからも県議会議員として
 長くご活躍ください。

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