院長の休日
いつもあいさつしてくれるボク
平成21年7月6日、朝日新聞朝刊、
‘ひととき’への投稿です。
あいさつ好きの息子
4月から幼稚園の年少組に入園した長男と、1歳の長女の3人で、毎朝、家の近くの園バス乗り場まで歩いていく。
道すがら、息子は行き交う人すべてに満面の笑みで 「おはようございます」とあいさつをする。息子にとっては、あいさつが返ってくるかどうかは問題でなく、朝はいつも元気に「おはよう」なのだ。大好きな幼稚園に行けることもあって、声に弾みがつく。
普段、知っている人にしかあいさつをしない私は、内心ヒヤヒヤしながら見守っているが、通勤で忙しそうに駅に向かう人も、携帯電話でメールをしながら歩く学生さんも、笑顔で手を振ったりあいさつを返したりしてくれる。
おかげで顔見知りが増えた。駅前で買い物をしていると「あら、いつもあいさつしてくれる僕じゃない」と声をかけられる。園バス乗り場の近くに住むかたから、手作りケーキをいただいたこともある。
一日の始まりの一言で、心明るく朝が迎えられる。交友も広がり、温かい気持ちに包まれる。子育ては大変だけれど、3歳の息子に教えてもらうことの方がたくさんある。
今朝も息子はまぶしい青空を見上げて「ママ、鳥さんもニコニコしてるね。おはよう、鳥さん」と言いながら、張り切ってバスに乗っていった。
(横浜市 西 亜紀 主婦 41歳)
(以上、朝日新聞より引用)
■ ■
この投稿を読んで、
月曜日の朝からさわやかな気分になりました。
いつもあいさつしてくれる♡ボク♡は、
きっと近所の人気者ですね。
私の通勤途中には、
足早に急ぐ人たちばかりで…
なかなか、子どもさんには会いません。
■ ■
たまにマンションのエレベーターで、
子どもさんと会うことがあります。
でも、すぐに下を向いてしまいますね。
チェリーが元気だった頃は、
散歩に行くと…
知らない犬好きの人と、
自然とあいさつができ、
交流が広がったことがありました。
■ ■
同じシェルティーのオスで、
ゴンちゃんという子がいました。
その子は、
西区西野からお散歩に来ていました。
いつもご主人か奥様、
お嬢様が散歩をさせていました。
もう15年以上たっていますので、
ゴンちゃんはどうしているかなぁ~?
と思うこともあります。
■ ■
子育ては大変で、
いろいろなご苦労も多いと思います。
ただ…
一生に一度しか体験できない、
貴重な時間であることは確かです。
小さい時はかわいいです。
札幌にも、
いつもあいさつしてくれるボク
がいてくれるといいなぁ…と思いました。
昔の記憶
形成外科を選んだ理由
札幌医大の学生さんから、
『先生はどうして形成外科を選ばれたのですか?』
と訊(き)かれました。
私:細かい作業が好きだったから。
解剖実習の時にも…
最後まで残って、細かい血管や神経を…
キレイに出すのが好きだったから…
医学生なら、
この解剖の話はよくわかると思います。
■ ■
解剖実習では性格が出ます。
最初は、全員、こわごわと解剖をします。
解剖実習の実際は、脂肪の中から、
神経や血管を丁寧に出す作業です。
男子学生とか女子学生とか…
性別に関係なく…
学生の性格が実習でわかります。
■ ■
ある程度慣れてくると、
ザックざっくと…
大胆に切り刻んで行く人。
細かいところまで…
丁寧に作業をする人など、
実にさまざまです。
私は、解剖の先生に言われたのではありませんが、
丁寧に一本いっぽん血管を出すのが好きでした。
■ ■
私たちの時代には、
2人一組で解剖をしました。
私の解剖のパートナーは、
福岡誠二さんでした。
福岡さんは、
名古屋大学工学部へ進学した後で、
札幌医大へ入学されました。
よく、
俺はトヨタへ入って、
エンジニアになっていたかも…?
と話していました。
福岡さんも丁寧に解剖をする人でした。
■ ■
福岡さんと呼んでいたのは、
私より年上だったからです。
福岡さんは、
脳外科医になりました。
中村脳神経外科という、
脳外科の大病院で活躍され、
最先端のガンマーナイフのスペシャリストになりました。
今は札幌市清田区で
ふくおかクリニックを開業されています。
■ ■
その福岡さんと、
医学部の6年生の時に、
形成外科について話しました。
北大形成外科へ話しを聞きに行こう
ということになりました。
こちらのページにも書いてあります。
結局、私は形成外科へ、
福岡さんは脳神経外科へ進みました。
私は北大形成外科という、
とてもよい環境で、
形成外科医として育てていただきました。
■ ■
恩師の大浦武彦教授からは、
形成外科医としての、
つくる楽しみを教えていただきました。
私がこうして手術ができるようになったのは、
北大形成外科で教えていただいたからです。
よく叱られましたが、
今となっては楽しい想い出の一つです。
私は形成外科を選んでよかったと思っています。
一番のいいのは、
キレイに手術ができた時に、
患者さんと喜びを共有できることです。
院長の休日
札幌医大_二中・二高・西高会
昨夜、札幌市内の高田屋というお店で、
札幌医大の二中・二高・西高会がありました。
札幌医大の学生、教職員、OBで、
札幌二中・二高・西高の仲間が集まる会です。
私が札幌医大の学生の頃にもありました。
当時は学生と教職員だけでしたが、
卒業生(OB)も参加するようになりました。
■ ■
札幌西高校は、
旧制札幌二中(にちゅう)がはじまりです。
昔は…
札幌一中(さっぽろいっちゅう)が、
札幌市内で一番の学校。
旧制中学は男子校で、
札幌一中の女学校版が
庁立高女(ちょうりつこうじょ)という
札幌北高の前身でした。
■ ■
私の頃でも、
札幌市内の進学校は、
札幌南→札幌北→札幌西の順でした。
‘一番ではなかった’ためか…?
札幌二中・二高・西高には、
独自の校風がありました。
一言で言うと、
‘自由’
生徒の自主性を尊重する高校でした。
■ ■
あまり拘束されない、
自由な校風が
札幌二中・二高・西高の特徴といわれています。
文化・芸術方面で活躍された方が多いそうです。
NHKのおしん
で活躍された、
女優の田中裕子さんは、
私の一期後輩で、
札幌西高24期です。
■ ■
定員100人の札幌医大に、
私の時で西高から入学したのは6人でした。
20人以上も毎年入学していた、
札幌南高に比べると…
6人というのは適当な人数でした。
昨夜も現役教授を含めて、
18歳の新入生から
70歳台のOBまで、
さまざまな‘仲間’が集まりました。
■ ■
私も同期の札幌東豊病院理事長の、
若松章夫先生と旧交を深め、
自分の子どもより若い学生さんと
楽しいひとときを過ごしました。
同じ校歌を歌い、
同じ学び舎に通った‘仲間’は、
時代は変わっても楽しいものです。
ちょっとだけ、
三角山の麓(ふもと)にある、
学校へ通った時代を想い出しました。
医学講座
プロによる歯のお手入れ
私は健康に気をつけている、
54歳のおじさんです。
歯磨きは、
一日3回以上しています。
口臭にも気をつけています。
美容整形の‘先生’が…
臭かったら…
‘失格’だと思っています。
■ ■
昨年も書きましたが、
私は反対咬合だったので、
子どもの頃に矯正治療を受けました。
途中で止めてしまったため、
咬み合せは治りましたが、
歯ならびはガタガタのままです。
成人矯正(せいじんきょうせい)といって
大人になってからできる矯正治療があると、
かなりトシになってから知りました。
■ ■
時間がなかったのと、
自分が勤務していた総合病院には、
矯正歯科がなかったので、
成人矯正はしませんでした。
その代わり…
自分の子どもには、
小さいうちから矯正治療を受けさせました。
親の責任だと思ったのと、
私のような思いをさせたくなかったからです。
■ ■
歯ならびが悪いと…
ガタガタの部分に、
歯石(しせき)や
歯垢(しこう)がたまります。
気をつけていても、
取れない部分があります。
これを3ヵ月毎に歯科医院で、
キレイにしていただいています。
■ ■
毎回、
高性能のデジタルカメラで写真を撮って…
汚れがつきやすい部分を、
丁寧に教えてくださいます。
今、通院しているのは、
札幌駅北口で、
ラベンダーが咲いているすぐお隣のビルです。
ここの歯科衛生士さんは、
とてもお上手です。
痛みはほぼゼロです。
保険適応で約3千円でした。
PMTC(プロによる歯磨き)を
おすすめします。
院長の休日
孫はめんこい
♡めんこい♡とは、
北海道の言葉で可愛いという意味です。
山形では何と言うのでしょうか?
昨日、育児休業に入った職員が、
赤ちゃんとクリニックへ来てくれました。
最近、元気がなく…
元気なフリだけして、
老体に鞭打って頑張っていましたが、
一挙に元気になりました。
■ ■
大先輩の高須克弥先生も、
ゴルフをなさっていらっしゃる時より、
お孫さんと遊んでいらっしゃる時が、
楽しそうにブログから読み取れます。
家内いわく…
私がこんなに嬉しそうな顔をするのは…
他にはない…そうです。
ラベンダーも癒されますが、
赤ちゃんにはかないません。
■ ■
私の同級生には、
男子でも女子でも、
すでに孫がいる人が何人もいます。
全員、♡孫はめんこい♡と言います。
私の父も、
孫はとても可愛かったと言います。
今では、
‘じいちゃん’には寄りつかなくなりましたが、
赤ちゃんの頃には、
よく可愛がってもらっていました。
■ ■
生まれてから、
あっという間に4ヵ月が過ぎました。
今年の1月までは、
お母さんのお腹にいて、
札幌美容形成外科で、
BGMを胎教の音楽として聴いてくれた、
立派な男の子です。
元気に…
たくましく育って欲しいと
願っております。
さくらんぼさんからいただいたお守りを
私も大切にしています。
ありがとうございました。
2009年7月1日
大きくなりました
院長の休日
札幌駅のラベンダー
JR札幌駅には、
大丸がある南口と
反対側の北口があります。
札幌駅北口には…
意外なところにラベンダーが咲いています。
このラベンダーを眺めるのが…
私の楽しみの一つです。
昨年もご紹介しましたが、
今日はもう少し詳しく説明します。
■ ■
北口には、
バスターミナルがあります。
団体観光バスは北口から出発します。
(定期観光バスは東口のエスタです)
この観光バスの他に、
札幌市内の路線バスの乗り場が、
北口にあります。
ちょうどそのバスが出る、
出口付近にラベンダーが咲いています。
■ ■
札幌駅から、
北8条西2丁目にある、
合同庁舎(北海道開発局や法務局があります)
へ向かって歩いて行く途中に、
自家用車の乗降場があります。
この乗降場の端に…
ラベンダーがひっそりと咲いています。
こんなところに咲いてくれて…
ありがとう!
と言いたくなるような場所です。
■ ■
今年は無粋な…
工事中の看板が立てられています。
ラベンダーを
札幌市が管理しているのか?
道路工事の
看板を立てた部署は違うのか?
わかりませんが、
ラベンダーはけなげに咲いています。
工事中の看板は、
ラベンダーの中よりも、
先の電柱の下が見やすいと思います。
■ ■
2009年6月28日と同じラベンダーですが、
わずか3日で、
蕾から開花しているのがわかります。
今日のラベンダーのように、
開花してしまうと…
ドライフラワーにはできません。
開花してしばらくすると、
ファーム富田では刈り取って、
ラベンダーオイルを作っています。
オイルを作る作業場では、
とてもよい香りがします。
■ ■
札幌駅北口のラベンダー
2009年7月1日
こんなところに咲いています
院長の休日
旅立ち日和
昨日tetsuko様からいただいたコメントです。
今日の空、きれいですね。
看取りの現場で言う、
『旅立ち日和』って、
ご存知でしたか。
今日のような、
初夏の晴れた日、
その日が近くなった患者さんが、
『こんな日に逝ってみたいもんだね、
この土地の、
一番きれいな空に昇るのは
気分のいいものだろうね』と、
笑顔で話してくださることがあるんですよ。
■ ■
人生の終わりに、
病気と向き合い、
受け入れた患者さんの言葉です。
残された者の気持ちをやわらげてくれるはず、
そんな思いでこのお話をしました。
しばらくたって、
先生、半泣きからいつもの表情に変わって、
「お義父さんもそうだったのかもしれない。
今日の空のように、
きれいな心の人だった。
空を見るたび、
お義父さんを思い出せるわ。」
■ ■
検診で伺った園の
園長先生が
長年同居していたお義父様を、
亡くされた時にかけられた
お言葉でした。
私の家内の父は、
4月の桜が満開の時に急逝しました。
毎年の命日には、
桜がとてもキレイに咲きます。
■ ■
私は医師でありながら、
看取りは、
数えるほどしか経験していません。
重い病で、
長く患う方と、
ご一緒にいると…
自分がのめり込みそうな性格なので、
看取りとは離れた
形成外科を選んだつもりでした。
■ ■
形成外科とか、
整形外科を選ぶ先生には、
患者さんの死と、
対面するのが苦手なので、
その科目を選ぶ人もいます。
いつかは対面しなければならない死は、
医療者側にとっても辛いものです。
私たち医師は、
『ご臨終です』
と申し上げると病室から去って、
死亡診断書を書きます。
■ ■
亡くなった患者さんの、
死後の処置をして、
ご遺族となられた家族へ、
慰めの言葉をかけるのは、
看護師さんです。
tetsuko様のお知り合いの
ベテランの看護師さんは、
さぞ優しい方なのだろうなぁ…
と考えてしまいました。
■ ■
先日、高校の同期が亡くなったと知らせが来ました。
高校一年の時に一緒だった男性です。
何の病気だったか?わかりませんが、
同年代の人が亡くなると、
考えさせられます。
辛いこともたくさんありますが、
こうして元気をいただくと、
頑張って元気なフリができます。
2009年6月も今日で最後です。
7月は元気が出ますように…
tetsuko様ありがとうございました。
院長の休日
医者としての幸せとは?
私が札幌医大の学生だった頃は、
大きな病院の院長とか、
○○部長とかになるのが、
医者として‘偉い’人なのかなぁ~?
と漠然(ばくぜん)と思っていました。
自分が院長になりたいとか、
○○部長になりたいとか、
思っていたのではありません。
自分の身の回りに、
そういう人がいなかったので、
漠然と思っていただけでした。
■ ■
当時は、
札幌医大を卒業しても、
大きな病院の院長には、
なれないと言われていました。
北海道内の大きな病院の院長は、
大部分が北大の卒業生で、
一部に東北大の先生がいらっしゃいました。
札幌医大は戦後に開学した公立大学です。
私が学生だった頃には、
まだ札幌医大の卒業生で
札幌医大の教授になった先生は、
数えるほどしかいませんでした。
■ ■
大学病院で偉いのは、
学長、
医学部長、
病院長、
各教授でした。
教授でも講義がつまらない人とか、
助教授とか、
講師の方が、
講義も面白くて、
学生に人気がある先生は…
たくさんいらっしゃいました。
■ ■
私が卒業して30年近くになりました。
札幌医大の教授の多くが、
札幌医大の卒業生です。
これがよいことか?
悪いことなのか?
は後世の判断になると思います。
北海道の大きな病院の院長は、
まだ北大出身の先生が多いですが、
札幌医大出身の院長も増えています。
昔は、
大病院の院長に就任するのが
医者としての‘出世’だと
思われていた時代がありました。
■ ■
最近は、
病院長に就任しても、
マスコミで報道されるのは、
謝罪の記者会見です。
公立病院の多くは赤字なので、
病院長は議会対応で大変そうです。
職員組合との交渉もあります。
大病院や中病院の院長も、
とてもお疲れの様子です。
■ ■
私が大病院に勤務していた時代に、
手術場の更衣室で、
当時の院長と一緒になったことがありました。
私:先生、おはようございます。
院長:おはようございます。
私:先生、楽しそうですね。
院長:手術場に来ると楽しいですよ。
いつもは、困った顔ばかりしていた院長が、
手術室では、とても楽しそうな笑顔でした。
■ ■
院長室で決済の書類に判を押したり、
議会で議員から追求されるよりも、
‘医者’として、
手術ができるのが…
‘楽しい’のだなぁと思いました。
大病院の院長が
黒塗りの院長車(多くはクラウンでした)
で送迎されたのは、
昔のことです。
今は専用車がある院長はほぼゼロです。
■ ■
私は、
医者として偉くなりたいとは思いません。
出世したいとも思いません。
少しでも、
他人の役に立って、
他人に喜ばれて、
私のことを覚えてくれている人が、
一人でも増えてくれれば、
それが医者としのて幸せだと思っています。
今日も
元気なフリをして頑張っています。
院長の休日
元気なフリ
元気がない時にも、
元気なフリをしているのは、
私も一緒です。
こんなちっぽけな、
極小企業の医療法人でも、
苦労が絶えません。
たとえ小さくても…
院長とか長と名の付く仕事には、
常にストレスが伴います。
■ ■
元気がない時に、
元気なフリをしているのは
辛いものです。
私はすぐに顔に出るので、
元気がないのは、
職員にも
患者さんにも
バレバレです。
日記でもばればれですね。
■ ■
私が元気を回復するのは、
手術をして、
キレイになられた患者さんから、
ありがとうございましたと
言っていただいた時、
お礼のメールをいただいた時、
日記に励ましのコメントをいただいた時などです。
生きている限り辛いことがありますが、
他の人に励まされて、
元気を回復しています。
■ ■
私は趣味らしい趣味がありません。
花を見るのが好きです。
自分の家の花は、
マンションに引越してしまったので、
残念なことに、
もう育てられません。
通勤途中に見つけた花で、
心を癒してもらっています。
小さな花でも…
よい香りがして、
成長を眺めていると癒されます。
■ ■
札幌は雨の多い6月でしたが、
ここ数日でようやく夏らしくなりました。
ラベンダーの花も、
少しずつ開いてきました。
私の好きな富良野のラベンダーは、
札幌よりも少し遅れて咲きます。
富良野のラベンダーは、
早咲きから遅咲きまであります。
7月下旬まで咲いていますが、
咲いた順に刈り取られて、
ラベンダーオイルの原料などになります。
7月中旬頃がよい季節だと思います。
札幌駅北口のラベンダー
2009年6月28日
医学講座
手術回数と難易度
マイケル・ジャクソンさんが、
何回か鼻の手術を受けていたのは、
事実のようです。
これは一般論ですが…
手術回数を重ねると、
重ねただけ難易度が高くなります。
つまり…
患者さんは…
『ちょっと、ここをなおしてほしい!』
と思われても…
実際には難しいことが多いのです。
■ ■
二重も…
鼻も…
わきがも…
陥没乳首も…
あとから修正手術をするのが、
最初の手術よりも難しいのです。
これは、
最初の手術で、
瘢痕(はんこん)という、
キズができてしまうためです。
■ ■
前にどんな手術を受けたか…
『忘れました』という方もたくさんいらっしゃいます。
前に受けた手術のことを、
申告されない方もいらっしゃいます。
埋没法の糸でしたら、
わからなくなっていることもあります。
(20~30年も前に受けた手術ならなおさらです)
そうすると、
思わぬところに…
微妙なラインがはいってしまうことがあります。
■ ■
形成外科では、
事故で復元できないほどに変形した、
目や鼻をなおすことがあります。
そういう時には、
元の顔の写真や、
本物の人骨を手がかりに、
復元手術を行ないます。
美容外科の手術は、
形成外科よりも微妙で、
『ちょっとここを』
というご希望が、
なかなか難しいことがあります。
■ ■
大学病院で行なうような、
顔の骨の手術でも、
手術後にトラブルが生じることがあります。
骨がずれてしまったり、
神経が麻痺してしびれが残ったり、
予測できないような後遺症が残ることがあります。
MRSA(えむあーるえすえい)による、
術後感染もそうです。
こういうトラブルに、
いかに対処できるかは、
先生の腕によるところもあれば、
患者さんの体力によることもあります。
■ ■
私はマイケルさんの死は、
鼻の手術とは関係がないと推測します。
彼の場合は、
スターであることによる、
さまざまなストレスから、
いろいろな身体的な症状が出たのでは…?
と考えます。
偉大なスターは、
元気がない時でも、
ステージ上では…
‘元気なふり’を…
していなければなりません。
日本のスターがそう言っていたのを思い出しました。
偉大なマイケルの死を残念に思います。