医学講座
がんと生きる_おかげさまで満5年へ
平成28年2月3日、朝日新聞朝刊、北海道版の記事です。
がんと生きる
元朝日新聞記者、高橋賢司
88おかげさまで満5年へ
支えられ、あきらめず
自分のがん治療に欠かせなくなったラジウム温泉での湯治。年に数回通い、早3年半になる。この年末年始も長万部町の「二股らぢうむ温泉」で過ごし、新年の申(さる)年は湯煙の中で静かに迎えた。そして、近く満5年に達するがんと向き合う日々を振り返ってみた。
大腸の直腸に腸管を狭めているがんが見つかったのは、2011年6月。岩見沢支局に勤務していた64歳の時だった。肝臓へ転移していたので、病状の進行度は重症の「ステージ4」と診断された。
当時、主治医の舩越徹医師は直腸がんの手術後、「肝転移も切除すれば3~5年の延命は可能です」と説明してくれた。その一方、腹膜播種(はしゅ)があってひどかったらがん摘出は中断、その時は延命も2年程度、という話だった。
そんなこんなで、治療効果があるがん種とはいえ、「死」も覚悟した。
だが、家族らの励ましが「治療をあきらめない」気持ちにさせてくれた。抗がん剤に負けない体力や気力の維持に漢方などいくつかの治療も続けている。
湯治はその一つだ。「ラジウム温泉でがんが治るらしい」と聞いたのがきっかけで、わらにもすがる思いで始めた。ここまで元気になれたのは、西洋医学に加え、これらの効果もあると信じている。
今回の湯治は5泊6日。顔なじみの札幌のご夫婦をはじめ、愛知県、大阪市からの男性らとも1年ぶりに再会した。
「体調はいかがですか」「おかげさまで元気です」。食堂や風呂で何げなく交わした気遣いのあいさつだが、「おかげさま」の一言が、どこかで読んだ一文を思い起こさせてくれた。
「人は誰かに支えられながら、皆のおかげで生きている。温かい一言が忘れがちなその心を伝えている」と。
7月になれば治療開始から満5年が経つ。「おかげさま」でどうやら元気に迎えられそうだ。
(以上、朝日新聞より引用)
■ ■
朝日新聞朝刊で、
元記者の高橋賢司さんが書かれた
がんと生きるを見つけると、
正直な気持ち、
ほっとします
ステージ4の大腸癌で肝転移(+)はきついです。
それでも諦めないで、
主治医を頼って治療を受ける姿に感動します。
■ ■
以前にもご紹介しています。
がんと生きる◇高橋賢司さんのコラム
2014年9月14日の院長日記です。
人間はいつどこで、
どんな病気になるかわかりません。
私もがんになったら、
長万部町にある秘湯「二股らぢうむ温泉」
に行きます。
お元気で連載を続けていただきたいです。
高橋賢司(たかはし・けんじ) 1946年、岩見沢市生まれ。1965年に朝日新聞社入社。札幌で通算4回、このほか、千歳、釧路、八戸(青森県)で勤務し、2005年10月から岩見沢支局長。2006年10月の定年後も記者を続けている。
(以上、朝日新聞より引用)

高橋賢司さん
(朝日新聞デジタルより引用)
医学講座
介護職の報酬UPを2016
介護職員の苦労知って
2015年11月4日の院長日記です。
平成27年11月4日(水)、北海道新聞朝刊、
『読者の声』へ白崎修一先生が投稿された文です。
介護職員の苦労知って
病院副院長 白崎修一 56(札幌市中央区)
安倍晋三首相が今後の方針として「新3本の矢」を打ち出しました。そのーつが「介護離職者ゼロ」を目指すというものです。親の介護に専念するため仕事を辞めることがないよう、特別養護老人ホームなどの増設を促す政策ですが、箱物を増やしたとしても介護職員の確保が難しい施設は今でも多いのです。
この投稿を安倍首相に見ていただくことができればうれしいですが、少なくとも北海道選出の国会議員の先生たちにお願いしたいことがあります。
先生方、永田町もいいですが、せっかくだからぜひ介護の現場で本気で汗をかいてみませんか。1週間とはいいません。3日で十分です。それだけあれば、入浴や食事の介助、排便のお手伝いも経験することができます。要介護度5で認知症、寝たきりの患者さんの介護はいかがでしょう。褥瘡(じょくそう)予防がいかに大変で大切なのか、おわかりになれます。その上で政府に対して「介護職」離職者ゼロがどれほど難しいのか、お感じになったことそのままをぶつけていただきたい。先生の行動を国民みんなが大絶賛することでしょう。
(以上、北海道新聞より引用)
■ ■
昨日の朝日新聞には、
ケアマネは、
残念ながら、医師や看護師に比べて報酬が低いため、
独立して事業をすることが難しい面があります。
訪問介護などの事業者に雇われていることが多く、
その事業者のサービスを優先した介護計画ができてしまうこともあります。
…と書かれていました。
■ ■
今の日本の介護事業を見ると、
一部の経営者だけが儲かっていて、
現場で働いている介護職員は低賃金で重労働です。
ケアマネさんも、
重要な仕事なのに、
報酬は多くありません。
株式会社が雇っているケアマネさんもいます。
■ ■
私が医者になった1980年頃は、
看護師さんの待遇も今ほどよくありませんでした。
当時は看護婦さんでした。
私はかんごふさんという響きは好きです。
看護師さんの待遇が良くなったのは、
診療報酬改定のためです。
看護師さんが一定以上いないと、
病院収入が激減します。
■ ■
これは私の想像です。
看護師さんの国会議員が、
国の方針を変えさせたと思います。
国会議員も、
絶大なパワーである女性票がほしいです。
介護職員の待遇改善には、
介護報酬システムを変えないとダメです。
そもそも、
自分もいつかはお世話になる、
介護で大もうけしようというのはダメです。
ぜひ頭のいい方が今のシステムを変えていただきたいです。
医学講座
介護保険を使う_③ケアマネ、計画作成や実施確認
今日から2月です。
私の2016年1月はさんざんな月でした。
父親の入院。
ビル建替。
尊敬していた石の芸術家、島本壽さまのご逝去。
最後に時計が直ったのだけがよいことでした。
人生いつ何が起きるかわかりません。
介護について真剣に考えるようになりました。
■ ■
平成28年2月1日、朝日新聞朝刊の記事です。
介護保険を使う_③ケアマネ、
計画作成や実施確認
母が「要介護1」と認定され、近所の訪問介護事業所に相談しました。すると「ケアマネジャー」という人に引き合わされました。近く自宅に来るといいます。何をするのでしょうか。
ケアマネジャー(ケアマネ)は、正式には「介護支援専門員」といって、介護保険制度の要の存在です。どのような介護が必要かを判断して、介護計画をつくるだけでなく、少なくとも月に1度は利用者に会って適切に介護が行われているかを確かめます。公正中立な姿勢が求められ、報酬はすべて介護保険から出ます。利用者は負担する必要がありません。
介護サービスが始まる時にはケアマネが自宅に来て、利用者の日々の暮らしぶりの聞き取りをします。介護保険でどのようなサービスが使えるのかを説明して、本人や家族がどのようなサービスを望んでいるのかを聞いたうえで介護計画の原案をつくります。後日、その原案をもとに医療機関や訪問介護事業者らを集めて、利用者や家族も参加して「サービス担当者会議」を開きます。その後も、介護計画を変更する時、要介護度が変わった時などにはこの会議が開かれます。
ケアマネは週単位で介護計画をつくり、1カ月分をまとめて、利用者家族に「サービス利用票」、サービス事業者に「サービス提供票」を渡します。事業者はサービスを提供した後、その実績をケアマネに報告します。事業者には、ケアマネに報告したサービス分の費用しか支払われないことになっています。
このように、ケアマネに利用したいサービスをきちんと伝えれば、要介護度の範囲内で利用者が望むサービスが提供され、事業者が勝手なサービスの報酬を取ることは難しい仕組みです(図参照)。
ところが、ケアマネによって力量に大きな差があるのが実態です。資格は試験で認定されますが、その受験資格は医師、看護師、保健師、薬剤師、栄養士、社会福祉士などの有資格者に加えて、福祉の現場などで5年以上900日の相談業務の経験を積んだ人にもあります。
残念ながら、医師や看護師に比べて報酬が低いため、独立して事業をすることが難しい面があります。訪問介護などの事業者に雇われていることが多く、その事業者のサービスを優先した介護計画ができてしまうこともあります。
こうした背景から、知識や経験に差があるだけでなく、営業マンのような仕事ぶりの人や、「上から目線」で偉そうな態度の人もいて、私たちのところに「替わってもらいたいので紹介してほしい」という相談も多くあります。
ところが、相談者が住む地域に私たちが知るケアマネがいることは珍しく、いたとしてもすでに利用者がいっぱいで余裕がないことが多いのです。それは、介護保険が始まった2000年にできたばかりの資格で、まだまだ発展途上にあるためといえます。
利用者としては、ケアマネに希望を伝えて、不満があれば、介護の関係者が集まるサービス担当者会議を開くよう求めることができます。それでも不満が残ったら、介護の相談窓口である地域包括支援センターや主治医、市区町村の担当者にも相談しましょう。
(全10回)
*
中村寿美子 介護カウンセラー。「有料老人ホーム・介護情報館」館長。昨年7~10月の「なるほどマネー」で「老人ホームを選ぶ」を担当。

(以上、朝日新聞より引用)
■ ■
ケアマネさんは大変なお仕事です。
知り合いの看護師さんが、
ケアマネの試験に合格し、
お仕事をはじめられたら、
看護師だけの方がいい
ケアマネは大変
…と疲れた顔で言っていらした記憶があります。
■ ■
うちの親は、
2015年12月に札幌市西区役所に介護認定申請をしました。
最初にいらしてくださったケアマネさんは、
申し訳ないことに断ってしまったそうです。
私の親だけあって、
気難しい老人です。
■ ■
父親を見学に連れて行った施設は、
こんなところは嫌だ、
うたを歌うくらいなら、
図書館がいい。
…と言われてしまいました。
確かに、
私も図書館がいいと言いそうでした。
■ ■
そんな具合で自宅で過ごすことになって、
私が知らない間に尻餅です。
まさか、
尻餅で骨折したとは父親も母親も、
気づかなかったようです。
最初に骨折を見つけてくださったのは、
父親を迎えに来てくださって、
施設に入所させてくださったケアマネさんでした。
■ ■
左大腿部を痛がっていらっしゃいます。
腫れはないようですが、
骨折していると困りますから、
明日、整形外科で診ていただきます。
夜遅くに施設に伺った時に、
若いケアマネさんから教えていただきました。
親父いわく、
ここのおねえさんは、
みんな親切で優しい。
いいところだ。
とても満足そうでした。
骨折を見つけてくださったケアマネの吉木様に感謝しています。
院長の休日
時計を修理しました
札幌美容形成外科の受付にある時計、
先輩の先生から開院祝いにいただきました。
白い素敵な時計です。
定期的に電池を交換して使っていました。
先日、時計が止まっていたので、
単三電池を交換しました。
■ ■
カチカチと音がするのですが、
時計の針が動きません。
ネットで調べると、
なんと時計の病院がありました。
うちの奥さんに、
病院を受診させました。
残念なことに、
素敵な時計にはドイツ製ムーブメントが入っていて、
部品がなく修理不能とのことでした。
■ ■
奥さんは諦めて帰って来ました。
どんなことでも諦めない私は、
ネットでセカンドオピニオンを探しました。
同じ時計が同じように壊れたのが載ってました。
素敵な時計は、
イタリアのARTE&COSEというガラス細工メーカーの時計でした。
どうりでデザインが素敵です。
■ ■
小学校の頃から、
絵は苦手でしたが、
工作には自信があったけんいち少年です。
こわれた時計を分解したこともありました。
さっそく、
ムーブメント
交換
…で検索しました。
■ ■
時計の心臓部である、
ムーブメントと針が、
東急ハンズで売っていることがわかりました。
東急ハンズ札幌店4階に行きました。
親切なお兄さんが、
丁寧に部品を探してくださいました。
部品を買ってきて、
15分で修理が完了しました。
嬉しかったです。
素敵な時計が復活しました。



修理費は部品代約2000円でした
二重・眼瞼下垂
目の左右差を治すのは難しいです
他院で埋没法を受けた方からのご相談です。
もともと左右差がある目でした。
埋没法で手術をしてもらったけど、
左右差があるまま二重になりました。
そちらで治せますか?
…という内容でした。
■ ■
手術をしてくださった先生は、
なんちゃって美容外科医ではありません。
形成外科専門医を持った、
優秀な先生です。
私からの回答は、
もともと左右差がある方は、
手術をしても左右差が残ります。
です。
■ ■
若いから私くらいの年代まで、
二重をつくる糊で、
上手に左右差を修正する方はたくさんいます。
毎日見ている自分の目です。
ここからここまで糊をつけて、
ひょいとくっつけると、
左右差がなくなることをご存知です。
■ ■
私が糊で直せるのだから…
プロの先生だったら、
左右差くらい簡単に治せるでしょ?
…というお気持ちも理解できます。
ところがそんなに簡単なものではありません。
糊は何回でもつけなおしできますし、
皮膚の表面をくっつけるだけです。
■ ■
アイプチとは違います
2010年2月6日の院長日記です。
糊でつくる二重と、
手術でつくる二重は、
そもそも二重の構造が違います。
目の左右差は、
生まれつきまぶたの開きが悪い先天性眼瞼下垂症、
片方の眉を上げる癖のある患者さんなどさまざまです。
■ ■
ご自分で糊で簡単に左右差を直せるから、
ちょっと、
簡単に、
お直ししてもらいましょう!
…という方には手術はおすすめしません。
ちょっと、
簡単に、
毎日糊をつけてください。
簡単には治せません。


医学講座
父親が転院しました
尻餅をついて、
左大腿骨頚部骨折を受傷した89歳の父親が、
昨日リハビリテェーションの病院に転院しました。
最初の病院では手術を断られてしまい、
このまま一生寝たきりか?と心配していました。
2016年1月13日に手術をしていただきました。
高齢で腎機能が悪くリスクが高い患者です。
私なら引き受けたくないです。
■ ■
手術は成功しました。
麻酔からの覚醒も早く、
手術直後から痛みが無くなりました。
ちょっとの体動でも痛がっていたのに、
手術で痛みが無くなりました。
術前からリハビリがはじまり、
術後も翌日からリハビリをしていただきました。
■ ■
夜間に騒ぐという想定外のトラブルもありました。
病棟の看護師さんにはほんとうにご迷惑をおかけしました。
申し訳ございませんでした。
私もできるだけ病院に行きました。
この10年間で、
一番親父の顔を見た3週間でした。
爪切りと、
食事介助と、
髭剃りをしました。
■ ■
昨日転院させていただいた病院は、
なんと昔、親父が働いていた場所にある病院です。
私が小学校2年生まで住んでいた手稲金山です。
今は名前も違っていますが、
病院から見える山や川は同じです。
親父に、
『じいちゃん手稲療養所だよ』と言うと、
あぁ、
あそこに3病棟があったと答えました。
■ ■
私が子どもの頃は、
石炭を使ったボイラーでした。
ボイラー技師の方が、
24時間石炭を燃やして、
手稲療養所の、
暖房と給湯に使っていました。
ボイラー技師の方の名前も覚えていました。
リハビリも毎日3回も行ってくださるそうです。
なつかしい病院でリハビリをしていただき、
早く退院できるといいです。
高齢の親父を手術していただき感謝しています。

医学講座
重い食物アレルギーの治療法
平成28年1月28日、北海道新聞朝刊の記事です。
<子どもの食卓>重い食物アレルギーの治療法
入院して安全に食べる量増やす
卵や牛乳など特定の食べ物を口にすると、じんましんや腹痛などを起こす「 食物アレルギー 」。成長とともに改善していく場合が多いが、就学する頃になっても治らず、症状が重い子どもに対し、入院して原因食品を食べられる量を増やしていく治療法がある。「急速経口(けいこう)免疫療法」だ。治療実績がある道内医療機関の一つ、KKR札幌医療センター(札幌市豊平区)を訪ねた。
食物アレルギーに対して以前は、原因の食品を全く食べない(完全除去)という対応が多く取られていた。近年は安全に食べられる量を「食物経口負荷試験」という方法で確かめ、摂取できる量は積極的に食べるように変わってきている。完全除去ではなく、必要最小限の除去を目指すという考え方だ。
ただ、中には小学校入学が近くなっても、家庭で食べられる量を設定できないような重いアレルギーの子がいる。KKR札幌医療センターは2010年から、こうした5歳以上の子を主な対象に、2週間ほどの入院治療を行っている。
治療はまず、負荷試験で原因食物をどのぐらい食べると、アレルギー症状が出るのかという「限界量」を調べる。入院中は1日5回ほど、最初は限界量の10分の1程度を食べる。症状を見ながら計画的に食べる量を増やしていき、原因食物へ耐性がつくよう目指していく。急速経口免疫療法の急速とは、2週間ほどの比較的短い期間で行われるという意味を含んでいる。
1月中旬、KKRのセンターに北見市から兄弟2人が入院した。長男(小学6年)のアレルギーの原因食物は「乳」、次男(小学1年)は同じく「小麦」だ。母親は「誤って口にした時の危険が減るよう、少しでも食べることができればと考えた。入院して行うので安心感もあります」と話す。2人とも生後数カ月で卵や魚介など複数のアレルギーが分かったが、「当時は負荷試験の情報もなく、完全除去しかなかった」という。
1年ほど前にこの治療法の存在を知り、昨年夏に同センターを受診した。本人たちの「食べられるようになりたい」という意志もあり、2人とも昨年9月にまず卵で急速経口免疫療法を受け、加熱した全卵1個が食べられるようになった。
今回は負荷試験後、長男は牛乳1ccから、次男は食パン1グラムから摂取量を増やし始めた。治療は子どもにとって、長年触れることも禁止されていた原因食物を食べる恐怖心や戸惑いがある。摂取量を増やす段階でアレルギー症状が出ることもある。この2人も腹痛やせき、じんましんなどの症状が出たが、その都度治療して、食べる量を増やしていった。
退院後も安全に食べられる量を取り続けることが必要だ。長男は入院中、牛乳1日170cc、次男は食パン60グラムを摂取できたが、安全を期して、自宅に戻ってからはそれぞれ牛乳50cc、食パン20グラムを継続して食べて経過をみている。
センターではこれまで約60人がこの治療を受け、多くは食べられる量が大幅に増え、退院後も摂取し続けている。一方、症状が強く出てしまい、食べ続けられない子もいる。
治療実績を踏まえ、小児・アレルギーセンター長の高橋豊医師は「課題はあるが、学童期になっても(原因食物を完全に)除去し続けるしかなかった重症の子には、有望な治療と考えている」と語る。費用は1割負担で約6万円。
経口免疫療法は研究段階の治療なので、経験豊富なアレルギー専門施設でのみ行われている。道内ではKKR札幌のほかに、NTT東日本札幌病院、札幌徳洲会病院などだ。症状によっては入院せず、外来で時間をかけ食べる量を増やす方法もある。
高橋医師は「決して自己判断で、家庭で行わないようにしてほしい」と注意を呼び掛けている。(石丸厚子)

(以上、北海道新聞より引用)
■ ■
ためになる記事です。
KKR札幌医療センター小児科の高橋豊先生は、
赤ちゃんの食事とアトピーという、
2015年10月23日の院長日記でご紹介した先生です。
前回の記事は朝日新聞でした。
今回は北海道新聞です。
新聞を読むと役に立つ記事がたくさんあります。
■ ■
私は乳糖不耐症です。
牛乳を飲むとおなかがごろごろします。
アカディという、
雪印の飲料しか飲めませんでした。
父親も牛乳がダメなようです。
遺伝かもしれません。
うちの息子はイクラが食べられません。
■ ■
私は温めた牛乳は飲めますし、
生クリームなどは大丈夫です。
アイスクリームも大丈夫です。
でも新聞の書いてあった子どもさんのように、
小麦や卵などは大変です。
入院治療は大変ですが、
この治療法がもっと進んで、
少しでも食べられるものが増えるといいです。
院長の休日
島本壽さまのご冥福をお祈りいたします
昨日、FBで訃報が届きました。
私のお墓を作っていただいた、
香川県高松市の島本壽(しまもとひさし)様です。
64歳という若さで、
とてもお元気だったのに、
今でも信じられない思いです。
石の芸術家と言える、
とても素敵な方でした。
心からご冥福をお祈りしています。
■ ■
FBからの引用です。
ご報告
(有)島本石材工業、親方島本壽は2014年秋ごろから病気を患い療養中でしたが1月17日 64歳にて急逝いたしました。
当社ブログ及びFacebookで日記を楽しまれていた方に ご報告が遅れましたことを深くお詫び申し上げます。
また、生前のご厚誼を深謝し衷心より御礼申し上げます。
エアロビやカメラ、ウォーキングなど仕事以外の事にも非常に熱心でアクティブだった親方。
あんなに元気だった親方が、胃の様子が変だと病院に行ってからは、ほとんど何もできなくなってしましました。
そんな自分を見てほしくないとの親方の意思のため親族以外のお見舞いをほとんどお断りし元気になる事を目指して激痛と戦っておりました。
しかし、いくつもの不運が重なり、なすすべがなくなるまで、ほとんど時間はかかりませんでした。
最後のお見送りの時、雨男だった親方らしく、外は大雨、吹雪と大荒れでした。
まるで「先に行ってるよ」と皆に手を振っているようでした。
多くの方に愛され惜しまれながら見送られた親方は嬉しかったんじゃないかなと思います。
これからは親方の残してくれた沢山の思い出と培ってきた技術を礎に、また、親方はじめ島本石材工業を支えてくださっている沢山の方々に感謝をし恩返しができるよう、 より一層前に向かって進んで行かなくてはなりません。
まだまだ若輩者ではございますが社員共々一生懸命邁進してまいりたいと思いますので何卒ご指導ご鞭撻賜りたくお願い申し上げます。
引き続き島本石材工業をよろしくお願いいたします。
(有)島本石材工業、代表取締役 島本健一郎

(以上、島本石材工業FBより引用)
■ ■
島本壽さまは、
私と同年代です。
酒も飲まず
たばこも吸わない方です。
石屋の親方というイメージとは違って、
とてもおだやかな芸術家肌の方でした。
私と同じように、
ちょっとの傷も許さない、
石づくりのプロでした。
■ ■
札幌にいらしてくださり、
私の希望通りのお墓を作ってくださいました。
雨で作業がお休みの日には、
イサムノグチが作った、
札幌市のモエレ沼公園に行かれていました。
話しもよく合いました。
いつか四国に行って、
島本さんの工場を見せていただく約束でした。
とても残念です。
心からご冥福をお祈りしています。
四国へ島本さんのお墓参りに行きます。

島本さんに作っていただいたお墓です
医学講座
介護保険を使う_②認定調査、ありのまま伝えて
平成28年1月25日、朝日新聞朝刊の記事です。
先週から連載された、
介護保険を使うシリーズです。
先週のは①被保険者証、気軽に再交付をでした。
なるほどマネー
介護保険を使う:2 認定調査、ありのまま伝えて
介護保険を使う時には要介護度を決めるための調査があるということですが、受けられるサービスにどんな影響があるのでしょうか。調査の際の注意点があれば教えて下さい。
要介護度の認定には、市区町村の介護担当職員か、委託を受けたケアマネジャーという職種の人が来ます。調査はマンツーマンの聞き取り調査です。家族が同席しても構わないので、できるだけ同席するようにしましょう。
というのも、高齢者は家族に見せるのとは別の顔を、他人に見せたがりがちなためです。私が聞いた例では、若い女性のケアマネジャーが男性の要介護認定のために訪問したところ、男らしさを示そうと思ったのか、力こぶを見せたり、突然、腕立て伏せを始めたりしたそうです。女性でも、自分を良く見せようと、普段の生活からほど遠いことを、まことしやかに話したり、自慢話を延々としたりする人もいて、調査はしばしば長時間にわたります。
その結果、介護保険を使うことが認められない「自立(非該当)」という判断が出てしまい、家族をがっかりさせます。
年をとっても親から見ると子供は子供です。子供の言いなりにはなりたくない高齢者は少なくありません。若い時のようには身体が動かず、思うようにならないストレスからか、まるで子供の反抗期のような態度をとる高齢者もいて、周りを困らせます。
調査の当日のハプニングに備えるため、普段どのような行動をしているか、メモをとっておくことをおすすめします。特に最近の様子を箇条書きにまとめておきます。例えば、椅子から立ち上がる時に何かにつかまっているか、服を着る時に自分でボタンをはめられるか、ひどい物忘れがないか――といった日常の行動について、気づいたことを時間や場所と一緒に記録して、調査員に渡します。
また、主治医の意見書が必要になりますので、介護保険の申請をすると同時に主治医に連絡をして、一番困っていることは何かなどを前もって伝えておきます。
こうした資料をもとに市区町村は月に2回、介護認定審査会を開いて要介護度を決めます。要介護度に応じて、受けられる介護サービスの中身も量も違います。要介護度が実際より低く認定されると介護保険では十分なサービスが受けられなくなる可能性があるということです。
介護保険を申請してから、要介護度が決まるまでに約1カ月かかります。決められた要介護度は原則として6カ月は変わりません。不満がある場合、都道府県の「介護保険審査会」に「不服申し立て」ができますが、審査に数カ月かかることがあります。
そこで、少し様子を見ながら、要介護度が本人の心身の状態に合わないという「区分変更申請」をするのが現実的でしょう。その場合、市区町村の介護認定審査会がどのような情報をもとに要介護度の認定をしたのか、審査会で使われた資料の開示を求めることができるので、取り寄せて対策を練りましょう。
介護認定の不服に限らず、介護生活で頼りになる専門家がケアマネジャー(介護支援専門員)です。次回に詳しく説明します。(全10回)
*
中村寿美子 介護カウンセラー。「有料老人ホーム・介護情報館」館長。昨年7~10月の「なるほどマネー」で「老人ホームを選ぶ」を担当。

(以上、朝日新聞より引用)
■ ■
医療従事者でありながら、
介護保険のことはまったく知りませんでした。
うちの父親は、
昨年12月に介護認定申請をしました。
12月に調査がありました。
その時にはまだ骨折していなかったので、
自分でトイレに行けました。
■ ■
認定調査の後で、
尻餅をついて大腿骨頚部骨折です。
あっという間に歩けなくなりました。
老々介護で母親が腰椎を痛めました。
母親まで病院通いです。
マンションに2人で住めなくなりました。
父親の介護認定はまだ決まっていません。
再調査に病院に来ていただきました。
■ ■
順番とはいえ、
親の介護は大変です。
仕事が終わってから、
消灯前の病院にたどり着くのがやっとです。
とても毎日は行けません。
TVで琴奨菊の優勝を見るといういいこともありますが、
正直言ってとても大変です。
自分の番になったらどうしようかと考える毎日です。
朝日新聞の記事はわかりやすくためになります。
院長の休日
おめでとう琴奨菊
私は相撲ファンではありません。
めったにTVも見ません。
昨日はたまたま夕食の介助に行って、
父親の病室でTVを見ていました。
優勝した琴奨菊が、
今にも泣きそうな顔で、
支えてくれたみなさんへの感謝を口にしていました。
■ ■
また相撲を見ようと思いました。
家に帰ってから、
Yahooニュースを見ました。
次のデイリースポーツ 1月24日(日)19時34分配信の記事がありました。
「大相撲初場所・千秋楽」(24日、両国国技館)
大関琴奨菊(31)が大関豪栄道を突き落とし、14勝1敗で初優勝を決めた。2006年初場所の栃東以来となる日本出身力士の優勝で、大きな重圧もかかっていたが、昨年7月に結婚した妻の祐未さん(29)の支えが助けになった。国技館で直接、晴れ舞台を見届けた夫人に聞くと、細やかな配慮と、結婚時に大関が誓った約束があったことが分かった。
和服姿で国技館を訪れた祐未さんの胸には、さまざまな思いがこみ上げていた。「ありがとう、と言いたいです。あらためて輝いている大関を見て、ほれ直しました」。30日に結婚披露宴を控えている夫人にとって、優勝賜杯は何よりも大きな贈り物になった。
昨年7月10日に結婚した後、家族を持った琴奨菊は「必ず優勝するから。優勝賜杯の隣に座らせてあげるから」と、誓いを立てていた。直前の夏場所で負け越し、かど番で迎える名古屋場所前、崖っぷちから結婚生活は始まった。
辛うじて結婚直後の名古屋場所は8勝7敗で切り抜け、地位を守った。祐未さんが「最も長い15日間でした。押しつぶされそうな大関の気持ちも分かりました」と振り返る苦しい戦いを乗り越え、上を目指す戦いが始まった。
常に食事面のサポートを欠かさないが、今場所はウオーターオーブンを購入し、油を使わない料理で体調を管理した。さらに、普段は栄養を重視した玄米食をしていたところを、今場所中は白米にして消化を優先させた。
体のケアも祐未さん自ら行った。琴奨菊のマッサージをするのが日課になっているが、最近はかかとにクリームを塗るのも欠かさない。以前、かかとがひび割れて痛んだため、かばって他の場所まで痛めてしまった経験を踏まえたものだった。「今はつるつるです」というかかとも、祐未さんのサポートのたまものだ。
琴奨菊とは、時間が取れたら夫婦でアロママッサージに行こうと約束しているという。「初デートもアロママッサージだったんです」。初々しい笑顔を輝かせながら祐未夫人は語った。
(以上、デイリースポーツより引用)
■ ■
ネットで検索すると、
次の産経ニュースの記事がありました。
「賜杯の横に座らせてあげる」…愛妻への約束守った
1月30日の披露宴に花添える

初優勝を果たし、賜杯を手に祐未夫人(右)と笑顔で握手する琴奨菊=24日、東京・両国国技館(福島範和撮影)
(以上、産経ニュースより引用)
■ ■
産経ニュースの福島範和さん撮影の写真が一番素敵でした。
ほんとうにおめでとうございます。
奥様がマッサージをしてくださったおかげで、
ひび割れて痛んだかかとが、
つるつるになったというのがいいです。
奥様の祐未さんと仲良く、
日本の相撲を発展させてください。
ほんとうにおめでとうございます。
嬉しいです。